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PONDO、PONDO、PONDO、PONDOし・あ・わ・せあしすとちるどれん♪ #7

僕たちはジェットコースターにもどってスタッフの人に帰りの分のチケットを渡して一気にピアノのある部屋まで戻る。
「ひかる、これから僕は自分の過去と向き合おうと思うんだ。その…僕にとっても.....もちろんひかるにとっても辛いことかもしれないけど……ついてきてくれないかな?」
「うん。ついて行くよ。あと、僕は大丈夫だよ。お兄ちゃん。僕のことはちゃんと知ってるから。心配しないで」
「.....わかった。じゃあ、行こうか」
僕たちは手をつないで、一緒に扉を開けて過去を遡る旅に出かけた。

演奏を弾き終えると拍手の嵐で包まれる。気づけば周りに人だかりができていた。
演奏に夢中で全く気付かなかった。私は軽くお辞儀をする。
「すごかったねー」
「ねー」
周りの人が散らばっていく。
「いやあ、素晴らしい。素晴らしい演奏でした」
スーツを着た人が拍手をしながらこちらにやってくる。
「ありがとうございます.....あの」
「ああ、申し遅れました。私日本HAC(Happiness Assist Children)財団の会長を勤めております、畠山優一と申します」
「会長さん…なぜここに?」
「なぜってここは本社ですから私がいても不思議ではないと思いますが…まぁ、ここだけの話HACは腐敗を防ぐために会長でも40~60代の人を抜擢するんですよ。つまりまだまだ私は若いですから会長とはいえ、毎日出社して働かなくてはならないわけです。とは言ってもここで働くのは楽しいものですよ」
「そう…なんですね」
親しみやすい話し方というか、一気に人の懐に入る才能がこの人にはある。
「先ほどのピアノ、感動しました。失礼ですが、お名前をお尋ねしても…?」
「前田 凛です」
「…前田さん」
「はい」
「..................!思い出した。いや、どこかで耳にした名前だと思ったら.....ひまわり園にいらっしゃいましたよね」
「ええ、はい。そうですが」
「当時、私はまだまだ新米で.....えっと簡単に言うと前田さんの居たしらゆり児童園からひまわりに通い先を移す際のお手伝いをさせていただいておりまして………それで前田さんのことを知っていたという訳です。もう何年も前の話にはなりますが」
「ああ……そうでしたか」
「最近ひまわり園でひどい事件がありましたよね。ここでそのことを前田さんに言うのはたいへん失礼かもしれませんが.....そこでひまわり園にいた人々の安否が気になって少し調べたんです。その時に前田さんが無事でいることも知りました」
畠山さんはピアノに触れる。
「あの悲惨な事件が起きて、間接的ではありますがHACも関わっていましたから何かできないかと思いまして.....このピアノの修理をさせていただいたというわけです」
「間接的?」
「ええ。そもそもHACは名前の通り主にこどもの支援をすることに重きを置いています。まだ資金にかなり余裕があった頃、こどもの期間だけの世話ではなく大人まで持続的なケアをすることを目的としたプロジェクトがある、そのプロジェクトとしてひまわり園の建設に出資をしたんですよ。まぁ、HACの支援は建設や物資の提供だけで今はHACが介入せずに直接税金からひまわりの支援をするようになっているんですけどね。かつてはその橋渡しをHACがしていたということです」
「そうだったんですね。ありがとうございます。はじ……いや久しぶりにピアノが弾けて.....本当に楽しかったです」
「いえいえ……」
畠山さんは一息ついてから言う。
「本当はひまわり園の再建設に出資したいところなんですが…先ほども申し上げたように年々活動費が減少しておりまして……………HACは国からの補助や寄付金なんかで主に活動しているんですが年々その合計額が縮小してきておりまして、必然的に業務も縮小しなくてはならないというわけです」
「そうですか…」
するとピアノに触れていた畠山さんが突然手をパンと叩く。
「そうだ!前田さん。ひまわりでこのピアノを弾いて頂けませんか?」
「.....え?」
「クラウドファンディングですよ。お金の寄付を募るんです。ひまわりで追伸式の前に弔う会を行い、そこで前田さんや他の方々に演奏をしていただくんです.....どうでしょうか」
「私はこのピアノが弾ければ構いませんが.....」
「よし。決まりですね。ちょっとこの案を提案してみますね。人に放火されたまま復旧しないというのはなんだか不平等と言うか納得いっていない部分があったんです」
私はずっと考えていたことがあった。
「あの、畠山さん」
「はい、何でしょうか?」
「その、私の過去について教えていただけないでしょうか」
「.....え?」
そこで私は畠山さんに人格の話をする。
「なるほど。言われてみれば前田さんはきちんと受け答えができていましたね。しかしそれは一時的なもので、さらに今の前田さんは自分がそもそもなぜひまわり園、しらゆり児童園に行くことになったのかの原因を知らない。そういうことですね」
「はい………」
「わかりました。おそらく私のパソコンに前田さんのデータが残っているはずです。来てください」
畠山さんと私はエレベーターに乗り、46階まで一気に上がった。
「いやあ………本当に高いですね」
「ええ……時間がかかるので少し面倒なのですが…」
畠山さんが苦笑する。
何回か角を曲がると会長室と書いてある場所に着く。
「どうぞ」
畠山さんがドアを開けてくれる。
「ありがとうございます」
中はとても広い。が、その割に物が少ない。
「いやあ他の人は色々装飾をするみたいですけど、自分はそういうものに興味がないというか.....ほとんどここを使うことは無くてですね.....出張に行くことが多いんですよ」
室内に入ってから20歩ほど歩いたところにぽつんとデスクがありその手前に机を挟んでソファーが置かれている。
「少し、そこのソファーに座って待ってもらえますか」
「はい」
あったあったと独り言をつぶやきカチカチっと音が鳴ると近くのプリンタから何枚か紙が印刷された。
畠山さんはその紙を取って私に渡す。
「これが前田さんの記録です」
私は自分の過去を知るためにその紙に目を通すことにした。

