アメリカのピオイド問題に関する情報集
1.はじめに
このノートは、アメリカのオピオイド問題と、その主犯とされるパデュー・ファーマとサックラー家に対する批判の情報をまとめたものです。
1.1.オピオイド問題の概要
下記のオピオイド危機の解説は、2018年に書かれたもでである。
残念ながら、死亡者の数は増えるばかりであり、アメリカ下院の中間報告書(2022/4/27)では、累計死亡者が50万人と書いています。これを日本に例えると、人口が約1/3(3億4千万人 対 1億2千万人)なので、17万人が死亡している薬害となります。日本における戦後薬害は1900年代に集中していて、最大で1万人の被害者を出しています。これと考えると、アメリカのオピオイド問題が、いかにに深刻かを理解できます。
1.2.パデュー・ファーマとサックラー家
オピオイドの乱用と被害を作ったのはパデュー・ファーマとその所有者であるサックラー家だと言われています。パデュー・ファーマは、オピオイドを「オキシコンチン(OxyContin)」という名前で製造・販売しました。
2.きっかけとなった橘玲氏の記事
以前から「オピオイド問題」という言葉は知っていました。しかし、その深刻さを知ったのは橘氏のブログでした。
3.Netflixによるオピオイド問題の作品
そして、Netflixによる2つのドキュメンタリーでした。どちらの作品も衝撃的な内容をわかりやすく表現していた。これを観た後に感じたのは、これらのニュース源をもっと知りたい、でした。
4.Last Week Tonight with John Oliverによるオピオイド特集
オピオイド問題のニュース源を調べてたどり着いたのがLast Week Tonight with John Oliverでした。彼らは、オピオイド問題を3回取り上げました。
4.1.第1回目の特集(2016年)
オピオイドが新しいタイプの麻薬として広がっている。
オピオイドは錠剤(鎮痛剤)なので、ヘロインのような注射が不要。
パデュー・ファーマは、1)アグレッシブなマーケティングと2)中毒性の不当表示(=中毒性は無い)を駆使し、オピオイド市場をニッチ(末期がん患者用)から一般(一般な鎮痛用途)に広げた。
4.2.第2回目の特集(2019年)
未だに、オピオイド被害者が増え続けている。
カーミット市のオピオイド蔓延に加担したマッケソン社(医療薬販売業者)への批判
パデュー・ファーマを支配しているのはサックラー家(リチャード・サクラー)である。
しかし、リチャード・サクラーは公に出てこないので、情報(写真や動画など)が全く無い。
しかし、パデュー・ファーマの社長だったリチャード・サックラーの宣誓供述調書がある。
この調書に基づき、宣誓供述を再現したので、Sacker Galleryを観てほしい(6章を参照)。
4.3.第3回目の特集(2021年)
サックラー家の振舞と責任を詳細に言及しました:
オピオイド被害が止まらない。2020年だけで10万人死んでいる。
パデュー・ファーマは数千件の訴訟を受けている。
結果として、パデュー・ファーマは破産し、多額の保証金を払うことになった:OxyContin Maker Purdue Pharma Reaches $8 Billion Settlement In Opioid Crisis Probe
しかし、一見すると大勝利に見えるが、これは bunch of bullshitだ。
パデュー・ファーマが支払うこととなっている80億ドルの和解金に対して、同社の価値は、破産により大きく下回っているので、象徴的なものである。
代わりに、サックラー家が40億ドルの支援を申し出た。
しかし、110億ドルの資産を持っているサックラー家にとって、40億ドル程度の費用を払っても痛くも痒くもない。なぜなら、彼らの資産110億ドルは、完全に守られているから。
実は、サックラー家は、2008年から2017年の間に、100億ドル以上の金を、パデュー・ファーマから持ち出した(=同社の控訴から金を守るため)。
この破産手続きで、サックラー家は、破産裁判所から Non-consensus third-party release を獲得した(普通の破産裁判では許されない)。
この獲得のため、破産申請前に、パデュー・ファーマの登録住所を New York のWhite Plainsに移し、破産裁判所に本当のビジネスを悟られないようにした。
Non-consensus third-partiy releaseにより、サックラー家と彼らの110億ドルは、パデュー・ファーマに対する全ての控訴(過去と未来)から守られている。:
"The Released Parties are conclusively, absolutely, unconditionally, irrevocably, fully, finally, forever and permanently released from any and all claims of any kind from the beginning of time."
