生後2週間健診の罠
子育て不安の解消と虐待予防をうたって、生後2週間健診が始まって久しいのだけれど、それが結果的に新生児の発達を脅かす事態を招いてしまっている。この記事が、2週間健診の関係者の目にとまることを願って、書きたい(以前、この問題を、臨床心理士の健診関係者に質問の形で書いて送ったけれど、きっと届いていないのだろう)。
産後は家で養生するのが、日本の習わし。しかも実家に戻って里帰り出産をすれば、祖父母が生活のケアをしてくれるから、母親はゆったりと赤ちゃんとの関係性を作っていく、ということになっていた。
でも、今は、自分の親との関係がよくないとか、祖父母が赤ちゃんのケアを余裕をもってすることができない事情があるとか、父親の育休が取りやすくなったとか、いろいろな事情で、核家族、つまり夫婦で新生児を迎える家庭が少なくない。
そこには、子育ての仕方がわからないために、赤ちゃんが泣き叫んで親が産後うつになりやすい状況があったり、虐待してしまったりというリスクがあるのだけれど、そんなことは妊娠中には予測できない。あかちゃんが家にやってきたら楽しい生活が待っていると多くの人は思っている。
だから、何を準備していいかもわからないまま(子育て支援金10万円で何を購入すべきかの情報は沢山あるのに、赤ちゃんの扱い方は、両親学級でも充分には教えてくれないし、困ったときに地元でどこに助けを求めればいいかも情報を得られていない家庭が多い)十分な準備もできないままに、産後生活に突入して、親はおろおろするばかりである。
育休を取るような、母親のケアの意識のある父親も増えてきたけれど、実際のところ、父親も赤ちゃんをどう扱っていいかわからないし(父親も産後うつになることが知られてきた・・・性ホルモンのせいだと言われているけれど)、通常はワンオペが普通だから、母親はパニックになる。
そういう母親を救うために、保育士や助産師が産後の家庭訪問をしたり、ホームスタートといって、経験者が家庭を訪問する仕組みもあるのだけれど、
24時間いてくれるわけではない。
実は、生まれたての赤ちゃんは、身体的な問題がなければ、そんなに泣かない。(胎児の時点から問題を抱えている、あるいは出産時に問題を抱えてしまう赤ちゃんも増えて来ているようで、それが厄介なことになっているのだけれど)
実は、赤ちゃん育ては、手順さえ踏まえていれば、手間のかかることではないのだけれど、その手順が一つ違っていると、もう本当に大変な状況になる。
そして、手順、というか、扱い方、は、経験者には当たり前のことであっても、初めての場合は、全くわからない。そういうとき、緊急事態の連続という位、赤ちゃんは泣く。そして、そうなっている親子が少なくない。
対応の仕方を知らないのだから、仕方がない。
親のせいでも赤ちゃんのせいでもない。
だから、2週間健診は、赤ちゃん親子の助けになるはず、というのが、健診が始まった理由だろう。
でも実際はどうだろう。お医者さんが往診してくれるわけではないから、母親が一人で2週間の赤ちゃんを連れて家を出なければならない。産後の母親は、静かに床で寝ていることが望まれるのに、ワンオペで赤ちゃんを連れて出なければならないとなったら、親はそのための準備をいろいろと考える。
どんな格好をすればいいのか、どんなものを持っていけばいいのか、みんな不安だから、ネット検索する。
そんな中で、赤ちゃんを連れて出るために、0日から使えるとか、2週間から使えるという抱っこ紐が売り出されていたらそれを使えばいい、ということになる。2014年頃に始まったこの健診。それに合わせて抱っこ紐の使用可能期間は前倒しされていった。
使用することは赤ちゃんの発達に何の問題もないとか、赤ちゃんは横抱きにしてはいけない、縦抱きにしなければならないという情報がまことしやかに流れていたら、(他の赤ちゃんをみる機会もなく、あるいは、とんでもないネット上の赤ちゃんのぐにゃぐにゃに縦抱きされた写真を見るか、新生児ではない、少なくとも一か月以上の赤ちゃんが縦抱きされた写真を見て、何だかふにゃふにゃすぎると思いながらも)、親は、縦抱き抱っこ紐に入れて出かけるのである。
こちらの動画は、幸い、赤ちゃんを抱っこ紐に入れてみて、こんなの無理、と思うセンスのある親だったから助かった事例。
