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グローバル化(6):アメリカ大統領選

日本でも波乱の衆議院選挙が終わり、11日の特別国会の決選投票で石破茂首相が改めて選出されましたが、2024年11月5日に投開票が行われたアメリカ大統領選では事前の予想以上にドナルド・トランプ氏の圧勝となりました。

各種メディアや評論、ブログ記事などで様々な見解、勝因分析がされていましたので、それらを私なり整理して、4つの視点*からまとめてみたいと思います。
 *1.人格か政策か? 2.ポリティカル・コレクトネス
  3.グローバル vs ローカル 4.民主主義の危機


人格か政策か?

まず始めに大統領選直前に放映されたNHKスペシャル「混迷の世紀」が熱狂的な両者の支持者の意見だけでなく、冷静な議論を望む有権者や教会関係者、学生たちへのインタビューを踏まえて、比較的ニュートラルに米国大統領選の状況を捉えているのではないか?と感じました。

この中で、ハリス支持者がトランプ氏の人格面に嫌悪感・不信任を表明しているのに対して、トランプ支持者もその点は認める(否定しない)ものの 自分たちの最大の関心事である国内経済や不法移民対策、国際紛争等政策面についてはハリス氏の提言は具体論に欠けていて、トランプの実績・実行力に期待している。という率直な声が印象に残りました。

この点、アメリカ人の根底にあるヨーロッパ人や日本人と異なる考え方や国民性があるように思え、その点について解説したブログがあったので紹介しておきます。

1.愛国心と力の渇望:アメリカ人は自分の国を愛し、世界一の国になることを望んでいます。彼らは強さを愛し、勝利を愛しています。それに訴えるリーダーは誰でも自動的に有利になります。

8. 実用主義の国:アメリカ人は極めて現実的な人々です。彼らは、聞こえの良さではなく、実際に機能するものを気にします。アメリカでは、優れたエンジニア、ビジネスマン、投資家が生まれ、そして惹きつけられます。そのため、彼らはあなたほどトランプ氏のレトリックには関心がなく、あなたよりも彼の政策に関心があります

9. 前向き思考が原動力:アメリカ人は極めて楽観的な人々です。彼らはネガティブなものを嫌います。アメリカの歴史を、永遠に謝罪しなければならない一連の悪行とみなすwokeと呼ばれる意識の高い考え方は、彼らにはまったく忌まわしいものです。

Hatena Blog :頭の上にミカンをのせる より抜粋

実利主義(プラグマティズム)の国である米国では政治家や企業トップは人格的にも優れた人物がなるべき。といった思想や考え方、民衆の声は日欧ほど強くないのかもしれません。


ポリティカル・コレクトネス

つぎにハリス氏・民主党の失敗としてあげられていたのは、中絶反対や人種・D&Iの問題、政治的行動・発言の正しさ(political correctness)等を中心課題に掲げて選挙活動や候補者討論に臨んだことだと言われています。

こちらに関連した新聞記事やブログも2つほど紹介しておきます。

トランプ氏が訴えていたものを十分な数の米国民が望んでいるということだ。不法移民の大規模な強制送還やグローバル化に終止符を打つこと。そしてリベラル派エリートらのバカバカしいほどのアイデンティティーへのこだわり(これは「Wokeness=ウォークネス」という言葉で知られる)への反発といった要素が、トランプ氏の人格に有権者が抱いてきた疑念よりも重視されたということだ。

Finacial Times  USナショナル・エディター エドワード・ルース コラムより

もう少し突っ込んで言えば、これも何人かの有識者がすでに指摘しているように、「行き過ぎたポリコレ(ポリティカル・コレクトネス(政治的正しさ及びそれを求めること)」への疲れや怒りが、確実にアメリカ国民の中に、そして世界中の人々にあると思うのですよね。
人権や環境問題は確かに重要だけれども、ささいな表現や行動の揚げ足を取り、社会的地位を失うまで追い込むメディアや活動家。それに便乗していく政治家たち。日々の生活に悩む市民や労働者たちが、こうしたエリート階級の傲慢さや独善的態度・自己顕示欲に辟易としていたことは疑いなく、それは選挙結果を左右するほどの大きさになったということなのでしょう。

アゴラ 言論プラットフォーム 音喜多 駿 参議院議員 コラム


これに関連して、過去に私のNoteでウォーク資本主義について紹介したことがあるので、興味のある方は読んで頂ければと思います。


グローバル(新産業)重視 と ローカル(国内産業)重視

3番目にあげられるのが、民主党が支持基盤とするハイテク・新産業企業の都市エリート層と、共和党の支持基盤である伝統的企業:鉄鋼や自動車、石油産業の労働者・元関係者=ラストベルトとの闘いに支持者の絶対数で負けていたということでしょう。

