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PONDO、PONDO、PONDO、PONDOし・あ・わ・せあしすとちるどれん♪ #5

僕は迷宮の奥深く深くまで入り込んでいく。ここにはよく遊びに来ていてどこを通ったら行き止まりになるかわかっているからへっちゃらへっちゃらっていいたいところだけど一回だけ道を間違えちゃった。あそこは曲がっちゃダメだったのに。まあでも大丈夫。いくら現実でもゴールまでは簡単にはたどり着けないだろう。通ったら凍っちゃうトラップとか火あぶりにされちゃうトラップもあるから気をつけなくちゃね。ええと、ここどうやって行くんだっけ?ああそうそうここにすり抜けられる壁があって…うわあすごい。この壁どうなってるんだ?それにしてもよく憶えてるなぁ。ここまできたら後はコの字に曲がって…やったあ!ゴール。
現実の叫び声が聞こえる。
後ろを振り向く。
…え?
何でもういるの?
まさかどこからか一緒についてきてたの?
現実がいる。見たくない見たくない逃げなきゃ。
「ひかる、待って!」
僕はひかるに呼びかけるけどその声は届かない。
ひかるはまた新しい場所に行ってしまう。
右手を火傷してしまった。凍ってしまった顔が痛い。それでも諦めるわけにはいかない。
うわあ来ないで来ないでぇ!僕は地面から天井から壁から手を生やす。現実が来られないように通路を手だらけの手で埋め尽くす。そこからまた暗闇に逃げて僕は誰かに片道切符を渡してジェットコースターに乗った。
しゅぱーつ!はやくはやくー!
チリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ
どこからか巨大な目覚まし時計みたいな音が聞こえてくる。
ひゅううううううう。
ジェットコースターは一気に加速してものすごいスピードで動く。
周りが暗くて何も見えなかったけどしばらくすると出口が見えてきた。ジェットコースターが素早く出口のトンネルを通過する。
暗闇を抜けるとあたりは紫色で包まれた夢のような空間になっていて絵にかいた地球儀とかえんぴつとか消しゴムとかコンパスとかランドセルとかおもちゃとかいろんなものが浮かんでいる。耳が変な感じだったからふん=3ってやって耳から空気を抜いた。
手が僕の行く手を阻む。それでも僕は強い意志で手に入っていく。最初はたくさんの手が押し戻そうとしていたけど、僕が負けじと歩いていると一本ずつ手の力が弱まって最後は通してくれた。それで最後に下の地面から生えていた手が切符を渡してくれた。切符の裏には「まってるよ」とかわいらしい文字で書かれていた。僕は往復切符を駅員の人に渡してジェットコースターに乗った。
白い出口が見える!僕は夢の空間からものすごいスピードで白い空間に入り込む。うわああ眩しい。目をぎゅっとつむって瞼の裏の白がすこしだけ薄まったところで僕は目を開けた。あれなんかこの場所見たことあるなぁ。目の前には野球のグラウンドがあった。カラスさんたちが空を飛んでいる。近くに川が流れててホームランをしたらボールを取りに行けなくなっちゃう。雲がものすごいスピードで動いている。でももしかしたら動いているのは雲じゃなくて地球で自分たちなのかもしれない。本当に動いているのはどっちなんだろうね。僕はそのグラウンドをジェットコースターに乗って上からゆっくりと見ている。不思議だな。ジェットコースターで早く動いてるはずなのにずっとおなじ風景を見てる。う~ん。あっ!そうか僕は今、線の役目をしてるんだ。多分僕が今見てるのは連続しているように見えるだけでほんとは連続してないんだろうけど僕がこの風景を記憶することで今この風景が連続して見えるんだ。ほら、だってだって漫画とかもそうでしょ。同じ人がたくさん描かれているのに動いて見えるでしょ。僕は今それをつなぎ合わせる役目をしてるんだ。あれ!あそこに僕がいる。誰かとキャッチボールしている。あれは誰?誰なの?う~ん。思い出せない。あっ!もうすぐでこの場所も終わるよ。なんだったんだろう。あれ⁉よくみたら後ろの方に現実がいる.....あれ?現実?
ズキン
くだらん。いつまで妄想に囚われてるんだ。あれはお前の――
うるさいなぁ~知ってたよ。知ってたよそのくらい。ずっと知ってたよ。
僕はまた眩しいトンネルに入る。
眩しいぃい~

