『ジュディ 虹の彼方に』 “JUDY” 伝説の大スター ジュディ・ガーランド 晩年の孤独
ゴールデングルーブ賞他数々の映画賞で主演女優賞を総なめにしているレネー・ゼルウィガーの『ジュディ 虹の彼方に』”Judy” (2019) は、「オズの魔法使い」「イースター・パレード」「若草の頃」などMGMミュージカル映画で伝説を作った大スター ジュディ・ガーランドの晩年ロンドンで行われたショーを中心にした伝記ドラマ。
監督はルパート・グールド。原作は2005年に初演され、2012年にロンドン・ウエストエンド、ブロードウェイで上演されたピーター・キルター脚本の舞台劇『エンド・オブ・ザ・レインボー』によるもの。
【あらすじ】
1939年公開のMGMミュージカル『オズの魔法使い』”Wizard of Oz“の主役ジュディ・ガーランドは、セット裏でルイス・B・メイヤーからこう言われる「君は他の娘と違うんだよ。君は天性の声を持っている」。
ミュージカル映画に多数出演するようになってからのジュディはセットで寝泊りするほどの忙しさ。元々太る体質といつもハイにするために飲まされ続けた薬物の依存症や神経症の影響で、映画の撮影にも支障をきたす事になり徐々に仕事が減っていった。そのため1960年代後半には日々の生活にも困窮する事態になっていた。
1968年、ジュディはロンドンで5週間に渡る連続ライブのオファーを受ける。精神的にボロボロだったジュディだが、初日にスポットライトを浴びたジュディは往時の輝きを取り戻したかに見えたのだが・・・
ジュディ虹の彼方に 日本版公式予告 Reference: YouTube
【解説】※ちとネタバレあり。
(ジュディ・ガーランドという人の事を少しだけ知ってからこの『ジュディ 虹の彼方に』を観ると、その深い味わいが堪能できると思います。以下そんな解説です)
個人的な話で恐縮だが、ぼくは高校生の時に『ザッツ・エンタテインメント』”That’s Entertainment”(1974)を劇場で観て感動し、その後十数年かけてそこに出てきたミュージカル全作品を観た(Part 2, Part 3 も含めて)。そして縁あってLDボックス・セット『ザッツ・エンタテインメント』及び『オズの魔法使い』のライナーノーツ(娯楽映画研究家・佐藤利明氏によるもの)の作成をお手伝いさせてもらった人間である。なのでジュディ・ガーランドのことは多少は詳しいと自分では思ってる。
まず主演のレニー・ゼルウィガーは、本当にジュディ・ガーランドに似せてきている。口をちょっと前に出す表情や、声まで似せている(もちろん歌唱は本物に届かないが・苦笑)。それに晩年の歩き方やステップの踏み方もそっくりだ。最初に舞台袖で下を向いているロングショットは、本物のジュデイが出ている!と思わされ驚かされたほど。彼女の演技も見事で、キャリア上ベストだ。おそらくアカデミー賞主演女優賞も取るだろう。
JUDY Official Trailer - Reference: YouTube
このドラマを観ていると、晩年のジュディの「寂しさ」と「孤独」がよく描かれていて、良い出来なのだが、ファンとしてはつらく悲しい思いになる。
1939年の『オズの魔法使い』のドロシー役(シャーリー・テンプルの代役)を受けてスターになったジュディ(ダーシー・ショウ)だが、精神的にも肉体的にもズタボロになってしまったのは、MGMという巨大スタジオの金儲けのため。アンフェタミンで食欲を抑え、薬物依存にされ犠牲になった少女の悲劇。
本作品冒頭ジュデイに”悪魔のささやき“をするスタジオのボス、ルイス・B・メイヤー(リチャード・コーデリー)は、MGM = メトロ・ゴールドウィン・メイヤー とスタジオ名に自分の名前が入ってるほどの人。それは幼いジュディにとって、恐いおじさんだったに違いない。彼が《作った》ハリウッド・スターはクラーク・ゲーブルはじめ誰も逆らえなかったという。
