経営実務のための会計(7):事業部責任会計の限界
以前、noteに書いた「管理会計の罠」の中で、管理会計の大家 ロバート・キャプラン教授が事業部責任会計には「短期業績志向」と「製造業の製品ライフサイクル軽視」があり、それを克服するためには製品別業績管理を主軸にすることを提唱していた話を書きました。
最近、全社経営の立場から事業部責任会計がもたらす弊害について気づいた点がいくつかありますので、今回・次回で「事業部制組織」の持つ課題としてまとめてみたいと思います。
事業部制責任会計に関する書籍
そもそも、事業部責任会計及び、事業部長の業績評価の中で財務指標は大きなポーションを占めています。しかし、では「どんな財務指標・算出ロジックが適切なのか?」となると、実は昔から様々な議論や問題提議がなされています。
最近では、ほぼこの辺の議論は出尽くされ、各社における評価制度も固定化しているためか、会計学の分野や書籍でもあまり議論されることがないようです。
Amazonで調べると、唯一、以下の書籍がヒットしましたが、かなり専門的で経営実務を携わる者にとっては少し難しい内容です。
いまは絶版になっていますが、以前、私が読んだ本の中で、米国ペンシルバニア大学ウォートンスクール会計学 デービット・ソロモンズ教授による「事業部制の業績評価」の方が事業部制導入初期の根本的な議論を網羅的に押さえ、加えて櫻井通晴教授と上述の書籍を書かれた鳥居宏史教授の今日的な解釈・補足されているので、わかりやすいかと思います。
英文の初版 "Divisional Performance: Measurement and Control "は
1965年に出されたそうですから、会計学の古典・名著と言われる部類に入るでしょう。(ぜひ、改定版を出してもらいたいです)
「事業部制の業績評価」デービット・ソロモンズ
さて、本書の中では各章において、いくつかの重要課題や問題提議がなされています。以下、章立て(目次)に従って、重要ポイントをまとめてみました。
第1章 事業部制組織
・事業部制 成功の前提条件
(1)独立性の確保、(2)相互依存関係の必要性、
(3)全体最適の志向、(4)事業部の主体性の尊重
*事業部の独立性と同時に、相互依存や全体最適を目指すのは
二律背反になりがち。
・事業部制が常に正しい答えであるとは限らない。
・本社スタッフ部門と事業部スタッフ部門の役割
第2章 事業部制会計と会計基準
・内部会計(≒管理会計、ここでは事業部制会計)が
外部会計(≒財務会計)と同レベルの会計公準や会計原則に基づくべきか
否かの議論
・セグメンテーション開示やエージェンシー理論に通じる初期の議論
第3章 事業部業績尺度としての利益
・3つの成功度合いの測定指標
1)会計上の利益 2)投資利益率(ROI) 3)残余利益(≒EVA)
*鳥居教授によると、
業績評価としての事業部長評価は残余利益、
ポートフォリオ経営のための事業部評価は投資利益率
でみるべきなのではないか?とのこと。
・事業部サイドにおける管理可能/管理不能に関する議論
第4章 事業部利益測定上の諸問題
・減価償却の方法(年金法、級数法、加速償却)
・先入先出法(FIFO)と後入先出法(LIFO)の問題
・直接原価計算と全部原価計算
・本社費や法人税の事業部配分について
第5章 投資利益率と残余利益による事業部業績の評価
・投資利益率の分母は総資産、純資産、固定資産+正味流動資産?
・固定資産は取得原価、正味簿価、時価評価のいずれか?
・利益(分子)は税引き前、税引き後のいずれか?