数日すると白井さんから電話がかかってきた。
退院した日以来、私はいつものように工場に行き指示通りのことをした。工場では誰にも話しかけられず、試しに何か話しかけようとすると距離を取られる気がする。少なくとも私語は絶対に無く世間話をすることもない。従業員同士で話しているのはよく見かけるが彼らが私を仲間に入れることは絶対に無かった。モニターを通して見ていたが、ひかるの過ごし方を見ればこれは当然なのかもしれない。ひかるのような意思の疎通をとることが困難な人たちを多数相手にし尚且つ丁重に扱うとはやはり白井さんやスタッフの人に対し尊敬の念を感じずにはいられない。
「もしもし」
「お久しぶりです。前田さん。あの、ピアノの件なんですけど」
「お忙しい時にありがとうございます」
「いえいえ。ピアノ修理の審査をHACに確認したところ無事通過したらしく、燃えていた個所は多少あったものの奇跡的に、というか不自然なほどピアノの損傷が少なかったみたいであと約1週間ほどで修理が終わるそうです」
「おお、そうでしたか」
「…ただそのピアノがひまわりの再建が終わるまではHAC本社の一階に展示という扱いで置かれるそうです」
「展示?」
「ええ、誰でも弾けるように、いわゆるストリートピアノのような形を取りたいと本社のどなたかが言い出したらしく」
「そうですか…HAC本社はひまわり付近から行くのにどのくらいかかりますか?」
「電車を使えば大体20分あればつきますよ。駅員の人に聞けば教えてくれると思います」
「…なるほど。時間を見つけて行ってみようと思います。ご連絡ありがとうございました」
「いえいえ、自分も時間があれば行こうと思っていましたし。ひまわりにあったものはほとんど焼けてしまいましたから.....では、また何かあればご連絡しますね」
「はい、ありがとうございます。失礼致します」
HAC。しあわせあしすとちるどれん。ひかるの記憶を通してだが、なんだか聞き覚えがあるなと日々を過ごすたびに感じていた。もしかしたらそこにいけばまだ私が知らない、凛の過去を知ることができるかもしれない。