The Trolley Song (トロリーソング)- Reference: YouTube
『青春一座』”Babes In Arms”(‘39) 『ストライク・アップ・ザ・バンド』”Strike Up The Band”(‘40) 『ブロードウェイ』”Babes In Broadway”(‘41)『ガール・クレイジー』”Girl Crazy”(‘43)などバズビー・バークレイ監督の天才的な手腕が光る一連の青春もので共演したミッキー・ルーニー(ガス・バリー)に恋心を抱くもスタジオ側から邪魔をされる。
MGMは映画撮影に度々遅刻をするなど、支障が大きいとの理由で『サマー・ストック』(‘50)を最後にジュディを解雇(この『ジュデイ 虹の彼方に』でも感動的な場面で歌われる”Get Happy“はMGMで最後の最後に撮影された時に歌ったもの)。
Get Happy (ゲット・ハッピー)- Reference: YouTube
本作品にも登場する3番目の夫シドニー・ラフト(ルーファス・シーウェル)の力でワーナー・ブラザーズ映画『スタア誕生』”A Star Is Born”(‘54)でカムバックするも、アカデミー主演女優賞が取れなかったことで生活も荒れ、離婚もしてしまうジュディ。
1961年にはそれでもカーネギー・ホールでのコンサートを開き、最高レベルのパフォーマンスを見せる。だから、本作品でも「カーネギーは何階だった?」というセリフが効くのだ。ちなみにこのライブ盤「ジュディ・アット・カーネギー・ホール」”Judy at Carnegie Hall”は名盤中の名盤と言っていいジュデイ全盛期の歌声が聴ける貴重な20世紀の遺産。
そしてまた落ちぶれて経済的に困窮した1968年にお呼びがかかったのが、ロンドンのナイトクラブ「トーク・オブ・タウン」での5週間のショー。当時ジュデイにはマネージャーさえおらず、ロンドンには一人で行くことになる。
劇中ロンドン公演ではリハーサルさえせず、いきなり本番で名曲「バイ・マイセルフ」を歌うのだが、オドオドしたような表情のジュディがだんだん自信を持って歌いあげていくシーンにはちょっと目が潤んだ。ジュデイの出演映画 “I Could Go On Singing”(‘63)でも歌ったものだったし。
By Myself (バイ・マイセルフ)- Reference: YouTube
ロンドンでのゲイのファンとの交流場面は胸を打つ。「虹の彼方に」”Over The Rainbow”という楽曲は迫害されたゲイの人たちの応援歌として認知されている。ジュディ・ガーランドはゲイ・ピープルたちのアイコンであった。この映画の原作の舞台が「エンド・オブ・ザ・レインボー」という題名なのも作り手の気持ちがよく表れている。
ジュディはのちに5番目の夫となるミッキー・ディーンズ(フィン・ウィットロック)にのめり込み、ますます境遇を悪くするが、それもこれも彼女の、愛してくれる人が欲しいという「寂しさ」がさせたもの。孤独は人間を孤立させ、ますます孤独にさせる。一度高みを味わった者は、下の生活に戻れない。ルイス・B・メイヤーに「スタジオの外で平凡な生活をするか、スターの人生を歩むか?」と聞かれた時にドアの外へ出ていたら彼女はもっと幸福になれたかもしれない。
だが彼女は、平凡な人生を選ばなかった。だから《伝説》の人になった。けど人間として、女性として、母親として幸福な人生は送れなかった。ハリウッドは夢の工場と呼ばれた。その夢はかような人間たちの(ある意味)犠牲の上に成り立っている。演者と呼ばれる人々はその覚悟で生きているのだろうが、彼女の人生は他の誰よりも過酷なものだったろうと想像する。
Come Rain or Come Shine(降っても晴れても) - Reference: YouTube