「株主の被免責当事者は、決定的、絶対的、無条件、取消不能、完全、最終的、永遠、かつ永久に、有史以来のあらゆる種類の請求から免責されるものとする。」免除の対象には、サックラー家が保有する200の会社と200の資金が列挙されている。
上記特集の「サックラー家はにとって、40億ドルの負担は、痛くも痒くもない」のニュース源は、ニューヨークタイムスの記事でした。
5.Sackler家の世論対策
John Oliverが「Self-serving NonsenseなLegal Propaganda」と評する、サックラー家の世論対策サイトは以下です。
Last Week Tonight with John Oliverは、この「Legal Propaganda」に対抗するため、彼らのニュース源を書きのサイトから提供しています。
6.リチャード・サックラーの宣誓証言
8時間もの間、失言も激昂も無く、無表情で淡々と返事をするのを見ると、彼の精神力は筋金入りだと思う。"Last Week Tonight by John Oliver"は、「I don't knowを百回以上繰り返している」と評している。
延々と続くつまらない証言記録を、もっと面白く聞きたい人には、Sacker Galleryがお勧めです。リチャード・サックラーの証言記録を元に、著名は俳優が演じてくれます。こういう、社会批判を、おチョックたコンテンツで作るのが上手な "Last Week Tonight with John Oliver"。
7.アメリカ最高裁判所による 倒産手続きの保留
Last Week Tonight with John Oliverのオピオイド特集(第三回)が言及したパデュー・ファーマの破産和解案が、バイデン政権の異議申立により、最高裁判所が契約手続きを保留しました。
この件は、根が深く、簡単に解決しない状況に見えます。
最高裁判事は、パデュー社とその関連会社に関する破産手続きを一時停止し、和解を支持した下級裁判所の判決に対する行政側の上訴について、12月に口頭弁論を開くと述べた。最高裁の新学期は10月に始まる。
和解案では、パデュー社のオーナーは、コネティカット州スタンフォードに本社を置く同社が強力な鎮痛剤オキシコンチンの誤解を招くようなマーケティングを行ったとして、州、病院、中毒になった人々などから起こされた数千件の訴訟を解決するため、最大60億ドルを支払う代わりに免責を受けることになる。
パデュー社は声明の中で、最高裁に異議を申し立てた司法省の破産監視機関であるU.S.トラスティーが、「被害者補償、全米の地域社会に対するオピオイド危機軽減、過剰摂取救済薬に使われるべき数十億ドルの価値を、たった一人で遅延させたことに失望している 」と述べた。
「私たちは、ほぼすべての人々に支持されている私たちの更生計画の合法性に自信を持っており、最高裁判所が同意してくれることを楽観視しています」と同社は付け加えた。
司法省はコメントを控えた。
問題となっているのは、米国の破産法がパデュー社の再建に、個人破産を申請していないサックラー一族の法的保護を含めることを認めるかどうかである。
パデュー社は2019年に連邦破産法第11章を申請し、オキシコンチンがオピオイド蔓延の発端となり、20年間で50万人以上の米国人過剰摂取による死亡者を出したと主張する数千件の訴訟に起因する債務のほぼ全額を処理した。
パデュー社は、2021年に米国の破産判事によって承認される破産和解によって、州政府や地方自治体、依存症の被害者個人、病院、その他同社を訴えた人々を含む債権者に100億ドルの価値がもたらされると見積もっている。
バイデン政権と8つの州は和解案に異議を唱えたが、サックラー夫妻が和解基金への拠出を増やすことに同意したため、すべての州が反対を取り下げた。
5月、第2巡回控訴裁は和解案を支持し、連邦破産法は特別な状況において、サックラー夫妻のような破産者でない当事者に対する法的保護を認めていると結論づけた。
第2巡回控訴裁は、パデュー社に対する法的請求はその所有者に対する請求と表裏一体であり、サックラー夫妻を標的にした訴訟の継続を認めることは、破産和解に向けたパデューの努力を損なうことになると判断した。
サックラー家のメンバーは不正行為を否定しているが、オキシコンチンが「予期せずオピオイド危機の一部となった」ことに遺憾の意を表明している。彼らは5月に、「破産和解は "困っている人々と地域社会に実質的な資源を提供する」と述べた。