4分45秒くらいから、赤ちゃんを入れようとするのだけれど、無理!!と入れずに出て行く様子が出ている。
ところが、この動画のように夫や別の人がいればともかく、ワンオペで出なければならない、タクシーを呼ぶ余裕がない、素手の抱っこでは心配、ということで、赤ちゃんを縦抱き抱っこ紐に入れて出かけてしまう母親が実際にいる(本当に短い期間のことなので、まあ、ちょっとぐらいそれでいいでしょうとなる)。
出掛けた先の赤ちゃんの専門家!!もそれが赤ちゃんの発達にとって問題であると言い切れる人は少ないし(こんな情報を流しているのは、残念ながら、私と私の少数の仲間だけだ。私は何年間も相当に調べてきて、やっとこの記事を書いている)、そうして連れてきた母親に注意などしようものなら、母親は緊張の糸が切れて泣きかねないから、何も言わずにそのまま帰してしまうのだろう。
そうして、赤ちゃんは、とんでもない形で外出デビューを迎えることになる。
初参りやお宮参りは、一か月時に、両親+祖父母+赤ちゃんで横抱きで行くものだし、赤ちゃんと母親が一か月以内にワンオペで外出しなければならない機会をわざわざ作らなければ、こんなことにはならなかったのではないかと思う(買い物などは宅配がある時代だ)。
ちなみに、赤ちゃんは、生後0日と、1週間後、2週間後、3週間後、1か月、そして2か月で、全然、まったく!!身体の状態も発達も違う。
毎日、起きて寝っ転がっている間の時間、両手両足をバタバタして、筋トレし続けているのだから、筋肉があっという間につく。同じ時間同じ筋トレをしたら、大人だったらばててしまうレベルだ。
でも、その筋肉が付く前の段階の2週間の赤ちゃんを縦抱きしてもいいなんて、実際の赤ちゃんを見れば、誰でも絶対に思わないと思う(思うとしたら・・・よほど、赤ちゃんに対する共感能力が低いとしか言いようがない)。
実際、抱っこ紐業者のウェブサイトに、0日から使えるとか2週間から使えると書いてあっても、そこに出ている写真は、早くて2か月児である。場合によっては完全に首が据わった3か月以降の赤ちゃんをモデルにしている。
あり得ない。全く違うのだから。2か月児なら、首は据わっていなくても、かなり安定してきているから、縦抱きをしても一時的には首を支えられるし、後頭部に手を当てれば、何とか短時間は持ちこたえられる。けれど、その抱っこ紐が書いている一番月齢の低い赤ちゃんを使ったら、まず無理だ。
2週間というのは、絶対に抱っこ紐での縦抱きが無理な時期である。
上記の動画のコメントには、○○なら大丈夫だった、と書いてあったりするのだけれど、それが「大丈夫」というのは何をもってそう書いているのだろう。縦にしたら、頭の重さが重力で真下に、つまり首や脊柱や肩にかかってしまって、ふにゃっとつぶれてしまう。首が締まったり、逆にのけぞったり、傾いたりしてしまう。単に「つけ方」や「補助の何か」の問題ではない。
そういう事態の発生を生んでしまう「2週間健診」が、虐待の予防になる、と言えるのか。むしろ、2週間健診そのものが、虐待を誘発してしまっているのではないのか。関係者には、本当に真剣に考えて即刻対策を考えてほしいし、抱っこ紐業者は、新生児に縦抱きの抱っこ紐が使えるなどということを、説明書きに書かないでほしい。
もちろん、抱っこのしかたや抱っこ紐の使い方を教えるインストラクターやコンシェルジュを名乗る皆さんにも、心からお願いしたい。
首の据わらない赤ちゃんを縦抱きにするのは、親が身体を十分に後ろにリクライニングして斜めにできるとき(新生児の縦抱き授乳も、かなりNGな情報が流れている。腰が据わっていない赤ちゃんを膝の上に「据わらせる」こと自体、心配である)、赤ちゃんが頭の重さを親の身体に預けられるとき、対面でかなり水平に近く両手で赤ちゃんを安定して抱っこできるとき。
布を使って縦抱きにして片手で後頭部や首を支えたとしても、赤ちゃんの頭の重さに重力が働くと、その矢印の先が赤ちゃんの身体に向いてしまっていたら良くないということに気がついてほしい。ネット上に出ているいろいろな写真で、OKと書いてあるものが本当にOKと言えるか、リアルな月齢の赤ちゃんの写真で確認してほしい。
