#裏垢女子と繋がりたい
始まりは偶然だった。
Twitter上の「裏垢女子」という存在を知ったのは、つい先月のこと。自宅でいつものように何気なくエロサイトを眺めていたら(何だか書き方に語弊があるが、実際毎日のように見ているんだから仕方ない)、Twitterでエッチな自撮り写真を上げている女子たちの記事があった。
「うわ、これマジでその辺の素人かよ」
俺は思わず、スマホ画面をがっつり凝視してしまった。そりゃ、日頃お世話になっているAVも大好きだけど、それとは訳が違う。そこら辺の道を歩いている女の子が、裏ではエロ自撮りをネットに晒してるんだよ?そのギャップに興奮するって訳。
そのサイトに書かれていたのが「#裏垢女子」というハッシュタグ。俺は早速Twitterを開いて、思いがけない掘り出し物にわくわくしながら「#裏垢女子」で検索してみた。
すぐにヒットする大量の「裏垢女子」のツイート。これでもか、とばかりに、自分の体を売りつけている。たまに顔まで晒している人もいるけど、大体は顔にぼかしを入れたり、顔だけ見切れるようにして隠している。
隠すところがおかしくないか?普通は裸の方を隠すだろうに。
頭の中で妙に冷静なツッコミを入れながら、目ではしっかり裸の画像の方を追っている。欲望には勝てないな、と自分に言い訳をする。
そんなことを何日か続けていた。
ここ最近「裏垢女子」の観察をやっていて、「お気に入りの裏垢女子」がいくつか見つかった。「ゆゆゆゆ」はその一人だ。彼女は「裏垢女子」の中では露出控え目な方だったけど(といっても下着姿くらいは普通にアップしている。他の人たちが過激なだけだ)、たまに上げる髪型とか服装とかが俺のタイプだったし、音楽の趣味のセンスがいい。俺が最近好きなバンドのことをよく呟いていて、この間はライブにも行ってきたようだ。「夜のおかず」としか思っていなかった「裏垢女子」だけど、この子の場合は案外、日常的なつぶやきを眺めていても楽しい。
そんな「ゆゆゆゆ」の観察を続けて早2週間。俺はとんでもない発見をしてしまった。
きっかけは彼女の何気ないツイートだった。
ゆゆゆゆ @yuyuyuyu_nemui
試験勉強めんどいー
早く春休みになれー
そのツイートには画像が付いていた。カフェらしき場所で、奥にコーヒーの入ったカップ、手前に授業のレジュメらしきものが乱雑に置いてある。
分かる分かる、俺も3日後から期末試験で今勉強中だ。レジュメ見返してヒイヒイ言ってるよ。同情しながら画面をスクロールしようとして、あれ、と思った。
画面の中の光景に、既視感があった。
まず、カフェの内装だ。画面の奥にちらっと写る壁や椅子の様子で、何となく分かった。この店は、大学の最寄り駅にある、俺もたまに行くカフェだ。
そして、もっと重要なのは、レジュメの中身だ。文字は少し読み取りにくかったが、図表が写っていたのが決め手になった。
俺はこのレジュメを見たことがある。というか、数分前まで見ていた。
俺は確信した。嘘みたいな話だが、ありえない話ではない。
彼女——「ゆゆゆゆ」は、俺と同じ大学で、同じ授業を受けている!
気になる女の子が、実は自分のすぐ近くにいて、しかも自分はその子のエッチな写真を隠れて見ている。
文章にしてみると、完全にド変態だ。自分が今置かれている状況がいかに異常か、改めて思い知る。
期末試験の日、俺はそわそわしながら教室に入った。いつもの授業と違い、試験の日は出席番号順に席が割り振られている。階段状になった大教室で、後ろの方に俺の番号があった。しめた、と思った。後ろの席の方が、教室を見渡すのには便利だからだ。100人近い受講者がいる授業だから、教室全体をよく見ないと彼女は見つからない。
試験のことよりも、「ゆゆゆゆ」を探すことで、頭がいっぱいだった。
日頃のツイートの観察で、彼女の外見はある程度分かっている。茶色がかったショートボブ、色白の肌。眼鏡はかけていない。服装はモノトーンが多めで、お気に入りの白いパーカーをよく着ている。
試験5分前。さっきから教室をくまなく探しているが、なかなか彼女らしき人物は見つからない。
さすがに諦めようかと思っていたその時、教室後方のドアが開いた。時間ぎりぎりで入ってきた彼女は、慌てて受験番号を確認した後、足早に移動して、教室の真ん中あたりの席に座った。
俺はその子の後ろ姿を遠目で見る。茶色がかったショートボブ、上着の下は白っぽいパーカーだ。
間違いない、とまでは言い切れないが、恐らくあれが「ゆゆゆゆ」だ。俺は心の中でガッツポーズした。同時に、正面から顔をしっかり見ておくべきだった、と後悔した。