この点について、アメリカ政治に詳しい会田弘継氏が共和党大会直前の
2024年7月に出版した『それでもなぜ、トランプは支持されるのか:アメリカ地殻変動の思想史』や出版社の紹介記事に詳しく背景が書かれていました。

まずは著者のコラムから見ていきましょう。

「絶望している国(人々)」がトランプを生んだのである。トランプが格差を生んだのではない、格差がトランプを生んだのだ。

東洋経済オンライン 会田弘継「それでもなぜトランプは熱狂的に支持されるのか」より  

「ニューデモクラット」が出現する過程で注目するべきことは、「ハイテク・デモクラット」と呼ばれる民主党政治家らが、情報技術(IT)など当時の先端技術の将来を見越して、そこへの集中投資を産業政策として提唱したことだ(佐々木毅『アメリカの保守とリベラル』講談社学術文庫、1993年、第2章「ネオリベラリズム」、特に106頁以降参照)。

製造業やエネルギー産業など旧来の産業界は19世紀後半以来、資本家の政党としての共和党と結びついていた。そのため、労働組合依存から脱し民主党の改造を図るニューデモクラッツが新たな産業界と結んで支援を仰ぐのは必然だった。ITを軸としたハイテク業界を通し金融・軍需とのつながりも強めていった。

また1990年代から全地球的な議題となってきた温暖化対策で急速に伸びた新産業も、民主党との結びつきが強い。IT、環境産業ともに民主党の政治資金源となっていった背景は、「ニューデモクラット」という政治運動にある。両新産業の育成にクリントン政権のゴア副大統領が貢献し、のちにも個人的に巨万の富も築いたことは広く知られている。

民主党はやがて、飛躍的に発展する21世紀の新産業界とそこで高収入を得るエリートらと結託する企業政党となる。他方、共和党は衰退産業(製造業・エネルギー産業)と、そこでの職を失ってサービス産業に入り込むなど、不安定な雇用環境に置かれる労働者らの支持をナショナリズムで引きつける政党となっていく。

東洋経済オンライン 会田弘継「金持ちエリート政党」に変貌したアメリカ民主党」より

私自身も大統領選前に本書を読んでいたのですが、米国の政治思想史に深く突っ込んだ内容だったので、少し難解で消化不良のところがありました。
一見、過激でハチャメチャに見える彼の発言や前期の政策についてトランプ支持者層の知識人は伝統的な保守主義への回帰や整合性を見出していることが新たな認識でした。

『それでもなぜ、トランプは支持されるのか:アメリカ地殻変動の思想史』

序 論 それでもなぜ、トランプは支持されるのか

第Ⅰ部 トランプ政権誕生の思想史

 忘れ去られた異端者らの復権/ジェームズ・バーナム思想とトランプ現象/よみがえる「美しき敗者たち」

第Ⅱ部 現代アメリカの思想潮流
 保守思想とアメリカ政治の現在 ――ポピュリズムとの相克/トランプ政権の外交思想を考える/トランプ政権を取り囲む思想潮流

第Ⅲ部 地殻変動の後景
福音派はなぜ政治を動かせるのか――アメリカの「政教分離」が意味するもの/アメリカ白人社会の格差と病――『絶望死のアメリカ』など/ハイデガー「技術論」でアメリカ公共宗教を読み直す/トランプ現象は終わらない――建国にさかのぼる孤立主義

第Ⅳ部 文化戦争と「キャンセル・カルチャー」
 アメリカに吹きすさぶポリコレの嵐/『ニューヨーク・タイムズ』が突き進む歴史歪曲/国民を分断する歴史教育と左翼意識の「目覚め」

第Ⅴ部 思想の地政学
 バイデン政権が抱えた課題/ウクライナ侵攻の「思想地政学」

第Ⅵ部 思想家ラッセル・カーク再考
 『保守主義の精神』出版70年とアメリカの分断/保守思想家ラッセル・カークと「死者たち」/近代に見失われた共時性が貫く共同体/E・マクレランと江藤淳の『こころ』

本書の著者もそうだが、バーグに連なる保守主義者には、キリスト教信仰者と同様の、選良意識がハッキリとある。
選ばれて優れた者が、不明の大衆をリードしなければならない。

民主主義
が、人間の知の慢心によって「国民大衆」を信仰するようなものであれば、それは偶像崇拝の一種でしかなく、必ずや国家と社会を誤らせるであろう、との信仰的確信が、彼らにはあった。

年間読書人 note より

さらに少し長くなってしまいますが、グローバルエリートと一般庶民との間の新しい階級闘争について触れている書籍・論考も出ています。

グッドハートもリンドも、グローバル化が進むにつれて、国民世論が真っ二つに分かれてしまうと指摘しています。つまり、グローバル化は民主主義と相性が悪いという分析です。

