タイの保育園

保育園等義務化提案の理由とその吟味

 今、「保育園等義務化」という案が出てきています。
 その理由を、私なりに推測して説明してみようと思います。
 
 家庭環境が十分でない子どもたちのためには、国家及び地方自治体が養育の責任を負う、と日本が批准している子どもの権利条約には書いてあります。つまり、自分たちで環境を作ることのできない子どもの育ちは、大人たちが皆で(納税も含めて)保証する義務があるのです。
 でも、もう少し、「なぜ、義務化か」の理由がはっきりしていないと、あいまいなままで制度が出来、それが不必要な人にまで広がったり、有害なことが起きたりしてしまいます。更にそこにお金が落ちると、いろいろな人が寄ってきて、本来の子どもの支援にならなくなってしまいます。
 子育て支援にお金が落ちなかった時代があって、その頃は「普通のおばさんたち」が財布をはたいて子育て支援に四苦八苦して、でも何を言ってもなかなか通じませんでした。ところが、ある時点から、お金になる、票になる、子どものためというといいイメージになるとなったら、みんなが集まってきました。子どものためを御旗に挙げると自分のためになる、という訳です。保育も同じです。
 税金が投入されると、いろいろな人たちが参画してきます。これまで子育てに全く関心も技術もなかった人たち、広報がうまい企業なども。無償化と義務化が重なったら、英語、IT、情操教育、非認知能力、なんていう表面的なキャッチフレーズが流行りそうです。

(うちの近くの公園で、土曜日に、「英語ができるプロの保育士」が、幼児たちを連れて「英語で自然に触れよう」という有料イベントの保育をしていました。「ツリー、これはツリーだよ。こっちはグラスね」
 もう一つの保育園は、父の日に遠足で公園に来ていました。3人家族が10数組、家族毎のレジャーシートに座って交流もなく、それぞれおにぎりを食べていました。
 また別の保育園は、自然の豊かな公園に親子遠足に来て、ガンガンに戦隊モノの音楽を流しながら、自然と触れ合うこともなく飛んだり跳ねたりして遊んでいました)
  まだこの3つの事例は笑い話で済むかもしれません(子どもの発達には???ですが)。

 さて、問題は、子どもが不十分な環境の中で育つこと、です。
 実はそれは家庭でも保育所でも同じなのです。
 
 家庭の場合、まず、衣食住を保障する最低限の生活費がなければ、十分な環境は作れません。今の社会は情報化、点数化が進んで他人との比較が起きやすい社会でもありますから、最低限の生活費だけで明るく笑って過ごせる大人はほとんどいないでしょう(もし、それが出来るなら、貧しくても、その環境は子どもにとって悪くないと思います)。また、ある程度の子育ての知識や技術がなければ、心があってもよい子育てはできません。そうすると貧困、低学力、精神疾患などの問題を抱えた親の家庭では、十分な子育てが難しいでしょう。
 一方で、実はいくらお金があったとしても、過保護に育ててしまったり、余計なところにお金を使ってしまったり、子育ての仕方を知らなかったり勘違いしていたりしていては、子どもはうまく育ちません。お金持ちならいい子育てができると考えるのは幻想です。裕福な家で育って苦しんでいる若者に私はたくさん出会ってきました。
 では、子どもはどんな環境で育つのがいいでしょうか。

 生活の中で色々なことに関心を持てる体験が、就学前にはとても大切なことで、その体験に場所は問わず、子どもが置かれている環境で十分なのではないかと思います。幼稚園や保育園に限らず、お家やその周辺(ご近所)、公園、子育て広場、お買い物先、レジャー施設・・・(秋田の保育園の佐々木久美子園長のコメント)。

 つまり、家庭の中であろうと、保育園の中であろうと、ずっと同じ室内環境に引きこもっていたら、様々な生活体験はできません。また、乳児期の最初は、安定した信頼できる少数の人間と過ごす時期も必要ですが、いつまでも同じ人たちと顔を合わせ続けていたら豊かな人間関係が作れるようになりません。だからと言って海外に行く必要はなくて、子どもの運動能力+大人が連れていける程度の場所で子どもは十分です。
 毎日変化する空を見て、季節の風に触れ、自然のあふれる場所と、荒々しい自然から身を守る家屋と、にぎやかな地元の商店と、いろいろと失敗しながら育っていく子どもを温かく見守り、社会の仕組みとそこへの対応を見せてくれる大人たちと、自分のモデルになる多様な子どもたちがいるところ。