ジェットコースターがものすごい速さで白いトンネルを通過する。
目をぎゅっとつむっていると、がやがやといろんな音が聞こえた。パレードだ!テレビとか冷蔵庫とか電子レンジとか家電がパレードをしてる。すごい、飛行機とか電車も歩いてる。電車は走ることもできるけど歩くこともできたんだ。
踏切の音が聞こえる。あれ?これこのジェットコースターのための踏切だ。扇風機とかお弁当とか建物とかいろんなものがジェットコースターが通るのを待ってる。あ!電車もいる。電車が踏切を待つことなんてあるんだね。頭の中で流れる音楽とこの世界で流れる音楽が一致する。なんだか楽しいなぁ。踏切を通り過ぎる。じゃあね、みんな。待ってくれてありがとう。ジェットコースターが通り過ぎるとカンカンカンカンっていう音が止んでパレードが再開した。なんかいい匂いがする。空が物凄いスピードで動いてるよ。いつの間にか夜になってて花火も上がっている。お祭りだ!みんな楽しそうでいいなぁ。僕は立ち上がって身を乗り出して眺める。家電も誰かも動物もみんなが祭りを楽しんでいる。踊って食べて笑って…ただそれだけでいいはずなのにね…あ、りんご飴を食べてる僕がいる。誰かと一緒に笑っている。また食べたいなぁ…またお祭り行きたかったな…僕も…僕も…もっとあの場所にいたかったなぁ…
がこん!
突然ジェットコースターが加速した。おっとっと。もぉ危ないじゃないか。速くなるならいってよね。僕は座ってしっかりつかまる。また白いトンネルだ。ビューーーん。
うわあ。すごい今度はお化け屋敷だぁ。絵に描いたいろんなお化けがいる。うわあ目の前に急に白いお化けがでてきた。でも何でだろう?そんなに怖くないな。何もないところから現れるのって存外悪い気はしないよね。首の長いおばけが顔を近づけてくる。息の匂いがする。この匂いはなんて言ったらいいんだろう?別に臭くはないけど良い匂いでもない。物事の判断がつきかねる場合ってたくさんあるけどこれはひょっとしてこれはいい例なんじゃないかと僕は思う。それにしてもここには首が長いお化けや腕が長いお化けや一つしか目がないお化けや顔がないお化けなんかがたくさんいるけどみんな本当にお化けなのかな?お化けと言ってもどこかが僕らの体とすこし違うだけで何かが極端に大きかったり長かったり欠損していたりするだけ。そうだよね。言ってしまえばそれだけのことなんだ。それでも僕らはその違いにだけ目を向けてお化けだとみんなのことを勝手に決めつけて差別して距離を取ろうとする。もしかしたら自分も見えない何かかが欠けたり大きかったり長かったりするかもしれないのに。なんでそんなことになってしまうんだろうね。悲しいね。うんうん。僕はベロの長い提灯お化けを手に取る。君はお化けかもしれないけどお化けじゃない。なんか君あったかいね。周りも明かりで照らしてくれるし便利だね。僕は上から提灯の中を覗く。うわあ。火だ。あつつ。見えない温度が僕を攻撃する。それにしてもきれいな火だなぁ。あの時の火とは違って…
ズキン
くだらん。いつまで遊んでいるんだ。火はお前の居場所を燃やしたんだ。
うるさいうるさい。くだらなくないくだらなくない。
ごめんね。提灯お化けくん大丈夫だからね。提灯お化けはずっとベロをだしたまま口をパクパクしている。試しに手を入れてみたけどやさしくパクってされるくらいで別に痛くない。僕は思い付きで提灯の中の火をふうってしてみる。そしたら火がはためいてはためいて僕の吐息に流されて消えてしまった。提灯お化けはパクパクをやめて普通の提灯に戻っちゃった。もしかして火が魂か何かだったのかな。それだったら悪いことしちゃったかもな。
あ。もうすぐ出口だ。僕はジェットコースターの後ろに提灯を置いてしっかりとジェットコースターにつかまる。ジェットコースターはどんどん加速して白いトンネルを通過する。ビューーーん。
うわあ、何ここすごーい。
透明な鼠色の水が流れる世界に言葉が滝のように流れている。なにこのばしょ、なんかすごーい。
僕は流れる言葉を読んでみる。
人間
核心
物語
価値
概念
現実
言語
外れ値
捨てる
Coincidence
中性
再構築
連続
非連続
歯車
Spontaneous

虹色の炎
再現

うーん。読めない単語もあるなぁ。どういう意味なんだろう?水の流れに乗ってその言葉たちが上から下につーっって流れていく。耳を澄ますとぽちゃんぽちゃんって水滴が垂れる音があちらこちらで聞こえる。あとジェットコースターの走る音も聞こえる。試しに僕は手の届きそうな言葉に手を触れてみる。
ひかるは本当にすごいよ。
僕はあたまをなでられている。手にはグローブとボール。空には夕日が差し掛かっている。
懐かしいな。この手の感触。
気付いたら手に触れていたのは現実だった。わかってるよ。でも…逃げなきゃいけないんだ。守らなきゃいけないんだ。もう…もう傷つくのは嫌なんだ。それにこれは凛が望んだことじゃないか。
僕はジェットコースターにしっかりと捕まって加速に備える。ビューーーん。
また周りが真っ白になる。
今度は車がたくさん走ってる街。うわあすごいあんなに高いビル初めて見た。屋上は雲を突き抜けていた。ジェットコースターが止まる。もう先にレールがないからここで終わりみたい。ありがとさん。さあ早く逃げなくちゃ逃げなくちゃ。

