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【エッセイ】父、7億円を買う
娘を旦那にまかせて半日ウインドーショッピングをした。街を歩くとハッピーハロウィンがもうメリークリスマスらしいことに気付いた。この間まで仮装グッズで溢れていたショップのディスプレイがすっかりクリスマス一色だ。街はマライアキャリーの歌声に包まれ、もみの木は色とりどりのオーナメントでキラキラと輝いている。
山下達郎の『クリスマス・イブ』のテンポで歩いていると「年末ジャンボ」という文字が飛び込んできた。年末ジャンボとは一等賞金が七億円の宝くじのことだ。一等賞金が三千万円で当たりの本数が多い年末ジャンボミニもある。大晦日には当選発表が行われ毎年異様な盛り上がりを見せる。私は年末ジャンボを見ると父のある言葉を思い出す。
私がまだ学生の頃、父と一緒にたまたま見つけた宝くじ売り場で、なんとなく年末ジャンボを買ってみようという話になった。
「宝くじを買うことをよく『夢を買う』と言うけれど、夢だなんて言うと最初から当たらないみたいじゃない。俺は当たると信じてる。れもん、俺はこれから七億を買うぞ。」
私は父の言うことがあまりにポジティブだったので驚いた。なぜなら、私は宝くじ売り場に並びながらも「きっと当たらない」とどこかで思っていたからだ。
そう思うと私は何でもマイナスに捉えがちだ。宝くじだって低い可能性だとしても「誰かには当たる」のだから最初から当たらないと思い込まなくてもいいのに。きっとコップに水が半分あったとしたら私はもうこれだけしかないと泣いて悲しみ、父はまだこんなにあると喜び歌いだすだろう。物事をどう捉えるかによって見える世界は変わる。宝くじ一つ取ってもこんなにも考え方が違うのだから。
宝くじは結局当たらなかった。父のことは楽観的すぎると思うこともあるが、あの根拠のない「大丈夫、なんとかなるさ」に背中を押されたことも確かにある。
来年は私と父を足して二で割ったくらいのポジティブさを目指したい。
東井れもん