パデュー社の和解は、サックラー家のような人々ではなく、「財政難」に陥った債務者のための破産保護の濫用であると、行政側は裁判所に提出した書類の中で最高裁に述べた。政権によると、サックラー一族はオピオイド和解金60億ドルの拠出に同意する前に、パデュー社から110億ドルを引き出している。
他の多くの利害関係者は、和解の中止を求める政権の要求に反対している。
パデュー社のオピオイド製品に暴露されたことに起因する人身傷害の訴えを起こした6万人以上の人々で構成される団体は、サックラー一族のメンバーに対する法的免責を含む和解案を支持すると最高裁に伝えた。
オピオイド危機の発生と拡大におけるサックラー家の役割についてどう感じるかは別として、何十億ドルもの被害軽減と被害者補償の資金が、既存の計画の確認と完了にかかっているという事実に変わりはない
「進むも地獄、退くも地獄」の様相です。サックラー家の潜在的な敵であるはずのオピオイド被害者を、救済の名のもとに取り込むことで、自分たちの財産を守るスキームを作った人たちの頭が良さに驚きます。
8.サックラー家とトランプ政権の関係
Netflixの「ペインキラー」によれば、パデュー・ファーマ/サックラー家を有罪にするための重要なウエスト・バージニア州控訴(2004年)を和解させたのは、同社の弁護士だったジュリアーニ氏だそうだ。この和解により、パデュー・ファーマ社幹部は法的罰から逃れた。そして、今も、誰も裁かれていない。働きかけ(つまり圧力)の流れは以下と言われた:パデュー・ファーマ/サックラー家 → ジュリアーニ氏(2002年から同社弁護士) → ホワイトハウス(トランプ政権) → 法務省 → ジョン・ブラウンリー検事。下記は、Netflix のドラマが架空ではない、という記事です。
9.Last Week Tonight with John Oliverによるマッキンゼー特集
9.1.オキシコンチンの販売促進に関わったマッキンゼー
オピオイド問題を調べると、マッキンゼーが関わっている、という記述をよく観ます。例えば、以下の記事です。しかし、二次的な記事だと、情報ソースがよくわかりません。
またしても、マッキンゼーの不適切な活動を具体的に解説してくれたのは、Last Week Tonight with John Oliverでした:
65カ国以上の民間企業と政府機関に対するコンサルティングで$15Bの収入をあげている巨大コンサル会社である。
パデュー社は、マッキンゼーに83.7Mドルを払った。主に、
「オキシコンチンの売上をターボチャージ加速」を提案し、
パデュー社のセールス・プロセスに深く関わった。
同時に、マッケンジーは、薬の規制当局である FDA (U.S. Food and Drug Administration) でも働いていた。
最低でも4名のコンサルタントが、両方(パデュー社とFDA)のために働いていた。
彼らの目的は、パデューのオピオイド製品の安全性をFDAに説得することだった。
その一例は、小児用オキシコニンの安全性に関するFDAとの会議でパデューが使用する原稿を書くことだった。
この特集の情報源の一つである「アメリカ下院によるMcKinsey調査報告書」は、10章を参照。
9.2.マッキンゼーとサウジアラビア政府(余談)
Last Week Tonight with John Oliverのマッキンゼー特集の後半では、サウジアラビア政府との不適切な関係にも言及しました:
サウジアラビア政府に批判的なジャーナリスト Jamal Kashoggi は、2018年10月2日にトルコのサウジアラビア領事館内で暗殺された(2018/10/2)。
暗殺事件後の同じ月に、マッキンゼーは、同国との関係を中止しないばかりか、サウジアラビア政府に対してネガティブな影響を与えている3名のジャーナリストを、同政府に報告した(2018/10/22)。
この結果、3名のジャーナリストは、サウジアラビア政府の標的となった。
下記が、サウジアラビア政府に提示された資料だと指摘した。
当然ことながら、マッキンゼーは、サウジアラビア政府の行動との因果関係を否定している。
下記情報源によれば、サウジアラビア政府の標的となった3名のその後は、以下の様です。
Khalid AlAlkami
投獄された。
Omar Abdulaziz
彼はKashoggiの友人だったので、暗殺を恐れてカナダへ亡命した。