白井さんからの電話があってから一週間が経った。
私は駅を前にして立ち止まっていた。
私の記憶では電車を使用したことは一度もない。電車を目にしたことは何度かあるが、その度にどういう原理で動いているのかが気になっていた。
確か白井さんは駅員さんに聞けば行き方を教えてくれると言っていたのを思い出し、それっぽい制服を着ている方に話しかけてみる。
「すみませんHACというところの本社に行きたいんですけど…電車に乗ったことが一度もなくてどうしたらよいのかわからないので教えていただきたいのですが…」
そう言うと駅員さんは私の顔を不思議そうに眺めていた。数秒後気を取り直したのか
「ああ、そうですか。えぇっと、HAC本社ですね…少々お待ちを」
そういって駅員さんがどこかに行き戻ってくると
「最寄り駅はまいじょうというところですね。ええっと、電車のアナウンスで『次はまいじょうです』と流れると思うのでそのアナウンスが聞こえてから停車したところで降りるようにしてください。ではまいじょうまでの切符を発券しますので…えっとお帰りの際も最寄駅、まいじょうから帰られますか?」
「はい」
「わかりました。それでは往復の切符を発券しますめね。910円です」
私は銀行から引き出してきた1000円札を出す。ひかるは滅多にお金を使わなかったので私は不安になる。本当にこんな紙切れで切符が買えるのだろうか。
「これでいいでしょうか」
「?もちろんですよ。おつりの…90円です。ではこちらの一枚の切符をそこの改札に…」
「ここですか?」
「ああ。そうです。そこに入れていただくと…奥の方に入れた切符が出ましたよね」
「ああ、はい」
「それで改札を通れるようになっています。まいじょうで切符を通すときは切符は出てきません。帰りは今渡したもう一枚の切符を使ってください」
「なるほど。いろいろご丁寧に本当にありがとうございます」
「いえいえ、向こうの駅でも何かありましたら駅員に聞いてください」
私は再度お礼を言って、駅員に言われた通り2番線の電車を待つ。
あの紙切れが硬貨になった。私としてはもらった硬貨の方が価値がある気がするが…なんとも不思議なものだ。
がたんごとんと音を立ててやって来た電車に乗る。席が空いていたので座る。ひかるの思考や視界は他人に興味を示さず、常に内的に閉ざしていることが多かったためどうしても私は世に疎くなってしまう。だからこの車内にいるほとんどの人が光る板をもっているのが不思議でならない。世の中は不思議なことばかりだ。怪しまれないように少しだけ目を逸らして隣の人の板を見る。指に反応して画面が動いている。画面にはたくさんの文字が映っていた。なんとも奇怪なものだ。視線を戻す。なるほど。この板は本の代わりとして機能しているのか。確かに、この板で本が読めるのであれば持ち運びに便利であり、文字も拡大することができる。大半の人が光る板を重宝するのも納得がいく。
いやはや。この世は知らないことだらけで実に面白い。
しばらくすると『つぎはまいじょう、まいじょうです』と聞こえたので停車してから降りた。
電車の乗り心地も実に良かった。がたんごとんと規則的に立てられる音が心地よかった。足に感じる振動はモニターからはわからないことだった。

「高いな…」
HAC本社。屋上が雲を突き抜けてしまいそうなくらい高い。何階まであるのだろう。
一階に入る。案内板を見るに1階から3階までは誰でも入れるらしくレストランやカフェなどのお店があるらしい。4階から上はオフィスになっている。少し探索をしていると少し広い場所に出て、そこに小さなステージがあり、その上にあのピアノがあった。
側には説明書きの書いたスタンドがおいてあり、「ひまわりのピアノ」とその詳細が書かれている。
ひまわりにあったあのピアノだ。何度も見ていたから間違いない。気のせいかモニターで見たピアノよりもその佇まいが美しく感じる。
今日は平日ということもあってか1階にいる人はまばらだ。私はピアノの席に座る。
何を弾こうか。とはいっても私はずいぶん前にひかるが目の前で弾いてくれた曲しか知らない。ひかるの疲労が蓄積されるにつれてひかるはピアノを弾かなくなってしまったが…
『君のための歌』
私は勝手にこの曲に名前を付けていた。ひかるがつくってくれたこの曲を忘れないように。
私は鍵盤に触れる。思っていたよりも大きな音が鳴り、きれいな音色が周りに鳴り響く。
私は頭に流れる音楽を再現するために、ひとつひとつ丁寧に鍵盤に触れて現実の音を紡いでいった。
自然とピアノに夢中になるとともに、不思議と私は凛との出会いを回想していた。


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