この傾向は、レーガンの前のカーターのころから徐々に始まり、新自由主義的な上からの革命で決定的になったと言われています。グローバルエリートが庶民を裏切り、福祉に共感しなくなり、平等や民主主義が成り立つ条件を壊していった。

東洋経済オンライン「アメリカの民主主義が「機能不全」に陥った理由」より 


こちらの話も以前のnoteで紹介したので、興味があれば参照ください。


民主主義の危機

最後に、では、比較すれば多くの米国民衆の支持を得たトランプ氏・共和党が民衆にやさしい政治をしていくのか、そもそも今回の選挙は民意を正しく反映しているのか といった点に触れてみたいと思います。

民主党と共和党の政策・支持基盤について、わかりやすく一枚の絵にしたものが出ていたので、紹介しておきます。

ダイヤモンドオンライン 「アメリカ民主党と共和党の違いを「1枚の図」にしてみた!」より

これを見ると支持基盤の違い、投票数が選挙結果につながったと素直に理解できるのですが、実のところはどうだったかというと、これもいろいろな報道・憶測があるようです。

トランプ氏が前回大統領選で「票は盗まれた!」と主張し、その後の国会議事堂襲撃にまで発展したのですが、どうもあながち嘘では無かったという報道で、今回は民主党の不正を共和党が事前に防げたのも一因というものです。

■ アメリカの市民権を持たない中国国籍の留学生によって、期日前投票が  できていたことが判明
■ ジョージア州最大票田のフルトン郡では、選挙スタッフ804人中、共和党側のスタッフが15人しか認められていない
■ミシガン州のデトロイトの開票会場に何故かカルフォルニアナンバーのトラックがやってきた

日本では報道されていないが、今回の大統領選挙において、トランプ陣営の一つの合言葉に too big to rig というものがあった。選挙不正が色々と行われても、結果をひっくり返せないくらいたくさんの票を獲得しようというものだ。
トランプがbigと言えるだけの票を獲得したのは間違いないが、民主党側が選挙不正に走れないように様々な対策を打ったこともまた、トランプ勝利につながったと見るべきである。

現代ビジネス 「歴史的に稀に見る大激戦」はどこへ行った より

また、米国では古くから両党が自党に有利なように選挙区の区割りをする「ジェリマンダー(ゲリマンダー)」が事実上、存在していて、今回も激戦州以外のほとんどの州で事前に勝敗がほぼ見えていたのは、そのためだったという指摘もあります。


最後に政治意識が高い(Woke)と思われる多くのメディアや、企業家・芸能人、共和党の重鎮までもがハリス氏支持を掲げる中、ハイテク・新産業を引っ張るグローバル・エリート「ニューデモクラット」の代表格であるイーロン・マスクがトランプ支持に回ったことは驚きでもありました。

ただ、一連の報道の中で、彼は彼で企業家として計算高くトランプ支持に回ったというのが大方の見方のようです。

マスクがときに「歩く地政学リスク」と言われるゆえんだ。SpaceXとNASAとの関わり、Starlinkとペンタゴンとの関わり、EV市場のリーダーとしての中国政府との関わり、など、「隠然」ならぬ「陽然」たる影響を、アメリカ政府に示している。マスクは、その政府側の窓口をトランプにしたいと考えた。
(中略)
トランプの暗殺未遂事件は、マスクの感情を強く刺激するだけの効果があったのだろう。子どものようにいまだにSF的なヒロイズムに惹かれるマスクらしい衝動といえる。もちろん、全く打算がないはずもなく、そこはテック界隈の住人らしく、特定のイデオロギーではなく、利得の計算、すなわち損得勘定をベースに判断してもいる。功利主義的なエンジニアらしい発想だ。

現代ビジネス「イーロン・マスクが「トランプ応援」に執着するワケ」 


ここまで、いろいろ見てくると、民主党も本当に清廉潔白でポリティカル・コレクトネスを貫いていたのか、共和党は本当に庶民の見方なのか と言った点にもだんだん疑問符がついてきました。

結果、どっちもどっちのような気がしてきて、他国ながら米国の民主主義は健全に機能しているのか不安に思わせる今回の大統領選挙でした。

一方、日本の今回の衆議院選挙では「政治とカネ」の問題に隠れて、肝心の経済政策「景気・雇用」があまり争点にならなかったのは残念でした。
そこに「年収103万円の壁」というわかりやすいキーワードで切り込んだ国民民主党が得票率を伸ばしたのは、日本人は政治的な正しさで自民党にお灸をすえる一方で、生活(実利)も大切ということなのかもしれません。

さらにその国民民主党の党首が首相指名の特別国会の前に不倫問題で人格に疑問符を持たれたのに、そのまま党首に留まれたのも「人格より政策」に日本もなってきているのかなとふと思いました。


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