サウジアラビア政府は、彼の代わりに、彼の親族と友人を「代理拷問」した。
彼の弟は歯を抜かれ、多くの親族と友人が投獄された。
Ahmad
インターネットから姿を消した。
10.アメリカ下院によるMcKinsey調査報告書
9章「McKinsey: Last Week Tonight with John Oliver (HBO)」で引用されたアメリカ下院による調査報告書のExecutive Summary(の超省略版):
本中間報告書は、マッキンゼー・アンド・カンパニー(以下、マッキンゼー)のオピオイドおよび製薬企業に対するコンサルティング・サービスと、マッキンゼーの利益相反に関する委員会の調査から得られた暫定的な結果をまとめたものである。同委員会は、マッキンゼーが、オピオイド市場を規制する連邦政府機関へのコンサルティングも行いながら、50万人以上の米国人を死亡させた蔓延の一因となった処方薬オピオイドの販売促進において、濫用的で欺瞞的なビジネス慣行に関与していたとの報告を受け、この調査を開始した。
委員会の調査により、マッキンゼーは、オピオイド製造業者への助言と同時に、連邦政府向けの仕事も行っていたことから、数年にわたる重大な利益相反が発覚した。文書によると、オピオイドメーカーの1社であるパデュー・ファーマ(パデュー)は、マッキンゼーのもう1人のクライアントである米国食品医薬品局(FDA)の規制決定に影響を与える方法について助言を提供するよう、マッキンゼーに明確に命じていた。委員会の調査では、マッキンゼーが政府とのつながりを利用して民間企業のビジネスを勧誘しようとしていた証拠が明らかになっている。また同委員会は、マッキンゼーがトランプ政権のアレックス・アザー保健福祉省(HHS)長官を含む政府高官に影響を及ぼし、民間企業のオピオイドクライアントの利益を増進させようとしたことを示唆する証拠も入手している。
調査により以下が判明した:
シニアパートナーを含む少なくとも22人のマッキンゼーのコンサルタントは、FDAとオピオイドメーカーの両方の関連テーマで、同時期も含めて働いていた。
マッキンゼーは、連邦政府との契約、人脈、影響力を利用して、民間企業のビジネスを勧誘していた。
マッキンゼーはトランプ政権にオピオイドに関する助言を提出し、その中にはHHS長官やFDA長官に渡る情報も含まれていた。
マッキンゼーは、FDAに対し、深刻かつ長期にわたる利益相反を開示せず、契約要件および連邦法に違反する可能性があった
マッキンゼーのコンサルタントは、パデュー社での仕事に関連する文書の削除について話し合っていた。
マッキンゼーが連邦政府や民間企業のクライアントのために行った仕事から生じた利益相反の証拠があり、そうした利益相反が米国の致命的なオピオイド蔓延の一因となっている可能性があるにもかかわらず、マッキンゼーは委員会の調査に全面的に協力することを拒否してきた。特にマッキンゼーは、特定のクライアントとそのクライアントのためにマッキンゼーが行った仕事に関する基本的な情報を提供しなかった。
11.フェンタニルの勃興
やっとここまで調べたら、現在、アメリカでは、オキシコンチンに代わり、別のオピオイド麻薬であるフェンタニル(Fentanyl)の乱用が急増しています。下図は、オピオイド乱用の主流がオキシコンチンからフェンタニルへ移行したことを示しています(緑がオキシコンチンだと思われます)。
12.まとめ
オキシコンチンの問題の要点は以下と考えられます:
一部の強者が、貧しい人たち・労働者層・中間層を犠牲にすることで、巨大な利益を追求した。
この薬害で、50万人以上のアメリカ国民が殺された。
これだけの被害者を作った「疑い」のあるSackler家は、法的な罰から守られている。
いまだに、アメリカ政府は、この問題の解決できていない。
労働者層が支持したトランプ政権が、彼らを「踏み台」にしたサックラー家を助けたのは、本当に皮肉です。しかし、フェンタニルの被害が急増していることで、オキシコンチンの責任問題は、忘れられてしまうのではないか?
アメリカには、麻薬に対する潜在的かつ大きな需要が存在すると思われます。だから、オキシコンチンを叩くと、フェンタニルがそれに取って代わっているのだと思います。まるで「モグラ叩き」状態です。アメリカには、麻薬に頼らざるを得ない、心に「非常に深刻な傷」をもった人たちが多くいるのではないか? 松本俊彦氏の言葉を思い出します。