投票立会人をやってみた
「投票所の奥に黙って座っている謎のおじさん」をやってみました。
石破政権発足直後に発表された解散総選挙の開催に当たり、投票所で必要とされる投票立会人をやってくれる人を探して欲しい、という通達が、市から自治会(区会)にあったらしく、区長が誰かやってくれんか、と聞いてきたので、これは面白そうだと思ってやってみることにしたのです。後で聞いたところによると、この役は誰もやりたがらないので、区長が手当たり次第に知り合いに聞いて回るのが通例だそうな。
投票所の営業時間(?)の間中、ただひたすら座っているだけで良い、日当も弁当も出る、途中休憩もし放題、だそうだから、自治会のオッサンじゃなくて大学生とかに声をかけたら良かろうもんだろう、と思ったのだけど、まあ、素性のわからんヤツよりは地元の顔なじみのほうが気が楽、というのはあるかもしれない。なにより、投票イベントの「中の人」になれるのは、なかなか無いチャンスだ。
当日の流れ
投票所で投票できる時間は、朝7時から夜8時まで。この間中、ずっと「謎のおじさん」を演じなくてはならない。最寄りの投票所に朝6時45分に来てくれ、と言われていたので、早起きして歩いて行きましたよ。現地についたら市役所の人が当日の仕事を簡単に説明してくれました。
・投票所が開いている間中、所定の席で座っていてくれ。
・座っている間は、スマートフォンをいじったりおしゃべりしたり、何をしてくれても構わない。
・疲れたりトイレに行きたくなったら、遠慮なく席を外してくれて構わない。
・指定時間になったら弁当を食べること。
・終わったら投票箱に鍵を掛けるから、それを見届けて。
当たり前といえば当たり前だけど、投票所の運営は市役所の職員が全て行う。我々投票立会人は、文字通りその場にいて立ち会うだけ。不正が行われていないかどうか、証人としてその場に居合わせるというのが最も重要な役割なわけだ。我々、としたのは、立会人は二人いたのです。私ともう一人、こちらは区長から懇願されて時間を作って来た人。私は丸一日参加することにしていたけど、こちらの方は午前中のみで、午後からは別の方と交代することになっていた。この時点で、休日を早朝から晩まで丸一日、田舎の集会所でひたすら座るだけ、という、なんの生産性もない行為をこれから行うのだなぁ、というどんよりとしたものが心の中に垂れ込めてきた。俺も半日でも良かったんじゃねぇか? いやいや、投票の開始と終了には、我々一般人が滅多に見ることのない何か儀式のようなものがあるはずだから、俺はそれを見届けるために来たのだ、と自分に言い聞かせてハラを括ったのでした。
07:00 投票開始
世の中には投票一番乗りを楽しみにしている人がいるらしい、ということは以前より聞き及んでいた。なんでも、投票開始にあたって、空っぽの投票箱を見届けて、ここには何も入っていないよ、不正はないからね、ということを確認し、証明のための署名を行うことのできる権利(?)が与えられるそうだ。マジかよ、そんなことのために朝イチで来るんか、と思っていたら、こんな田舎の投票所でも、私が現地に到着する前から待っているオッサンがいた。
ちなみにそのオッサンが空箱を確認する前に、我々投票立会人はカラの箱をしげしげと眺め、不正がないかどうかをチェックしました。オッサン、せっかく早起きするなら投票立会人をやったら?と思った。
しかるに、午前7時になったので、投票が開始された。オッサンは市の職員に促されて、投票箱がカラであることを確認し、投票箱が閉じられ施錠されるのを見届けると、なにか書類のようなものにサインしていた気がする。正直、あんま覚えてないや。
実際の進行と、休憩とか
そこから、次から次へと地元の住民がやってきて、投票を行っていた。驚いたことに、人の流れは途切れることなく続き、正午辺りまでは「誰も来なくて手持ち無沙汰になる」ということが無かった。すげぇ、これはさぞかし投票率も高くなったんじゃないの、って思ったけど、後で確認したら例年とあんまり変わらなかったようだ。
開始から2時間位は、隣に座っていた市の職員のおじさんと雑談をしていたらあっという間に時間は過ぎていった。長らく投票の現場にいた人らしく、その経験談を伺うのが実に楽しくて退屈しなかった。また、おじさんはMLBのワールドシリーズが気になっていた様子で、ちょくちょく試合の経過をチェックしていたりして、実にユルい時間が流れていた。
途中、30分くらいの休憩時間を与えられて、和室で茶でもすすりながら菓子でもつまんでおいでよ、と言われたのだけど、同じ様に休憩している若い職員の休憩の邪魔をしたくないのと、黙っていたらついつい余計に菓子を食べてしまいそうな気がしたので、早々に引き上げてきた。所定の席で、となりの職員のおじさんと雑談をしている方が気が楽だ。
同じ理由で、昼食の弁当の時間に和室に行ったけど、弁当を平らげてすぐに戻ってきた。出された弁当を見て、「これはどこの弁当ですか?」と反射的に聞いちゃうのは、町内会長を経験した所以だ。仕出し弁当の仕入先、気になっちゃうもん。
午後の投票所
午後1時位になると、それまで若干落ち着いてきた人の流れが、再び勢いを取り戻し始めた。域内放送で投票を呼びかける案内が流れたこともあるかもしれないし、午後に出かける前に、よし、いっちょ投票行っとくか! というモメンタムが人々の中に生まれたのかも知れない。しらんけど。
それが一段落すると、ついにアレがやってきた。そう、眠気だ。
多分少し寝落ちしちゃったかもしれない。寝るくらいならツイッターでもやったろかい、と思ってタイムラインを流していると、稀に、本当に極稀に、職場では不適切なコンテンツ、いわゆるNSFW (Not Safe For Work) なコンテンツがうっかり表示されちゃう可能性を感じてしまって、さらにそれが動画だったりしてうっかりそれをタップしちゃうと、昼下がりの閑静な投票所にアハンな音声が響き渡るなんていうとんでもない事態につながる恐れがあることを危惧し、ツイッターの閲覧は控えることにした。ていうか、怖くなって眠気が覚めた。
午後からはもう一人の立会人が交代し、今度は近所のマダムの方がその任務に就くことになった。とはいえ、やることは変わらず。ひたすら座って人々の投票行動を眺めつつ、雑談をしたり茶をすすったり、ときどきスマートフォンをいじったりして、まんじりともない時間を過ごしているだけだった。
事件
事件、と書くと大げさかもしれない。閑静な投票所が一時騒然とする出来事が起きた。
雑談をしたりぼんやりしたり、脳みその定格出力が3%くらいのほぼスリープ状態で座っていると、突如男性の大きな声が投票所に響き渡った。
「納得できない、どうしてくれるんだッ!?」
納得?投票所で納得することなんて何かあったっけ? と思って当人の様子を観察していると、どうやら以下のような状況だということがわかってきた:
・男性は入場券(投票日の数日前に有権者宅に郵送される)を持たずにやってきた。
・入場券がなくても有権者名簿で本人確認ができれば投票はできるが、その名簿に男性の記録がない。
・男性は2ヶ月前?に別の地区からこちらに引っ越してきた。
・投票ができないとはどういうことだ?! 納得できない!!