・資本コストの算定
第6章 事業部間の振替価格
・市価基準決定の困難性
・限界原価ルールによる価格決定
・事業部からサービスセンターへの変更
第7章 事業部の業績活動に対する予算統制
・予算に対する事業部の責任とその限界
・コスト・コントロールと変動予算
*組織計画・コントロールのための予算と、事業部業績評価のための予算
策定はそもそも第一目的が異なり、矛盾しがち。
事業部に思うように任せ過ぎると予算達成リスクを減らすように控えめ
な予算編成になりがち (多くの企業で見られる昔年の課題)
第8章 非財務的な業績測定尺度
・生産性の測定、マーケティングの有効性
・GEの重要な成果指標 Key Result Area 例(非財務指標)
*その後のBSC (バランスド・スコアカード)に通じていくテーマ。
以上ですが、こうして論点をピックアップしていくと、日本でも事業部制や事業部責任会計を導入した際に経営企画部や財務部門を中心に議論になっていたテーマが60年代にソロモンズ教授により、すでに掲げられていたことがわかります。
ほとんどの皆さんは各社において、すでに事業部会計制度が出来上がってから入社されているので、所与の条件と考えられているかもしれませんが、実はいろいろな悩ましい問題があることだけは知っていておかれた方が良いと思い、あえて列挙しました。
ちなみに、本書では「残余利益」が使われていますが、櫻井教授・鳥居教授の解説によると、今日ではEVA(経済的付加価値)に読み替えた方がより適切であると書かれていましたので、参考までにその違いを解説したサイトを紹介しておきます。
残余利益=純営業利益–(営業資産 *資本コスト)
EVA =税引後純営業利益–(営業資産 *資本コスト)
全社P/Lに立ち返る
さて、いまや多くの日本企業に一般的になった事業部責任会計において、導入当初からいくつかの課題・論点があったことは理解頂けたかと思います。
事業部会計においては年度末明けの業績評価査定・結果以上に、次年度予算策定プロセスは毎年の恒例行事のように経営幹部・経営企画スタッフ、事業部幹部・スタッフを巻き込んで各社内で喧々諤々の議論がなされていることでしょう。
そもそも、事業部長としてはストレッチした(チャレンジングな)目標を掲げるよりは、確実に達成できる(コミットできる)目標を設定したいのは、年度末の業績査定を考えれば当然の考え・思いです。
一方、株主や株式市場からのプレッシャーを常に受けている経営陣からすれば、達成容易な固めの経営目標を掲げ続けていれば、競合他社との競争にも劣後する危険性があり、株価も冴えないものになっていくでしょう。
その結果、本社の経営企画スタッフと事業部スタッフの間でやりとりされるのは、方や「事業部利益をもっと上げろ!」、いや「その前に本社部門経費をもっと落とせ!」という不毛な部門間のやり取りです。
このやりとりは、事業部側の業績評価を管理可能利益ではなく、本社費用等配賦後の営業利益でやっていると、さらにややこしい話になります。
(こんなに事業部は儲けているのに、本社費負担が高すぎるから
営業利益が出ないんだ云々)
私自身も事業部スタッフ・事業部長として、そして全社スタッフ・経営幹部として、両者の立場から幾度となく、延々と続く予算策定における議論(ある意味、化かしあい)をしてきました。
そして、ある時、気づいたのです。これは事業部会計の枠組みだけで予算の議論をしているから、組織ごとの売上やボトムライン(利益)の押し付け合いになってしまうのだと。
本来、議論すべきは、事業部・本社スタッフの予算数字をまとめ上げた上で、全社として「販売費はいくらくらい、どこにどう有効に使うべきか」「管理費は本社・事業部トータルで適正なガバナンスを維持できるか?」
「研究開発投資はどうなのか?」といった全社横断的な予算配分議論です。
さらにもう一歩踏み込んで、販売費のうち、既存顧客の維持にはどのくらい、新規顧客開拓は? そして認知度向上のための広告宣伝費は?といった議論を製品やサービスラインの成熟度によりメリハリをつけて考えていくことがより重要です。
でなければ、儲かっている事業部が既存顧客維持のために多大な営業経費を割いて、然したる受注増を産まなくとも、事業部利益上はあまり負担感がない一方、新規事業中心の事業部では新規開拓のために本来必要な営業経費を事業部利益を守るために絞られてしまうといった戦略上の矛盾が生じてしまいます。
同様のことは研究開発費においても、またガバナンス上必要な管理費についても、部門間の成熟度や声の大きさで決まってしまうことが良く起こっているのではないでしょうか?
この辺の話を次回は事業部制をテーマにして、また別の視点で取り上げてみたいと思います。