そうしたら、横抱きによる股関節脱臼はどうなるのか?という質問がきっとあると思う。学会やお医者さんたちがそう主張しているのだから。
実は、横抱きで股関節脱臼になったという論文報告は、私たちの知る限りにおいて、国内外にない(もしあったらすぐに教えてほしい。私は自分の誤りの修正に固執する人間ではなく、赤ちゃんの健康をただ願う者なので)。
首が締まったり、口や気道がふさがれたりして呼吸困難になったという論文はあるけれど、横抱きにして布の中に入れても、足をあぐらのようなひし形にすれば、股関節脱臼に直接つながる問題はないと考えられる。そもそも、股関節脱臼の恐れがあるから縦抱きにと主張する人たちには、赤ちゃんの全身を総合的に見たときに、より重要な問題が生じていないかを確認してから発言してほしい。
(むしろ、布でつるす形で横抱きにした場合の危険性は、気を付けないと必要以上に赤ちゃんが丸まって窒息しそうになる、ということである。素手の抱っこであれば、あるいはおくるみなどにくるんでの抱っこであればそういうことはほぼ起きない。どちらにせよ、2週間で、手助けのない赤ちゃん親子に外出させようというのは無理難題なのである)
それでも、いや、新生児の横抱きは股関節脱臼が問題になる、そう主張する人は、自分で新生児を育てながらそう主張しているのだろうか。自分で大事な新生児をどこかで見つけて来て、体験してほしい。その上で反論してほしい。自分の子どもや孫にそんなことができるのか。
こちらの雑誌に、赤ちゃんの抱っこについて、いろいろと取材してもらった。是非見てほしい。ただし、ここでいう「赤ちゃん」も、月齢によって、全然違うのだということは付記しておきたい。
この記事の編集の相談に乗っていたときに、1か月半だった私の孫は、今、まもなく3か月である。2か月を過ぎると、抱っこのときの安定感や身体の発達が全く異なっていて、ここに書いてあることは、基本はその通りなのだけれど、でも、もう少し柔軟に考えていい段階に入っている。たった一か月で、「言えること」が全く異なってしまうということに、今さらながら驚かされる。(一事例だけで、この記事を書いているわけではない。他の多くの新生児の話を見聞きして、さらに自分の目の前にいる赤ちゃんを観察して書いている)
抱っこ紐業者の皆さんや、そこにアドバイスをするお医者さんたち、抱っこ紐のインストラクターさんたちには、実際の赤ちゃんを目の前にしながら、「信頼している誰かがそう言っていたから」ではなく、自分で責任をもって発言してほしい。この記事が、議論のスタートになることを願っている。
注)新生児を縦抱き抱っこ紐で抱っこしたからといって、即、身体発達にのちに大きな問題が生じると言えるわけではない。それについては明白なエビデンスはまだない。そんな状態になりそうな赤ちゃんがいたら、私だったらすぐに救い出すし、この頃の赤ちゃんの問題について、因果関係を特定することはほぼ不可能だろう。ただ、赤ちゃんたちの中に、今までにはなかった首肩背中の凝りがあったり、嚥下困難や吸綴困難、チアノーゼ、呼吸の問題を持つ赤ちゃんたちが増えてきているということ、彼らの日常生活や抱っこなどの姿勢を改善することによって、赤ちゃんの状態が良くなるということを現場からの情報として聞いている。
現在、胎児期からのさまざまな問題が多く生じるようになってきていて、その要因はさまざまに推測されるのだが、その中に、抱っこの問題もあるのではないかと思っている。これから研究をさらに進めていく予定だが、現時点では「因果関係のはっきりした重大問題が生じたから対応する」というのではなく、どうしてこんなことになっているのだろう?という現場の声から遡って、ここに問題があるのではないか、というところにたどり着き、さらに、これはおかしいのではないかということについて、いろいろと調べてわかったことを書いている。
それにしても、新生児、と本文に書いてあるのに、新生児ではない写真を使っている記事がどうしてこんなに多いのか(嘆息)!!
※ カバー写真撮影 室伏淳史氏 2024 4/13 富士宮市朝霧高原
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