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ワークショップはやらないのですか?

答:現在のところ、やるつもりはありません。将来実施する場合は、慎重に設計をします。「声優になりたい人」から、出来るだけお金を受け取らないようにしたい。養成所を作らないのと同じ理由です。この記事では、私が知る限りでの、声優の世界のワークショップのお話、特にキャスティングを目的とした「キャスティング・ワークショップ」についてお話をしたいと思います。

音楽や舞踊、手芸や美術にも"ワークショップ"はあります。何人かで集まって講師を頼み、知識や技術を得るための集まりです。合同練習会や研究会から派生するケースも多いようです。オープンに参加者を募ることもあれば、クローズドに身内だけで集まることもあります。声優の世界にもワークショップはあります。参加者が純粋に技術を磨くことを目的とした集まりもあれば、学生の方や障害を持った方を対象に、声の芝居を体験していただく社会貢献型の催しもあります。その一方で近年主流となっているのは、役を得るため、仕事を貰うことを目的としたワークショップです。

このタイプのワークショップでは、一定の評価を得られると役(仕事)のオファーが貰えます。「あのワークショップで上手くやれば現場に呼んで貰えるらしいぞ」と噂があったり、募集要項に「このワークショップを通して○○役と○○役を選びます」と明記されていたりします。技術の獲得のみを目標にしないことから、本記事では「キャスティング・ワークショップ」と呼ぶことにします。少ない仕事を多くの志望者が奪い合う声優の世界では、応募が殺到します。驚くほど人が集まります。

参加者も数十人の規模になるので、大きなアフレコスタジオで実施されます。講師の方から講義形式でお話を聞いたり、実際にマイク前で演技をして講評を受けたりします。一日で終わることもあれば、2~8回で1セットの場合もあります。最終日には実際の収録現場と同じように一つの作品をアフレコしたり、オーディションを実施することもあります。参加費は一日あたり五千円~一万円が相場でしょうか。それが3~4回続くならば、費用は二~四万円です。決して安くはありません。事前に指定の銀行口座に振り込んだり、もしくは当日現金で持参します。

さて、このようなワークショップは、どのような理由で企画されるのでしょうか?

映画の吹き替えやゲーム作品のキャスティングを行う会社は、クライアントから「この役には○○さんをキャスティングしてください」と頼まれます。しかし稀に「この役に合う人を適当にキャスティングしてください」と任されることもあります。この時、誰をキャスティングするのか。最適な人をキャスティングする為に、大勢の候補者の中から見極めたい。ワークショップで人を集めて、その中から選ぼう、それがクライアントの希望に一番適うだろう。一方で声優は、ワークショップでしっかり勉強しよう、その上で役を貰えたらいいな。参加費は勉強代、将来への投資だ、と考えます。これが双方の建前です。

それでは、本音はどうでしょうか。

"キャスティングをする権利"は、お金を生みます。そのお金は、役を欲しがっている「声優になりたい人」たちが支払ってくれます。キャスティングを任されたら、自分の知る範囲でオファーをしたり、信頼する事務所のマネージャーに相談すればいいはずです。しかし、それでは勿体ない。ワークショップを実施すれば声優になりたい人、役が欲しい人たちがお金を持って集まってくれます。

例えば、ある吹き替え作品。メインキャラは実績のある人たちがクライアントから指名されていますが、重要ではないサブキャラクター三名は「適当な新人さんをアサインしてください」と任されました。それぞれの役にピッタリな新人声優の顔がすぐに浮かびます。しかし「・・・いや待てよ、それじゃもったいないぞ」と考え直します。この三役分の椅子を賭けて、ワークショップを実施することにしました。二時間 x 三回の実施で参加費用は二万円。参加者の中から三名に役を与える旨も明記しておきます。ついでに、その三名からあぶれた人にもエキストラの仕事を振るかもしれない、とも書かいておきました。参加者が四十名集まれば、八十万円の売り上げです。スタジオ利用費とミキサーさんで五万円 x 三日、音響監督にも五万円 x 三日で費用は三十万円。差し引きで五十万円の粗利益を生みます。ワークショップを実施せず、シンプルに自分のよいと思った声優をキャストに選んでいたら、この利益は生まれませんでした。

参加する側の声優は、オーディションのつもりで参加しています。有料のオーディションです。本音を言えば、とにかく役(仕事)が欲しい。キャスティング・ワークショップに参加する以外に自力でそれを獲得する手段がない。一定期間内に実績を作らなければ、クビになる(契約を解除される)事務所もあります。どんな手を使っても役を得なくてはならない事情があります。役は貰えなかったけれど、いい勉強になったなあ…という感想は建前なのです。しかし、大勢の参加者の中から一握りが獲得できる仕事の報酬は、端役で交通費、高くても新人料金の一万五千円です。上の例に当てはめてみると、当選率は10%で見事に勝ち残れば一万五千円の報酬が貰えます。参加費が二万円なので、五千円のマイナスで済むことになります。このように当選率が低い上、報酬が参加費を下回ることすらあります。経済的には明らかに不合理です。それでも、こうしたキャスティング・ワークショップにしがみつくしかないのです。

キャスティング事業を行う会社にとって、キャスティング・ワークショップは貴重な収益源になります。その一方で、もちろん新人の育成や発掘は真剣に考えています。どちらかとも言えない。建前と本音は常に混在しています。”新人の育成”を外に向かって掲げつつ、収益もしっかり享受する。参加する声優の側も、中々本音を語らない。ひどく曖昧なところで均衡しているのが、現在のワークショップを取り巻く状況だと思います。

以前"養成所はやらないんですか?"という記事を書きました。分かりやすく言うと「声優になりたい人」たちに向けて、声優プロダクションが提供するサービスは"養成所"。そして音響制作会社が提供するサービスが"キャスティング・ワークショップ"です。いずれも「声優になりたい人」たちが、お金を払いたくなる仕組みになっています。

この「声優になりたい人」の数と、実際に必要とされている人の数に圧倒的な差があります。この偏りをビジネスチャンスにするのが、養成所やキャスティング・ワークショップです。すっかり当たり前の仕組みになってしまいました。これからもしばらくは「声優になりたい」人の数は高止まりし、この人たちを対象にしたビジネスは活況が続くでしょう。

この誘惑に抵抗し、会社をサバイバルさせてゆくつもりです。問への答えは、以前の記事「付属養成所はないのですか?」と全く同じです。

「声優になりたい」人は、こうした現状を理解した上で、冷静に目標を見直すべきです。たとえキャスティング・ワークショップで役を貰えても、声優としての道が開けるわけではありません。次の作品で役を貰うには、また次のキャスティング・ワークショップに参加しなければならないのです。一度選ばれた人に繰り返し依頼をしていたら、キャスティング・ワークショップに人が集まらなくなってしまいます。開催する側の立場を考えれば、よく理解できると思います。

「この小さい役が将来につながる」と思われるかもしれませんが、99.9%の人はつながりません。そして、残り0.1%の可能性に賭ける!というのは戦略のない思考放棄です。お金持ちになりたい人が、全財産で宝くじを買うようなものです。声優になって、出演料で身を立てようなんて、あまりにも絶望的ではないでしょうか。声優を目指すのは止めた方がよいのでしょうか?次回は、少し前に話題になった東洋経済オンラインの記事を取り上げ、このテーマを掘り下げたいと思います。

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