扉を開けるとそこには野球をしている二人の少年がいた。時は夕暮れで川の流れる音と烏の鳴き声が聞こえる。
「そうそう。お兄ちゃんとよくここでキャッチボールしたなぁ」
ひかるが懐かしそうに言う。
目の前のひかるがボールを落とす。
『あぁ、また落としちゃった。グローブより素手のほうが取りやすくない?』
『いやそんなことないよ。大きな蜘蛛さんが一生懸命時間をかけてつくった巨大な蜘蛛の巣で飛行機だってなんだってとめられるようにグローブが蜘蛛の巣の役割をしてどんな速いボールでも止めてくれるんだ。それにそれにさ、グローブがあれば手だって守ってくれるんだ』
目の前の僕が言う。
『そっか。そうだったんだね!じゃあグローブちゃんとするね。あっ、そうだ、今日たつきくんたちがお兄ちゃんの悪口をいってた気がするけどなにかあったの?』
『ええっとそれはルールがまだねちょっとよくわかんなくて今日はどこからかボールになるのかをずっと考えてたらいつのまにか自分の順番が終わってたんだ。試合の時は後ろに立ってる審判の人が判断するらしいけどでもあれって不思議だよね。だってだって見えないところに見えない線を想像で引いてるわけじゃない?だからバッターの人の思い描くストライクゾーンと審判の人が思い描くストライクゾーンって違うかもしれないよねそれなのに審判は僕がボールって思ったものをストライクにしちゃうからあれれ?って思ってわけわかんなんくてさぁ』
『ああ…そっか。またルールに疑問をもっちゃったんだね』
僕たちはまたキャッチボールを再開する。

お兄ちゃんが悲しそうな顔をしている。
「お兄ちゃん」
ひかるに呼ばれる。
「うん?」
「僕、怒ってないからね」
「.....うん。でも、やっぱりしちゃいけないことだったよなって…」
「いいんだ。今の僕は大丈夫だから。成長したんだ。僕は兄さんの中でずっと。成長してきたんだ」
「ひかるはすごいよ。本当にすごいよ…」
お兄ちゃんにあたまをなでられる。
僕は照れてお兄ちゃんに言う。
「そろそろ次を見にいこうよ」
「そうだね」

僕らは川に向かって歩き、新しい扉を開ける。

扉の向こう側には両親とひかるがいた。
食卓を囲んで夕飯を食べている。
『ひかる。今日の野球はどうだった?楽しかった?』
母が言う。
『うん。みんなとたくさん遊んできたよ。お兄ちゃんと.....』
父の顔がこわばる。
『おい、ひかる。あいつとは遊ぶなと言ったはずだぞ!』
ぴしゃりという音がひかるの頬を打つ。
『ご…ごめんなさい』
ひかるの目から涙がこぼれる。
『ちょっとあなた!そんなことしてひかるまでおかしくなったらどうするの⁉』
母がひかるの頬をさする。
『大丈夫?ひかる?今冷やすものもってくるからね。…けど何度も言ってるけどあの子と遊んだらだめよ。いい?わかった?』
『.....』
『返事はひかる⁉』
『.....はい』
両親が眠りにつくとひかるは冷蔵庫から今日の残り物を取り出して庭にでる。そこには僕がいてひかるから残飯を受け取って食べていた。
これが毎日続いた。