 「子どもの持つ力って未知ですから、それを引き出せる環境が園以外にも地域社会にたくさんあってなるべく多く関わって生活の中で経験値を上げていけたらいいですね(前出 佐々木さん)。

 そうすると、保育園などに入っていない14万人の子どもたちの中には、上記の環境が持てない子どもたちがいますから、それに対して義務化にしてでも対応しなければならないという主張は、わからなくもないのです。それも週一日だけとか二日だけとか、保育の質の向上とセットにするとか(質の向上のためには、保育士の待遇向上も必要です)、保育基準の引き上げとか、いろいろと考える必要がありますが。

 ただ、問題はその子どもたちを救おうとするあまり、よりよい家庭での育ちをしている子どもたちや、貧しくても豊かに暮らしている子どもたちを巻き込んでしまったり、結果的に家庭よりも劣悪な環境の保育園で育てることになってしまったりはしないか、ということです。
 さらに、子どもたちを保育園に集めることで、地域がやせ細って行ったり、子育てのできない大人を増やしたりしてしまうのではないか、ということも憂慮されます。

 加えて、経済的に満たされていてもうまく育てられていない子どもたちをどうしたらいいかは、見えにくいだけにより大きな問題だと思います。これを私は「6(7)分の1以外の普通の子どもたちの子育ての課題」と呼んでいます。
 実は、保育園に入っている子どもたちでも、裕福な家庭の子どもたちでも、上記の環境が持てていない子どもたちが今の日本にはたくさんいます。

 4月10日に発表された厚生労働省の調査で「その他の精神および行動の障害」の未成年患者の増加が顕著で、17年は15年前に比べて約14.5万人増えた。・・・「5歳ごろから精神や行動の障害が増える」という指摘もあるとのニュース(https://www.cbnews.jp/news/entry/20190410171138)が流れました。私は現在の子育ての状況を見ていて、これは残念ながら当然の帰結だと思っています。
 今、日本の5歳までの子どもの発達に何が起きているかをしっかりと捉える必要があります。私の周辺の子育て支援者たちは、現在の子育て環境の問題を大変憂えています。子どもが育つように育てられない大人が急増しているのです。いずれまたこれについて書かなければならないと思っています。

 さて、私がお伝えしたいのは、家庭も保育も含めて、子育て環境をどのようにすればいいかということがまず先に来て、それに対する現状を把握して、その後に施策をどうするかと考えることが必要であるということです。
 どういう子どもたちに何が不足しているのか、子育てに足りないものは何なのか。それは、お金なのか、心なのか、技術なのか、知識なのか、それをしっかりと見極めることが大切なのです。どうぞこちらを読んでください。貧困問題をどうとらえ、対応すればよいかについて書きました。

貧困と幸せを考える 世界の児童と母性 vol.79 2015-10 P11-  http://www.zaidan.shiseido.co.jp/activity/carriers/publication/pdf/vol_79.pdf

 すわ大変!と動くことは大事です。問題提起があるからこそ、動きは生じます。私も今回の一連の投稿の中で、これまでに専門誌に書いたことなどの一部を少しここに書いて、皆さんに読んでいただくことができました。
 でも、見えていることだけで動いてしまうと、現在の社会の表面の問題が解決されるように見えて、根っこの部分がますます継続してしまうのです。
だから、私も今回の提案に急いで反応しました(後で修正できればするかもしれません)。

 ・・・とどのつまり、日本がどんな「子育て環境」を目指していくのか何も定まっていないからゴチャゴチャになってしまうのではないでしょうか。
 今の日本、無償化、義務化の前に子ども、子育て家族を取り巻く社会環境を変えていくことが必要なのかな~        (前出 佐々木さん)

 子どもが育つ環境をコーディネートするコミュニティ・ワーカーの養成が必要な時代になっているようです。

参考)
武田信子『子どもと親を地域社会で支えるためにー自治体職員が知っておくべきこと』「特集 社会で育てる<子どもと親>」月刊自治研2018年7月号Vol.60 no.706 P18-28
武田信子『子どもが育つコミュニティの組織化-子育て支援コーディネーター養成プログラム開発の試み』「コミュニティ心理学」日本コミュニティ心理学会研究委員会編 p253-261 新曜社
武田信子 『貧困と幸せを考える』特集「社会的養護と子どもの貧困」 
世界の児童と母性 vol.79 2015-10 P11-  http://www.zaidan.shiseido.co.jp/activity/carriers/publication/pdf/vol_79.pdf
特定非営利活動法人世田谷区子育てネット「子ども子育てコミュニティワーク」冊子

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