確かに、国政選挙の投票権というのは国民に与えられた大切な権利だから、それができないということは憂慮すべき時代である。ただこの男性は、2ヶ月?ほど前にこちらに引っ越してきたばかりだそうで、以前はここから少し離れた都市に住んでいたようだ。職員の人達の説明に耳を傾けてみると、通常、投票日から3ヶ月遡った時点での住所を元に、投票場所というのは決定されるらしい。この男性の場合は、今我々がいる投票所ではなく、以前に住んでいた場所で投票を行うことができるはずで、ちゃんとその連絡も行っているはずだ、ということらしい。
そんなことは知ったことか、今すぐここで投票できるようにしろ、と男性は強弁するが、現場の職員にできることはなにもない。私の隣に座っていた職員のおじさんは、この場では最もベテランの方だったので、その男性に繰り返し「できない」と説明するのだが、男性は一向に納得する様子はない。無かったのだけど、これ以上どうにもならん、と理解したのか、「もう知らん!」と言って出ていってしまった。
この場合、男性はどうするべきだったのか。おそらく、現住所が変更されたことによって、新住所に不在者投票などの案内が行っていたはずだ、というのはおじさんの弁。その仕組みを使えば遠隔地からでも前住所の選挙区で投票ができた。もちろん、今日ここの投票所では、何があっても投票はできない。たぶん、案内の手紙を見落としていたんじゃないのかなー、という見解に落ち着いた感じだった。
私見だけど、そもそも入場券が無い時点でオカシイと思わんかったのかね。年齢は60を過ぎた人だとのことだけど、それくらいの経験があって、変だと思わなかったのが不思議だ。ともかく、それまで淡々と過ぎていた投票所内の時間が、ここで一気にヒートアップしたのは愉快だった。不謹慎だけど。
20:00 投票終了
投票終了時刻が近づくにつれて、今日は何人投票に来たか、投票率はどれくらいか、を、職員の人がしきりに気にするようになってくる。あと〇〇人で大台に乗るぞ、みたいなことを言いあうようになってくる。実際、投票所に限らず、閉店間際に駆け込んでくる人って一定数いるみたいで、19:30を過ぎて投票にやってくる人で少しだけ活気づいたかのようになった。
そしてタイムズ・アップ。投票箱の上部のスリット(投票用紙を差し込むところ)に蓋をして施錠する。この錠前を開けるためのカギは別に用意してあって、それらは封筒に封入され、我々選挙立会人の署名と割印を行って厳重に管理される。投票箱は開封所で開けられるまでは、絶対に開けられてはならないのだ。
ここから一気に忙しくなる。投票所には3つの投票箱があり、職員のおじさんの車で開票所に運び込まれることになっている。そこに、なぜか私も同行することになった。
我々の投票所は比較的開票所となる市役所施設から近いこともあり、5分ほどで現場に到着した。投票箱を下ろして現場の担当職員に手渡し、封印されたカギも渡して終了。ここから市役所の職員(ほぼ)総出で開票作業が行われるとのこと。ご苦労さまです。
おじさんに自宅まで送ってもらい、晴れて本日の作業完了となりました。いやぁ、疲れた。
報酬について
この日に頂いた報酬は10,840円。朝6時45分から夜8時20分くらいまでの拘束時間で、約13時間半いたことになるかな。岐阜県の最低賃金が1,001円だそうだから、これってアリか?と思うのだけど、これは労働には当たらないってことなのかな。座っているだけでお菓子も食べ放題、だから、これはこれでいいのかしら。まあ、報酬目当てでやるもんじゃないかもね。
体験してみて
投票、というシステムのいろんなことを知ることができたのは興味深かった。また、市の職員は休日出勤で大変だな、という感想。割増賃金でももらわないとやっとれんな、という同情はできる。夜を徹しての開票作業は、若手ならほぼ全員参加で、しかも翌日はフツーに出勤する必要があるみたいなので、本当にご苦労さんです。投票日は確実に職員が動員されるので、今回のように突然決まった選挙のために、泣く泣く旅行の予定を取消した、という人もいたみたい。
ちなみに、もう一度やってみたいか、と問われれば、できれば遠慮したいと申し上げたい。でもまあ、半日、それも午前中だけならアリかなぁ。