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解に落つ #04

#04 :内田 充

俺には、何もない。
突出した才能も、能力も、
輝かしい功績も。
何もない。

人生は退屈だ。
今現在大学2年に至るまで、親友も恋人も1人としてできたことはなかった。暇な時間は全て勉強に費やしてきた。そこで得たものは大学入学の切符だけで、他に得たと感じたものは特になかった。
大学に入って一か月が経つと、ここでは自分の退屈を消失させてくれるようなものは無いということを悟り、頭を切り替えて外部に働きかける、つまりインターンに行きまくることにした。IT系のベンチャーや大手企業に行っては主に営業の手伝いそれからパソコンで作業をした。しかしインターン生に任せてもらえる仕事はどれも簡単な仕事ばかりで、責任感も薄かった。無論学べることはたくさんあったのだが、何というか自分にとっては終わってみると遊びでしかなかった。やがてあまりの単純な反復作業に嫌気がさし、インターンに行きまくることを2年生の11月で止めた。

「つまんねぇな」
気づけばそう呟いていた。
振り返っても俺の人生は何も面白くない、ごく平凡な人間の人生。
だが、人生の質とは一体、何で決まるのだろうか?
ひとまず俺の感覚から言って、何かに所属するということは必ずしも人生の質を担保するものでは無い。当たり前かもしれないがその所属先でどんなことをするかの方がよっぽど大切だ。
あとはやっぱり…
「特別な関係か…」
家族、親友、友人…幸せを語る者は大抵このどれかの関係が充実している人間だ。
これまでに親友と呼べるほどの関係になった人はいないし、恋人なんて尚更いない。家族、というか家の両親は良くも悪くも放任主義で考えを押し付けることは無かったように思う。客観的に見ても「良好な」家族なのだと思う。だが、実家を離れ一人暮らしをしている今、家族と会うのは年に数回で家族といない時間が格段に増えた。それに家族と一緒に居るとは言ってもそれはただ単に実家に居るときのことを意味するのであって四六時中コミュニケーションを取ることを意味している訳ではない。なのでいずれにせよ家族と過ごした時間は短い。

まぁつまり言いたいのはこれまでの俺の人生は退屈だったということに限る。
その退屈さを紛らわすために勉強をしていたが勉強はいつだって退屈だった。まだ読書の方がマシだ。
と、人生の質について思考を巡らせている間に講義が終わった。こんなに中身のない講義をよく毎週180分もできるなぁと感心してしまう。失礼。厳密にいえば中身はあるのだが、ただ教員がペラペラしゃべることに講義の無意味さを感じたのだった。資料を見れば大抵のことはわかるので、講義時間を短縮してほしいものだ。まぁ教員側にも色々あるのだろうが。

つまらない。嗚呼つまらない。
最早そこそこの自分がこの世を楽しむことはできないのだろうか?
俺の人生は何のピークも迎えずにこのまま終わるのだろうか?
これほど主観を憎むことがあっただろうか?

ここA大学にはこれでもかというほどカップルが多くいる。
噂には聞いたが構成員がA大学生中心からなるチームがありそのチームが友人や恋人(主に恋人)をつくるためのイベントの運営を大学から始め、今では広く地域で行っているらしい。
俺も構内を歩いている時にチラシをもらい、行こうかとは考えたが、仕事ではない人付き合いをするのに抵抗感を感じ、応募せずにいた。
午後の講義が終わった後、図書館で昼寝と読書をして、一旦家に帰ってから近くのファミレスに向かった。
俺はいつも通り最も安いハンバーグ定食を頼んだ。

