男女平等
わたしは昔からジェンダーバイアスが嫌いだった。
男だからデートでお金を出すとか、
男だから道路側を歩くとか、
女だから一歩後ろを歩くとか、
女だから礼儀正しくとか。
稼いでる方がお金を出せばいいし、
わたしは背がでかいから車からよく見えるから車道側でも問題ないし、
一歩後ろを歩いてたら靴踏んじゃうし、
世の中みんな礼儀正しい方がいいと思ってたし。
だから、関わる人にはなるべく女としてみられないように気を付けていた。
女でもみんなに混じって汚れ仕事もしたかったし、わたしだけしないのはフェアじゃないと思っていた。
これは体育会系の血もあるとおもうし、
女性だけの集団に属すると、体格の良いわたしは男性的な役割(荷物を持つとか、小さい女の子を愛でる(これはただ単に友達がみな小さいだけだが)とか?)をすることが多かったためかなと予想する。
これは、今思い返せば、
わたしは得をしてきた人生だったから、
自分自身で帳尻を合わせるために女としての得を捨てていた行為だと思う。
わたしはどちらかというとかわいいほうで、愛想も良かったためか、よく男の人には優しくしてもらえていた。
男性社会にいる1%のマイノリティだし、いい意味でよく特別視されていた。
社会も、女性の社会活躍を望んでいたため、女であるわたしはちょうどえこひいきされていた。
それに負い目を感じていたから、わたしはその分キツイことも自分に科さなければと思っていた。
だからこそ、多少のセクハラは流してきていたし、どんな男性(ほんとは男性に限らず全員、であるが)にも優しく接してきていた。
わたしは得をしている自覚があるから、帳尻を合わせるためにみんなに優しくする。
しかしわたしはたまたまよくされてきただけであり、虐げられた/られてきた女性は男性に帳尻を合わせてもらおうとするのではないか。
性被害に遭ったあとのわたしはそうなった。
女だから傷つけられた。
男はみんな悪い。
多少の不利益は当然のことだ。
ひとつの出来事でこんなに見方が変わるのかと思った。
わたしは、男性に加護されるのが嫌いだった。
だか事件を受け、男性には敵わないことがわかった。
そうなると女は男に守ってもらうしかない。
わたしはこれまでなんて平和な世界で生きてきたのだろう。
男性/女性蔑視をする人の気持ちがわからない、
みんなそんなにカリカリしないでいいじゃん!
、なんて思ってたのに、わたしはただの平和ボケアホ女だった。
今は、男性/女性はこうあるべき、か否か、わからない。
これを読んでくださる方がいれば、考えを教えていただけるとありがたい。