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群衆 ⑥

男は腹ごしらえを済ませた後、散策を続けた。
街には物悲しさが漂っていた。
男は特に目的があってここに来たわけではなかった。
あるとするなら退屈な日常から離れるためにといったところだ。
男は疲弊していた。人間味が薄まるこの世の中に憤りを憶えていた。
この商店街には人がいない。
男はここに来た際、心地よさを感じていたはずだった。しかし、今では退屈に感じていた。
やはり男の居場所は群衆であった。
群衆だけが男を人間味ある者に仕立ててくれるのだ。
男は群衆を愛していた。

人気のない街を通った。川を見た。橋を渡った。坂を上った。閑古鳥が鳴く書店に入った。しかし何一つ。何一つとして男の心を動かすようなものはなかった。そして男はようやく自覚した。それが目的であったのだと。自分の胸を躍らせるようなものを求めていたのだと。ようやく気付いた。
同時に男は心底失望した。やはり無駄であったかと。

男は家を出る前から分かっていた。何も無いと。
この世にはもう男を楽しませるようなものは無いと。しかし行くことにした。男は人間でありたかったからだ。自由を求め続けた。

だがその期待も裏切られ、男は今度こそこのような旅にはでないことを心に誓った。そして近いうちに自己の完遂を果たそうと決心した。
もう頃合いであろう。
そう考え、男は家に帰ることにした。

駅に向かった。一体何をしに来たのか分からなかったが、男は妙に納得していた。これが人間なのであろうと。
 
真に意味があるのかないのか分からず、何かに人は酔いしれる。金に。権力に。人間関係に。時間に。夢に。遊戯に。旅に。そうでもしなければ生きることなどできたものではない。酔いしれなくてはならないのだ。
なにもしないなぞ耐えられない。なにかをしなくては。
男はそのような人々を冷ややかなまなざしで見つめてきた。自分もその一員であることを忘れて。

男は酔いしれたかった。世の中のことなどわすれてできる何かが欲しかった。しかしそんなものはどこにもなかった。
ありとあらゆることに手を出してきた。酒、賭博、薬。しかし男は染まり切れない。興味を持てなかった。

男は半ば鬱屈とした心持で列車に乗り込んだ。



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