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PONDO、PONDO、PONDO、PONDOし・あ・わ・せあしすとちるどれん♪ #8

私は畠山さんが所持していた書類を通して凛の過去を知った。
そこで目にしたのはとても辛い辛い過去だった。
様々な苦難を乗り越えて凛は今立ち向かっている。いや、ずっと闘ってきたのだ。
そんな凛に対して私は強烈な尊敬の念を抱かずにはいられない。
凛は強い子だ。
たくさん苦しんで、たくさん逃げて、それでも最後は負けなかった。
ふと、意識がかすかに弱まる。
日が経つにつれて凛の意識が強まっている。
おそらくもう間もなくだろう。

あれからまた数日が経ち、私は今ひまわりにいる。
見た事のないほどの大きなテントが本来駐車場であるはずの所に張られて、中にはたくさんの席とあのピアノが置かれている。
クラウドファンディング。詳しいことは分からないが要は自分や他の人が演奏することで募金活動を行うということらしい。追伸式の前日である今日、弔いの会が行われる。
「前田さん」
「ああ、畠山さん」
「スーツ姿、お似合いですね」
「ああ、そうでしょうか?よくわからなかったので白井さんにお願いしたんですが」
「そうでしたか」
会にはたくさんの人が出席している。
「おそらく今日が最期の気がしています」
「最後?」
「いえ、人格の話です」
「ああ、なるほど…こうして今の前田さんと話せるのも最後ということですか…」
「ええ。でも畠山さんのことを忘れるわけではないのでご安心を。口調が変わる程度だと思います」
私は畠山さんに向き直る。
「畠山さん、本当にありがとうございました。ピアノを修理していただいて、ここでまた弾かせていただいて、本当にありがとうございます。」
「いえいえ、とんでもない。自分はただみんなが少しでも立ち直ったり明るくなれるようにと思って...忘れることは絶対にできないし忘れてもいけません。それでも残された私たちは日々を生きなくてはなりません。暴力に屈してはいけませんし、頑張ることを諦めてはいけないんです……あっ、すいません。つい癖でまた熱くなってしまいました…ええと、今日は少し忙しいので最初の方しかいられませんが、あとで動画でちゃんとチェックしておきますので」
「ああ、そうですか」
「あ、もうすぐ始まりますね。前田さんはトップバッターですから。お願いしますよ。それではまた」
「はい」
時間になるとたくさんの人が席に座る。
広いテントの中は室内と思えるほど心地がよく、慎ましく厳かな雰囲気が漂っていた。畠山さん、白井さんその他の関係者が順に話を終えると司会の人が「ではこれよりひまわり園に在籍しておりました前田凛さんより、火災による被害を免れたひまわり園のピアノで演奏をしていただきます。それでは、拍手でお迎えください」と言ったので私は席を立ち、ピアノの前に行って白井さんの言った通りに一礼をする。
拍手が止んで、場が静まり返る。
席に座る。
ふぅーーー
深呼吸をする。深く深く息を吐く。

僕らはピアノの部屋にいた。先生は椅子に座って目を閉じている。
「ひかる」
僕はひかるに向き直って言う。
「なに?お兄ちゃん」
「今までありがとう。今まで一人にしてごめんね。誰も相手にしてくれなくて寂しかったよね。想像の世界にひかるはよくいたけど本当は誰かと遊びたかったんだよね」
「なに急に…どうしたの…」
ひかるが照れている。
僕もすこし顔が熱くなるのを感じる。
でも…ちゃんと言わなきゃ。
「全部一人で抱え込んできてさ...ひかるはすごいよ。強いよ…でもね。もうこれからは、僕はひかるだけに僕を背負わせたくないんだ。ずっと先生と見てたんだ。ひかるのこと。今更こんなこと言うのも都合がよすぎるのは自分が一番わかってる。でも…もう嫌だったんだ。ひかるの辛い顔を見るのは。みんなのこと本当はちゃんと認識しているのに認識しないふりをして寂しくなるのは…嫌なんだ。ひかる...ひかる...ありがとう。がんばったね。それで...これからはさ。一緒に僕とピアノを弾いてくれないかな。外の世界は久しぶりだから上手くいくかわかんないけどそれでも僕はもう一度だけ頑張りたいんだ…ひかるが教えてくれたから。外の世界の美しさを。ピアノの音色の美しさを」
「……うん」
「ひかる。一緒に弾いてくれるかな?」
ひかるが頷く。

僕は先生の肩に手を置く。
「先生。ありがとう」
「ちゃんと話はついた…みたいだな。ははっ。二人とも目が真っ赤だぞ」
「うん...…」
「さあ、座りなさい。交代だ」
「先生」
「うん?」
「この世界はもうすぐひとつになって終わっちゃうけど.....ずっと、見ていてね」
「ああ、わかっていたよ。ずっと見守っているよ。凛、ひかる。お互いのことを頼んだよ」
先生が僕とひかるのあたまを撫でる。
「うん」
ひかるが言う。
「はい、先生」
僕が先生に言う。
「じゃあひかる。となり、座って」
僕とひかるは席に座る。

ピアノに触れる。
頭の中で流れる音楽と現実のピアノをリンクさせる。
曲名は『Duet』
僕とひかるのピアノ連弾。
僕たちが鍵盤に触れて奏でる音は僕らのいる部屋と外の世界の部屋を通過して世界中に響き渡り、音色が世界を包み込んでこの世の全てを月が影無く温かい色で照らした。その世界はやがて複数の世界と一体となって僕らはひとつになってまた新しい命を芽吹くための風となり凍えた大地を温める炎となり作物の成長を促す水となり生物の繁栄を支える海と大地になる。

そうしてまた様々な音色が産まれてそれが新たな希望や絶望や異常や幸福という物語の火種を蒔く。その火種は生命という名の風によって火から炎へと姿を変えて様々な色で光り輝いて万物を燃焼する。絶え間なき燃焼に疲弊した炎は光を失い、灰となり大地となる。

その連続する循環に意味がないとしても、今はただ美しい音色に身を委ねたい。
音色の中で生きている間、僕らはずっと光り輝いている。


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