『静かな朝と小さな儀式』 #エッセイ
朝、やかんが唸りはじめる。
ゴトゴトと、いい湯を待つ音。
その間に、豆を計る。
きっちり1人分。
小さなスプーンで、
すり切り一杯ずつ。
この正確さが気持ちいい。
次に、手回しのミルを取り出す。
ゴリゴリ、ゴリゴリ。
まだ眠っていた手首が
目覚める音がする。
挽きたての豆が、
小さな山になって出てくると、
もうこの段階で鼻が喜ぶ。
フィルターをセットして
豆を入れる。
指先で真ん中を少し凹ませる。
この「凹」を作る理由は、映画『かもめ食堂』の中で、コーヒーを美味しくする、おまじないの動作として描かれていた。しかし専門家によると、特に「凹」をやってもやらなくても、美味しさは変わらないらしい。
でも、なんとなくそれをするのが好きだし、きっとそれが正解だと信じている。
お湯がちょうどいい温度になったら、細い流れで注ぎはじめる。
湯気が、ふわっと顔を包む。
豆が少しずつ膨らんで、ぷくぷくと泡を出す。
その様子がかわいくて、じっと見つめてしまう。
やがて、ぽたぽたと一滴ずつ落ちてくるコー
香りが部屋に広がる。
ああ、この瞬間が得たいから、私は早起きをしているんだなぁと思う。
1杯のコーヒーは、たった数分の儀式だけど、その数分が、今日という日のスタートをきれいに整えてくれる気がする。
珈琲を淹れる人には、たぶんそれぞれの「こだわり」がある。
でも、誰かに説明するためのこだわりじゃない。
自分だけが知っていて、満足できればそれでいい。そういうのが、いいんだと思う。
さあ、飲もう。
コーヒーの香りをひとくち味わうと、目が覚めるような安心感が広がった。
一杯の朝が、始まる。