俺が食事を取り始めると、見覚えのある2人が入ってきた。
1人は多分俺と同じ学部。もう一人は同じ学部ではないが、先の1人とよく一緒にいるところを見かけるので見覚えがあった。
「…!」
こっちに来る…!目を食事に向け口に運ぶ。彼らは俺の後ろの席に来た。
「かなさんから連絡あった?」
同じ学部の人がもう一人の方に尋ねる。
「『今日は図書館で本を読みたい気分なので二人で楽しみなされ』ってきてるよ」
「何か前にも聞いた気がするけどなぁ、それ。気を遣ってるのかな?」
「いやぁ、かなに気を遣うとかって概念は無い気がするけど…」
「ははっ。たしかにそうかも。じゃあ本当に本が読みたいだけか」
「縁君は何頼む?」
「僕はいつも通りビーフハンバーグ定食にしようかな。瑠波は?」
「僕は…う~ん…この日替わりディナーにするよ」
「今日は…というかいつも奢るから遠慮しないで食べてね」
「ええ、悪いよ。毎回…」
「いいんだよ。どうせお金は滅多に使わないし。イベントの手伝いで結構もらえてるし」
「…一応言っておくけど、お金目当てで縁君と付き合ってる訳じゃないからね」
「ははっ。それ前から言ってなかったっけ?勿論わかってるよ。でもこうさせてほしいんだ。プレゼントみたいなもんさ」
……『付き合ってる』?
俺は2人のことを男同士の友達と勘違いしていたがどうやらそれは違ったみたいだ。
瑠波と呼ばれた方は声からしておそらく女性。つまり二人はカップルの可能性が高い。
……世の中は明るい。もう俺はいらないのかもしれない。
そんな悲しみに暮れつつも、俺は二人のことが、二人がどういう人間なのかが気になり始めていた。
「お待たせしました。ビーフハンバーグ定食と…こちら日替わりディナーです。鉄板熱いのでお気を付けくださいっ」
考え事をしている間に2人は食事を始めていた。
「そういえば、次に美容院行ったら髪を染めようと思ってるんだけどさ」
「何色にするの?」
「ちょっと明るい茶色にしようかと」
「いいね!絶対に合うよ。いまでも十分にあってるけど。瑠波はどのくらいの頻度で髪を切りに行くの?」
「大体1か月に一回かな」
「なるほど。じゃあその度に僕はかっこかわいくなった瑠波を見れるってわけだね。茶髪の瑠波もかっこよさそう」
「好きなユーチューバーの人が茶髪だったからさ」
「そっか」
話が一区切りしたのか、ここで少し間が空いた。しかし二人の間には気まずさといったものはなくその空白さえも二人の時間として甘受している雰囲気がそこにはあった。
もう俺はいらない…よな。
瑠波と呼ばれていた人が話し出す。
「縁君は将来どうするのかとか考えたりしてるの?」
「まぁ、そんなにはっきりとは考えてないけど…本に関する仕事ができたらとは思ってるよ。本が好きだから」
「へぇ、そうなんだ。一応考えてたんだね…」
「何?どうしたの急に?」
「いや、周りの子が『3,4年になったらもう就活だね~』みたいなことを言ってて、それまでにどんな仕事に就きたいのか考えなきゃいけないのかなって」
「…瑠波。伝えておきたいんだけど、焦って考える必要はないと思うよ。あと余計なことを言っておくとやりたいことを無理に探す必要もないと思うんだ。周りの人がよく『やりたいことをまず探そう』みたいなことを言うけど労働って時間を取られるから身体的あるいは精神的苦痛を少なからず伴うんだよ。つまり労働とは概して苦痛なものなんだ。それなのにその労働に対してやりがいを求めて就活するってのは矛盾してると思うんだよね」
「縁君は本に関係する仕事にやりがいとか求めてないってこと?」
「そうだね。興味のない仕事をやるよりかは本についての理解を深められる仕事がいいと思ったからっていう感じかな」
「なるほど。じゃあやりたいことがある人はそれを仕事にしない方がいいってこと?」
「そうとも限らない。例えば自動車が好きな人だったら自動車会社の入りたい部署に行けばいいし、勉強を教えるのがたまらなく好きなら高校の先生になればいい。そんな単純ではないかもしれないけど、こういう仕事に直結しやすいやりたいことなら仕事にしてもいいと思う。けど、例えば『たくさん読書していたい』とか『何もしたくない』とかって、まず仕事、つまり行動をしてお金をもらえるかっていうとそんなに簡単じゃない。だからこういう人たちは仕事にしない方がいい。なぜなら仕事にするのが最初のうちは難しいから。そしてこういう人たちがやりたいことが無いとみなされるきらいもあるよね」
「やりたいことが特にない人ってどうすればいいの?」
