#3 大阪に絵金を見にいきました。
土佐に絵金を訪ねて
私が生で「絵金」を見るのは三回目である。「絵金」について、知らない人向けに解説すると、「絵金」とは幕末期の絵師、土佐出身の「金蔵」(1812-1876)のこと。流派としては狩野派に属している。「土佐赤岡絵金祭り」は全国的に有名で、町の通り沿いの商家が「絵金」の屏風絵を飾り蝋燭でライトアップし、これを道行く人に見せる行事が有名。その絵は芝居の凄惨な場面を描いてたもので、夏の夜の幻想的な祭りとなっている。
さて私が一回目に見たのは、高知県香南市赤岡の絵金蔵での展示である。絵金蔵とは赤岡町内にある絵金の屏風絵23点を収納保管保存する美術館。当時の私は絵金について、凄惨な血みどろの芝居絵を描くと覚えていて、どういうものだろうかとの興味もあり、また高知県にも行ったことがなかったことから、高知市観光に赤岡を加え、念願の絵金蔵を訪ねたのである。2019年の夏のことだった。
絵金蔵では赤岡町に伝わる芝居屏風絵23点を収蔵、常時2点の本物を入れ替え展示し、残りはレプリカを展示している。しかもその本物は、展示室内の壁の穴を見るという徹底ぶり。やはり本物をずらりと見るためには、絵金祭りに行くしかない。これはなかなか困難だと現地で痛感した。
この時はずいぶん慎重だな、冷ややかにと思ったが、2010年に熊本現代美術館に貸し出された屏風絵5点が燻蒸による変色被害を受けたことを後に知り、この厳重な管理に納得した。(この事案が契機になったか不明であるが、劣化の進む屏風絵が順次修復されている。)
東京に絵金が来た
2回目に「絵金」を見たのは、2020年春に江戸東京博物館で開催された「奇才展」。北斎、伊藤若冲、長澤蘆雪、曽我蕭白ら、江戸・京のビッグネームと並び、地方組の筆頭格で土佐の絵金も登場した。この時は四点も出展され、これを一同に見ることが出来て大いに満足であった。公開された「伊達競阿国戯場 累」、「花衣いろは縁起鷲の段」、「東山桜荘子 佐倉宗吾子別れ」、「播州皿屋敷鉄山下屋敷」は、いずれも血や着物の赤色、着物の緑色が特に鮮烈で、素晴らしく絵金らしいものたちだった。
とうとう絵金をいっぱい見られる! 「絵金」展inあべのハルカス
2023年4月22日から6月18日まで、高知の絵金のだいたいが大阪にやってくることを知り、しかも巡回しないと聞いたので、これは大阪に行かねばと思ったのがこの4月。それでとうとう5月末に訪れました。
展示第1章(撮影禁止)は、絵金蔵の芝居絵。21点が来ているが、前期11点と後期10に分かれるので、私は後期を見たことになる。やはり全部を一回で見るのは無理か、と思ったが、そもそも会期中でも絵金蔵に残っている絵(「八百屋お七歌祭文 吉祥寺」、「伊賀越道中双六 岡崎」)があるのでコンプリートは困難。10点も見られただけでも素晴らしい。
展示第2章(撮影可)は、神社の夏祭りで公開される芝居絵。祭りの時同様に絵馬台を組んで、セットされた状態を見る。より実感があり、これを見れば、やはり現地で見たいものだ、と思ってしまう。
香南市アクトランド所蔵の「釜淵双級巴」を初めて見た。このような絵馬提灯がほぼ完全に古物商のところから出てきたとは驚きだ。アクトランドにも行ってみたい。
展示第3章(撮影禁止)は、絵金と周辺の絵師たち。土佐の絵金派とも呼ぶのだろうか、絵金のタッチを継ぐ絵師たちがいたことを知った。
無惨絵の月岡芳年との比較があっても良いかと思ったが、今回のテーマとは異なるので、それは自分で考えよう。
とにかく今回の絵金展はすごかった。絵金蔵所蔵だけではなく、高知県内各地で大切に伝承されている絵を集めるのは大変だったろう。また実際現地に行くことを誘う効果も大いにあり、自分もまた高知に行きたくなった。
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