この映画は英国で製作された。BBCなどが製作者として名を連ねている。純粋なハリウッド映画ではない。『マリリン7日間の恋』(‘11) でも思ったが、英国の映画人はハリウッド・スターの描き方がとても優しい。それはある意味、憧れの目で見るからかもしれない。ロンドン公演のマネージャーとバンド・マスター、ゲイのファン達に支えられていることがわかることで、映画を観終わって救われた気持ちになったのは、そういうことも原因なのかなと感じた。
Over The Rainbow (虹の彼方に) - Reference: YouTube
【ジュディ・ガーランドの映画紹介】
日本ではMGM時代の映画は未公開ものが多いが、ぼくなりのジュディ・ガーランドお薦めの映画を挙げると、
1)オズの魔法使い (‘39)
言わずと知れたミュージカル・ファンタジーの金字塔。楽曲もキャストもセット撮影の造形の美しさも素晴らしい傑作。親子で見ても最高。
2)イースター・パレード (‘48)
ジーン・ケリーが足を骨折して急遽出演したフレッド・アステアとの共演が見事にハマった傑作。ミュージカル好きの立川談志師匠が「ミュージカルは『イースター・パレード』と『雨に唄えば』この2本を観とけばあとはいらない」と言ったほど。
3)若草の頃 (‘44)
映画自体のストーリーも出来も良いが、「The Boy Next Door」を歌うジュディ・ガーランドがたまらなくかわいい(ちなみにこの歌はフランク・シナトラ版では、「The Girl Next Door」と変わる)。本作品でも歌われる”The Trolley Song”はこの映画から。
The Boy Next Door (ザ・ボーイ・ネクスト・ドア) - Reference: YouTube
4) Girl Crazy (‘43)
ミッキー・ルーニーとのコンビ作でぼくが一番好きなのがこれ。ジョージ・ガーシュインの楽曲が楽しめ、ラストの〈天才〉バズビー・バークレイ演出のアイ・ガット・リズム”I got rhythm”だけでも観る価値あり(←撮影時バークレイに相当いじめられたらしいが)。のちに クレイジー・フォー・ユー “Crazy For You”というブロードウェイ・ミュージカルになり、日本でも劇団四季で上演された。
(このDVDはアメリカ盤のようなので、字幕がないかな?)
I Got Rhythm (アイ・ガット・リズム)- Reference: YouTube
5)サマー・ストック (‘50)
ジーン・ケリーとの共演はこれがベストと個人的に思う。ケリーのダンスも良いが、ジュディ・ガーランドMGM最後の作品なので、ファンはマスト。”Get Happy”のタキシード姿は「イースター・パレード」でカットされた”Mr. Monotony”と同じ衣装。ジュディが最後の撮影はこれでやりたいと言ったのだと。
6)スタア誕生 (‘54)
MGMを解雇され、ワーナー・ブラザーズで撮影された名匠ジョージ・キューカー監督(「マイ・フェア・レディ」)による名作。ジュディの歌うボーン・イン・ア・トランク ”Born In A Trunk” は、彼女の実人生を表現したものとして評価されている。この物語自体リメイクだが、その後、バーブラ・ストライサンドの「スター誕生」(’76)、レディ・ガガの「アリー スター誕生」(‘18)も製作された。
スタア誕生 予告編 - Reference: YouTube
7) ザッツ・エンタテインメント (‘74)
MGMミュージカルの名場面を繋いだアンソロジー。キラ星のごとく銀幕のスターが登場し、名曲の数々とタップダンスの素晴らしさを堪能できる。ジュディの名場面を紹介するのが2番目の夫ヴィンセント・ミネリ監督(「巴里のアメリカ人」「バンド・ワゴン」「若草の頃」「恋の手ほどき」)との間に生まれた娘のライザ・ミネリ。
ザッツ・エンタテインメント予告編 - Reference: YouTube
『ジュディ 虹の彼方に』日本では2020年3月6日公開。
てなことで。
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