☆あるほの暗いバーにて☆
いつものバーでジンソニックを頼む。
そのバーは職場と自宅の中間に位置する、雑居ビル2階にある薄暗いバーだった。私が仕事で煮詰まると立ち寄るバーである。
今日は随分前にドリンクを頼んだのに、なかなか来ない。お客は私1人なのに。
いつもの事だがこのバーテンは仕事がゆっくりだ、軽くため息つき、頼んだドリンクが来るのをぼんやりと待つ。
しかしこんな狭いバーでどうして二人もバーテンダーがいるのだろう。
どちらのバーテンも20代後半か30代初め位。
バーテンAは清潔感漂う細身で神経質そう、バーデンBは中肉中背、、、いや少し太り気味かな、短髪の額に少々陰気な雰囲気が漂う。
Aはお客対応やドリンク用意したりするが、もう1人のBは陰気臭く立っているだけで働いているように見えない。1人で飲みに来る私に時々薄く笑って話しかけて来るのでお客対応のみなのか。
しかし、今日は嫌な事だらけだった、経理のYとか、営業のDとか、本当に自分達の事ばかり。私の事を何だと思っているのだろう。そうそうあの時だって、、、え?あれ?あの時?あの時とは何だったけ?思い出そうとすると頭の奥がずきりと痛む。近頃頭痛も多い。
なんか近毎疲れている。休暇とろうかな。休みも随分取っていない。
休暇取れたら何処に行こうかな、、、と考えていたらドアが開く。新しく男性二人入って来た。
何を思ったのか、こんな空いているのに、私の直ぐ隣に座ろうとする。
え?何それ、やめてよ、と心の中で思うと、バーテンAがササっと来て、私の隣に予約席と書かれたサインを置く。
こんなサインこのお店にあったのだと驚いてしげしげとみる。
「申し訳ありません、こちら2席予約席なので、宜しければこちらどうぞ」
と反対側にお客二人を通す。流石A、うまい対応。
お客1人は私を一瞥するとちょっと顔を顰め勧められた席に動く。
なによ、嫌な感じ。
もう男にナンパされる年齢でも無い、旬を過ぎた女が居座っていて気分を害したのか。同じような嫌な経験をしたことが思い出されて来た。
そうそう、あの時も、、、。不快な誰かの顔を思い出しそうになる。
でもそんな事どうでも良い、もう過去のことだ、休暇のことを考えよう。
ふとAを見ると二人にドリンクを出している。私のジンソニックはどうなったのだろう?
「すみません」と声を上げる私。
向こうのお客が私をちらっと見る、すかさずやって来たのはバーテンB。
「どうしました?」なんだかBの陰鬱な額を見るとムカムカして来た。
「私のジンソニックはまだですか?」
Bは薄く笑ってAの方に行く、私のドリンクを催促をしているらしい。
Aは私の方を見るとグラスを持ちシャカシャカとドリンクを作って持ってきた。その様子を見ていた先ほどのお客が私の方を指さし何か言っている。Aも笑いながら答える。
何なんだろう、感じ悪い。しかもAは笑うんだ、、、何度かこのバーに寄ったがAが笑ったのを初めて見た気がする。
私はAから歓迎されていないのかな、再び憂鬱な気分になった。そうそう、経理のYや営業のDもそうだった、私を見る目つきがいつもお荷物を見る目つきだった。
私が一体何をしたというのだろう。
私は誰からも歓迎されない、どうして私は1人ぼっちになってしまったのだろう。
「どうかされましたか?」Bが薄く笑って話かけて来た。
「いえ、なんでもないです」と私。
出されたジンソニックを飲もうとグラスに手を伸ばすがふと引っ込める。
「お飲みにならないのですか?別なものにしましょうか?」とB。
Bの顔を見て何かを思い出した、でもその思いは砂が崩れるように消えて行った。あれ、私は何を思い出したのだろう、何か、何だったのか。。。
「帰ります、お会計お願いします。」
と手元のバックを見ると無い、あれ?さっきまで膝に置いていたのに、何処に行ってしまったのだろう?椅子から降りて下を見るが無い、隣の椅子にも私のバックが無い、無い、無い、無い。
「どうしたのですか?」とB、まだ薄く笑っている。
「そ、それがバックが無くて」キョロキョロしながら答える私。
「え?お客様初めからバックなどお持ちではいらっしゃいませんでしたよ。」とB。
「そんなはずないです、あの中にはお財布も携帯も部屋の鍵も入れてましたから」困惑して答える。
「え?そうなのですか、もしかして途中どこかで置いてしまったとか?」とB。
何処に置いたって、何処に?ここに来るまで途中駅で降りて、、、それから歩いて。考えているうちにBがAに何か話している。
「お客様、今日は大丈夫ですよ、次回お支払い頂ければ」とB。
「あ、有難うございます」と途方に暮れる私。どうしよう、どうやって帰ろう、そもそもバックをどこに置き忘れたのだろう。
今日は職場からまっすぐここに来て、、、考えながら店を出る。一階まで降りて交差点まで歩く。
ああ、何だか頭が痛い、どうしたのだろう、私。
考えながら歩いていると交差点に置かれている花が目についた。何か事故でもあったのかしら。気を付けて渡ろう。そう気を付けて渡らなければ、でも、ここから歩いて帰れるだろうか、どうしてバック無くしてしまったのだろう。
「ねえ、マスター、どうしてあそこにドリンク置くの?」
男性客二人のうち1人が聞いて来た。
マスターはちらっと客が言う方向を見た。
「こういう商売をしていると縁起担ぐようになりましてね」とマスターは笑った。
「ふう~ん、そうなんだ、さっきなんかあの席誰もいないのに気になったのだよね。座敷童でもいたのかな。」男性客の一人は席を指さして言った。
「良い事が起きるかもしれませんね」マスターはグラスを洗いながら答えた。
「今日で四十九日だね」
バーテンはマスターの耳元でそう低く呟くと陰気そうに笑った。
マスターは少しだけ顔を歪め、客が指さした方向に置いたグラスと予約済の札を片付けた。
「しかしマスターも1人でお店を切り盛りして大変だね」もう一人の男性客は明るく「次はジンソニックを飲もうかな」と言って笑った。
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