世界映画史上ベストワンに選ばれた「ジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル 1080 コメルス河畔通り23番地」とは?
●世界映画史上ベスト100 驚きの結果
最近ちょっと驚いたことがあったんで今日はその話をしたいと思います。
2022年暮れに、英国で世界の映画史上ベスト100が選ばれ、そのベストワンがぼくが全く知らない映画だったのです。
その映画のタイトルは、
「ジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル 1080 コメルス河畔通り23番地」
というものです。
はっきり言って「知らんわ!」ですよね。ぼくも全然知りませんでした。映画好きを自認してる自分なのに、知らないのはあかんやろうと思って、今回調べてみました。
ちなみに、この映画史上のベスト100は、10年に一度イギリスのBFI British Film Institute つまり英国映画協会が発行してる雑誌「Sight and Sound」で発表されるものです。
世界で一番古く、権威もあるベスト100なので、ぼくのような映画好きは楽しみにしているものなのです。
70年前に、初めてヨーロッパやアメリカの高名な評論家を集めて世界一の映画を決めたのが始まりで、それ依頼10年毎にベスト100を決めています。
第一回目の1952年にはビットリオ・デ・シーカの「自転車泥棒」が選ばれ、その後「市民ケーン」が50年連続で一位になりました。そして前回2012年にアルフレッド・ヒッチコックの「めまい」が一位になってます。
ちなみに日本の小津安二郎監督の「東京物語」は ベスト5圏内の常連になっています。今回も第四位でした。
この「ジャンヌ・ディエルマン…」は、1975年、べルギー人のシャンタル・アケルマンという女性の監督が作った映画で、上映時間が201分、つまり3時間21分もある長尺です。
主演は、「去年マリエンバードで」や「ジャッカルの日」なんかにも出てたデルフィーヌ・セリッグという女優さんです。
●なぜ傑作なのか?
もちろんぼくは観てなかったので、今回観ました。そうしたら、確かに傑作でした。
なぜ傑作なのかをちょっとご説明しましょう。そして後半はちょっとネタバレありの解説をしたいと思います。
まず、ストーリーはとてもシンプルです。夫と死に別れた中年女性が、小さなアパートで思春期の息子と暮らしています。彼女の日常はとても単調なものです。その3日間を描いています。ま、言ってしまえばストーリーはこれだけです。この長い題名は、その彼女の住所なんですね。
ただ彼女がどうやってお金を稼いでいるかというと、息子が学校へ行ってる日中(お昼)に訪ねてくる男とベッドを共にしているのです。
この映画がすごいのは、中年女性の単調な日常を、それこそ単調なテンポと長回しのカットで繋いでいるところです。つまり画面を見つめながら見てるこっちが(この人は何を考えてるんだろう?と)感情移入できるところです。
ぼくは男なので、そこまでわかりませんが、この映画の評価が高くなったのは、その〈フェミニズム表現〉なのだと言われています。それこそがこの映画がナンバーワンになった理由です。
Reference : https://youtu.be/gXG4PG55q_Y
●時代が早すぎたアヴァンギャルドな女性映画
上映時間は長いのに、出てくるのは、アパートの中が主で、後は買い物に行ったり、カフェに行ったりする場面しかありません。
長回しと言いましたが、短いものでも20~30秒。長いものはワンカット6~7分あります。それに毎ショット カメラは固定され動きません。クローズアップもなければ、ナレーションもない。それに音楽もありません。聞こえてくるのはラジオからかかる曲が2曲だけ。日中、一人でいる時は主人公は一切しゃべりません。
台所でお湯を沸かし、コーヒーを入れ、ジャガイモを切り、ご飯を作り、子供と一緒に静かに食べる。それだけです。
そんなスローペースな、単調な映像を眺めていると、彼女がフラストレーションが溜まっていくのが徐々にわかるんですねぇ。そして最後にそれが爆発するんです。
聞いてわかる通り、これはアヴァンギャルドな実験映画です。1975年にカンヌ映画祭に出品された時は、賛否がわかれました。長すぎる、単調だ、という声と同時に、これは女性を描いた傑作だという声もありました。
この映画は、監督はじめ8割のスタッフが女性でした。監督・脚本のシャンタル・アケルマンは、まだ25歳でした。その年齢でこんなに中年女性をしっかり描いていたのは驚きです。
つまり、この作品は早すぎたのです。女性に対する偏見がまだあった70年代に、こんなしっかりした女性映画が作られていた。製作費は、監督がベルギー政府から支援を受けたという12万ドルでした。今やこの作品は、カルト・クラシックとして評価されています。
今回、この映画がナンバーワンになったのは、そういう理由もあると思います。男性中心のかつての映画評論の世界も、現在は女性も多くいる時代になっています。1952年は、たった63人の評論家がこのベスト100を選んでましたが、2022年は1,639 人に増えています。
やっと時代が追いついたのでしょう。この映画に影響を受けたという映画監督も多く、女性監督ではソフィア・コッポラ。それからトッド・ヘインズ、ガス・ヴァン・サントなども影響を受けています。
ですが、このシャンタル・アケルマン監督は、2015年に65歳で亡くなっています。死因はうつ病による自殺だっとと報道されています。
そのシャンタル・アケルマン監督のインタビューをクライテリオン・チャンネルで見ました。ここからちょっとネタバレがあります。
Reference : https://youtu.be/8pSNOEYSIlg
彼女は、15歳の時にジャン・リュック・ゴダールの「気狂いピエロ」を見て、映画監督になろうと思ったと言います。その後ベルギーの学校で映画を習いますが飽き足らず、ニューヨークへ出て、様々な実験映画を見て自分の作風を考えたと言います。ちょうどアンディ・ウォーホルなんかが出始めの頃ですね。
この「ジャンヌ・ディエルマン…」では、主人公の主婦のルーティーンワークを几帳面に映します。で、ぼくは男だからわかんなかったんですが、主人公の彼女は、2日目に来た男でオルガスムスを感じてしまい、全てのルーティーンがおかしくなったんだと言います。
いつもお金をしまってるスープチューリンの蓋を閉め忘れるところから始まり、洗ったスプーンを落としたりとミスが出ます。だから三日目に男を殺すんです。
この辺は、女性ならではの気持ちで、男のぼくにはわからない世界でした。
●やっと日本で公開されたモダンアートな世界
主人公は、几帳面な主婦で、電気をこまめに消します。それが編集せずともフェードインフェードアウトの画面転換になっています。これなんかも映像表現として面白いなと思います。
監督がこだわったというカメラアングルと色の使い方が、ぼくの好きな画家エドワード・ホッパーの影響が見られたりと、映像が好きな人には受けいれられる映画だと思います。モダンアートの世界です。
だけど、映画を見慣れてない人には、3時間20分はやっぱキツイでしょうね。今は本のように何度かに分けて見ることがビデオなら可能なので、そうやって見るのもいいんじゃないんでしょうか。
日本での公開は、2022年春にやっとシャンタル・アケルマン映画祭というイベントで初めて公開になったというので、ぼくも知らないわけだと思った次第です。
2012年の映画史上ベスト100では、36位だった映画が今回ベストワンになりました。映画というものの評価は時間が経たないとわからないものなんですね。
そして時代は確実に変わったなと思います。
今日は、映画史上のベスト100、ベストワンの「ジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル 1080 コメルス河畔通り23番地」その映画のご紹介でした。
てなことで、また。
Jeanne Dielman, 23, quai du Commerce, 1080 Bruxelles (1975)
07-Mar-23 by nobu