「まぁ自分の出身大学から卒業した人が就職してる企業の中から社会的な評価があって最も社員の口コミ評価が高い企業に行くのが最善だと思うよ。休みがちゃんとあって待遇が良ければ多少嫌なことがあっても続けられると思うから」
この縁とかいう人はやはり気になる。
「君もそう思うよね。さっきからずっと聞いてるんでしょ?確か名前は…内田充君…だっけ?」
…!何で俺の名前を…!
恥を感じながら後ろを振り向く。
「…何でわかった」
「いや、だって途中から横向いてこっちを見ようとしてたじゃないか。誰でもわかるよ。気になって仕方なかったんでしょ」
「何で名前を知ってる?」
「同じ講義を取ってるでしょ。カードキーかざした後に名前が見えるよね。たまたま見てそれで記憶してたんだ」
「あの…」
瑠波と呼ばれていた人が困った顔をしている。
「ああ、ごめん。この人は僕と同じ学部の人で、今日初めて喋った内田充君。それで僕の彼女の瑠波。そうだな…僕が瑠波の隣に座るよ」
「いや、二人の時間を邪魔するつもりはないから…帰るよ」
「邪魔ではないですよ」
瑠波とかいう人に言われる。
「まあまあ…座って座って。本当はね。入ってきた時から気付いていたんだ。何度も同じ講義で見かけたというのもあるし、君が講義中僕と同じ虚ろな目をしていたのを見かけたのもあっていつか話したいと思ってたんだ」
…きっと死んだ目で過ごしている時を見られたのだろう。
「一応聞いておくけど…」
俺は席に座って言う。
「二人はカップルなんだよな」
「そうだけど。って…何そのしみじみとした顔は」
「いや、羨望と嫉妬と安堵が混ざって変な感情になってるだけだ。…何か、そう、もう疲れてるんだ。さっき…縁そんで瑠波って呼んでいいか?」
縁と瑠波が頷く。
「ありがとう。さっき縁が言ってたこと何だけどさ。俺大学入ってからついこの間までインターンにたくさん行ってたんだけど、確かに縁のいってたことってそうだよなって思って。つまり評価の高い会社に行くのが最善って話。『成長』とか『事業立ち上げ』とか『やりがい』とかで釣ってる企業はたくさんあったけどさ。やっぱ一番は従業員のケアにちゃんと投資できてるかどうかだと思ったんだよ。十分なケアの無い場所で二、三十年、それ以上も働いてたら気が狂って当然なんだよ。あとインターンやってて思ったけどやっぱり面倒臭い問題って人間関係なんだよな。仕事の進むスピードにそれが影響してくるわけだから。企業内での悩みは短期で解決できるのが一番なんだよ」
「それで人間関係に疲れたと」
瑠波が言う。
「それもある。あと単純な仕事に飽きてインターンに行くのをやめたんだ。何かずっとさ。退屈なんだよ。俺は」
「充は…大切な人とかいないの?」
縁が尋ねる。
「いないな…強いて言うなら家族だけど。近くにいないからな…親友も恋人も今までできたことないんだ」
「じゃあ僕らとなろう。仲のいい友達にならすぐなれるでしょ」
「…え?」
「それで退屈な人生も少しはましになるだろう」
「いいですね。なりましょう、充さん」
「お…おう。ありがとう。けど、俺仕事じゃない人付き合いが下手みたいで…」
「それもいいじゃない。というか今話してて下手とは感じなかったけどね」
「…ありがとう。俺ずっと一人だったんだ。好きな人とかできたことなくて…俺には…何にも…!何にもないんだよ…!」
「僕も同じだよ。何もないけど大学に入って、何もないなりに過ごしていたら面白い奴に出会ってそこからいろんな繋がりができてこうしてここにいる。彼のおかげで瑠波やかなさんに出会えた。そして充とも。何にもなくても、ないなりに過ごしていればいいんだよ。何かを早急に得る必要はない。チャンスは必ず巡ってくる」
「…お前、何か主人公みたいなこと言うな…」
「…ん?そう?」
『ピコン』
瑠波のケータイの画面が点く。
「かなさんから『夢中になっていたらもう本を読み終えてしまったので今からそっち行く』って」
「充。もうちょっといてよ。面白い人来るから」
縁が言う。
…なんだ?なんでこんなに優しくしてくれるんだ?というか今更だが…
「瑠波って何かかっこいいんだな…」
「えっ!?そうですか?」
「だよね。そう、かっこいいんだよ瑠波は。全部かっこいいんだ。わかってるじゃないか充君」

久しぶりにちゃんと笑えた気がする。ああ、そうそうこんな友達がずっと欲しくて…俺はずっと…探してたんだ…


一筋縄ではいかない世界
それでも俺は何もないなりに生きていく

「チャンスは必ず巡ってくる」




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