雑念まみれで受けたその試験の点数は、悲惨なものだった。あと3点低ければ単位を落としていた。だが、そんなことよりも、「ゆゆゆゆ」を初めて生で見た喜びと、「もっと早く気付いていれば」という後悔の方が大きかった。
自室から窓の外に目をやる。近所の公園が目に入る。桜のつぼみが少し大きくなっていた。もう春が来ようとしているのだ。
春休みに入って、俺は「ゆゆゆゆ」と会うチャンスを失くしてしまった。次のチャンスは4月、また同じ授業を取れればいいのだが、かなりの人数がいるうちの大学で、何度も授業がかぶる人というのはそんなにいない。
授業がダメならば、と、彼女が入っているサークルを探そうとしたが、すぐに断念した。彼女はそもそもサークルに入っていないらしいのだ。
俺は春休みを悶々とした気持ちで過ごしていた。いっそのこと、大学近くの、彼女が試験勉強をしていたカフェに毎日入り浸ってやろうかとも考えたが、さすがにストーカーじみていて我ながら気持ち悪くなり、やめた。
寂しいとか、そういうのとは違う。ただ、何だかもやもやする。
やることもないので、とりあえずTwitterを開く。いつものように「ゆゆゆゆ」のアカウントを覗く。彼女は大体いつもネガティブで、しょっちゅう「死にたい」とか「自分が嫌い」とか呟いている。そのくせ、髪を切った日や服を買った日は、すぐ自撮り写真をアップする。「貧乳がコンプレックス」なんて言いながら、半裸の写真をわざわざ見せたりする。
彼女はきっと、誰かに自分を認めてほしいんだろう。
自分が認められていると思っている人は、わざわざそんな回りくどいことをしない。きっと彼女は自分で自分を愛せなくて、誰かの承認がないと不安で仕方ないんだろう。
俺には分かる。俺なら君を救える。
漫画の主人公みたいな台詞を考えて、さすがにクサすぎるな、と恥ずかしくなった。このところ、どうも自分がストーカーっぽくなっている気がして、ちょっと嫌だ。
気分転換のために、外に出ようと思った。お気に入りのバンドの新作が、つい最近出たばかりなのを思い出した。適当な服を着て、家を出た。
駅前のTSUTAYAに入る。新作CDのコーナーで、目当てのアルバムを見つけた。そういえば、「ゆゆゆゆ」もこのアルバムの発売を楽しみにしていた。彼女はもう聴いたんだろうか。
彼女と好きなバンドの話で盛り上がれたら、すごく楽しいだろうなあ。
レジに並ぶ間、そんな妄想をしてしまった。最近こういう妄想が増えてきた気がする。最後に彼女ができたのは高1の夏、別れたのは高2の冬。それ以来恋に飢えてるのは確かだけど、こういう妄想癖は恋に恋してるみたいで、19歳男子大学生がやるのは正直かなり痛いな、と思う。でもついついやってしまう。持病みたいなものだ。
「お次にお並びの方、こちらへどうぞー」
店員さんの声で我に返る。この店員さんはちょっと無愛想というか、トーンが暗い。カウンターでアルバムを渡して、会員証代わりのポイントカードを出した時も、伏し目でどことなく気怠そうな感じだった。まあ、賃金の安いレジ係のバイトなんてどこもそんなもんだろうし、別にいいんだけど。
お釣りを渡す時、ふと店員さんと目が合った。
俺ははっとした。本当に「はっ」という声が漏れそうになった。
気怠げな店員さんの姿に見覚えがあった。ちょっと病的なまでに白い肌、茶色のショートボブ。昨日「髪切った」ツイートで見たのとまったく同じ髪型。
初めて見た彼女の目は猫のようだった。バイトで疲れているからか、目が少し淀んでいたけれど、愛嬌があってかわいい形をしている。そういえば、家を出る直前に「これからバイト。だるい」という彼女のツイートを見たんだっけ。ふとそんなことを思い出した。
彼女は動揺したのか、目線を反らしている。見知らぬ客の自分が彼女をじっと見つめていたことに気付き、慌てて俺も視線を反らし、会計を済ませた。
急にいたたまれなくなって、足早にTSUTAYAを出た。自分の耳の辺りが熱くなっている。頭の中でいろんな感情がごちゃまぜになって、激しくうねっている。何だか無性に駆け出したい、そんな気持ちだ。
ずっと探していた彼女に、今日、やっと会えた!
もう我慢できない。俺は走り出した。無茶苦茶なフォームで、家までの上り坂を駆け上がる。彼女を誘い出す言葉、彼女に話したいバンドのこと、彼女を抱きしめる瞬間。ありとあらゆる妄想が、頭の中をほとばしる。
やっと見つけた。もう大丈夫だよ、君をそこから引きずり出してやる!
恥ずかしい台詞も今なら言えそうだ。もう正気じゃないのは分かっている。この熱狂にやられてしまった以上、もう止まれない。突っ走るしかないんだ。
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