光男の枠下人生〜第8章〜アルプスのならず者 インジャン光男〜
年末に行ったパチンコ屋で負けてしまい、年始のほとんどの時間をTikTokなどのショート動画閲覧で過ごした光男の全身は凝り固まり悲鳴を上げていた。凝りを解すストレッチ動画を観て「なるほど、、」と呟くものの、シモの方の凝りを解し、そのままひっくり返って眠りにつくしかしなかった。
そんな恥部を面白おかしく人に話したところで誰からも軽蔑される事はだいぶ過去に分かっていることなのでもう誰にも話さない、ただただ不快にさせるだけだ。余談だがそこに少しウルッと来るエピソードを織り込む事で学会芸は成り立っていた(過去形)
人様にご迷惑をお掛けしない為には人となるだけ関わりを持ってはいけないと思った。
なので光男の脳内は常に夢の中に生きている。
札束が床から机の高さまで積み上がった部屋で醜く笑みを浮かべ、相応しくない高級RV車をキャッシュ買いしにディーラーに駆け込む。「お、お客様?」怪訝そうな表情で平素にしつつも警戒心だけは終始解く事は無い受付嬢を軽く舐め回す様に「コレ、買いたいんだわ、エヘヘ、、」と、893の組長役の笹野高史の様な笑顔の、瞳の奥底に狂気を秘めた感じを出してみたい。
高級腕時計も、オーダーメイドのスーツも独りバカンスも以下同文だ。キャンプグッズ、サバイバルグッズも完璧に揃え、いざとなったら他人のことなどお構いなしに避難するのだ。人里離れた、しかも初見では絶対に辿り着けない山奥の秘密基地に逃げ込むのだ。そこには涼やかな渓流が流れており、竿を垂らすとヤマメやイワナが釣れる。秘密基地迄には様々な「フェイク標識」や「フェイク番線」等がカモフラージュされており、光男以外の人間には道すら見つけられない。そしてその秘密基地のコテージも周囲は藪に包まれ、途中の崖には四方に番線が敷かれており容易に入って行く事は出来ない。秘密基地は地下室や、地下室から渓流に抜ける脱出ルートやボートも完備されている。ちょっとした武器も取り揃えてある。数年分の備蓄食料、燃料も揃っている。
とはいえ、大型の熊や、偶然辿り着いた人や、山火事など、不測の事態に見舞われたら仕方ない、それ相応の対処をするだろう。なので年に数回光男は秘密基地の様子を観に行くのと、単に釣りに没頭したり、サバイバル術を磨きに行くのであった。
都会で大災害や大厄災が起こった時にいち早くココに避難して自分だけは助かる。
火を焚べながら、ウイスキーの「山崎」を嗜みながら、、、。災害時、一番怖いのは他でも無い「人間」だ。ただ唯一「じゃまーる」で文通しているとある女性だけはなんとしても助け出したいと思っていた。
いや、待てよ?そんなめんどくさい事する位なら彼女とスイスにでも逃げてしまえばいいんじゃね?金の力で!光男にしては冴えた気付きであった。
数時間後の真夜中に今月の給料が振り込まれる51歳の光男の所持金は170円であった。年末年始にパチンコ屋で負けるという恒例儀式をなんとか無事全うした光男はほっとしていた。スイス?え、ナニソレ?
「とりあえずあと数時間でお給料が振り込まれるから前祝いでブライダルエステで寝取られるシリーズを観ようかな、エヘヘ、、」と独りニヤける光男の頭の中には既にスイスもアルプス山脈もハイジも居ない。
「でも、、あれ?インジャンジョーとかいうやべぇやつも出て来なかったっけ?」
世界名作劇場をこよなく愛した少年の現在の姿である、、、おまえは是非とも夢を叶えてその、山奥の秘密基地とやらでひっそりとインジャン光男として暮らすが良い、、。