『うわあ、人がたくさんいるね、お兄ちゃん』
この日はお祭りで僕はお母さんからたくさんお小遣いをもらっていた。勿論お母さんには友達と行くと嘘をついちゃった。
『…………』
『大丈夫?お兄ちゃん?今日はたくさんおいしいもの食べれるからね。買ったの全部食べていいよ』
『.....なん…なんで…………こんなこと…してくれるの』
『お母さんとかお父さんはいつも兄ちゃんのこと普通じゃないっていうしそもそも名前で呼ばないし色々おかしいんだよ。先生に聞いたけどちてきしょーがい?を持ってるからといって大切な存在であることには変わりないから、みんなと同じように接さないといけないんだって。だからやっぱりおかしいんだよ。だいたいなんでいつもお母さんはお兄ちゃんのぶんもつくらないんだろう?三人分つくるならついでにもう一人分もつくればいいのに』
『……………』
僕は焼きそばやたこ焼き、チョコバナナやりんご飴を買って兄ちゃんにあげた。
全部食べていいって言ったのに兄ちゃんは僕が一口食べるまで絶対に手を付けなかった。仕方なく僕が一口食べて兄ちゃんにあげると兄ちゃんはそれをものすごい勢いで食べた。おいしそうに食べるお兄ちゃんをみるとなんだか僕まで嬉しくなった。

「じゃあ、次行こうか。……………ひかる。次は…」
「わかってるよ。お兄ちゃん。僕だって覚悟はできてる。向き合うって決めたのはお兄ちゃんだけじゃないよ」
「うん」
僕らは手をつないで次の扉を開ける。
この日は旅行だった。僕がお兄ちゃんに旅行のことを聞くとお兄ちゃんが行きたそうにしていたから僕はある作戦を思いついた。
僕はお母さんの手伝いで車の荷台に旅行用の鞄を上手く詰めた。
出発してからしばらく経ってから僕は後ろに向かって「いいよ」と言う。
それでお兄ちゃんが出てきて、運転しているお父さんの後ろに座る。
『えっ』
母が驚く。
『おい、なんでそいつがいるんだ』
ルームミラーを見た父が怒る。
『あ、気づいちゃった?じゃじゃーん!何と兄ちゃんは荷台に隠れて僕らの出発を待っていたのでしたー!』
『おい、ひかる…ふざけてんのか?』
ひかるは顔をしかめて言う。
『お父さんやっぱおかしいって!兄ちゃんなのに――』
『ふざけてんのかって聞いてんだ!!!』
父がひかるを見る。
『おいそいつを降ろせ!今すぐ!』
『あなた!止まって!!』
『るせぇ!あいつが乗ってんだぞ!?今すぐ降ろ―――』
プップ―!
クラクションの音が鳴ったかと思うと左側からトラックが衝突してきた。トラックは僕たちの乗っている自家用車の左側をえぐった。
優先道路を走っていたトラックと一時停止を無視した僕の家の自家用車が激しくぶつかった。
トラックはぶつかる直前にハンドルを切っていた。それでも車は空を飛んで吹っ飛んだ。
ひかるは死んで、母は自由に歩けなくなった。父は首を骨折した。
シートベルトをちゃんとつけて父の怒声に怯えうずくまっていた僕だけが軽傷で済んだ。

僕が冷蔵庫を漁っている。残飯が尽きた。でもこの時の僕は空腹よりも誰もいないリビングの方が辛かった。母はずっと動けずに寝たきり。父は退院してもずっと帰ってこない。明くる日、いつものグラウンドに行く。みんなが野球をしている。たつきくんが僕に気付くとみんなに呼びかける。
『…おいみんな!りん君が来たぞー!』
『お兄ちゃんはいないよお兄ちゃんはいないんだよ』
『なあなあたつき、ほんとうにやるのか?』
『だいじょうぶだって。ほら、昔のテレビもたたいたら治ったっていうだろ?それとおんなじだって。みんなでりん君のあたまをよくしてやろーぜ』
たつきくんが僕に言う。みんなが周りを囲む。
僕はずっと何かをつぶやいている。
『いないんだよもうお兄ちゃんはここにはいないんだ僕が代わったんだだから僕がここにいるんだ』
たつきくんは無視して言う。
『りん君!ちょっと痛いかもしれないけど、我慢してな。これであたまがよくなるかもしれないんだ』
カン!
バットが頭にあたる。
『ほら、ぼけっとつったってないでお前らもやれよ』
カン!カン!カン!カン!カン!カン!カン!カン!カン!カン!カン!カン!カン!カン!
守ろうと防いだ手も殴られる。
『たつき!血ぃでてるって!』
『おい、やべぇって』
『おれしーらね』
『あぁ!おい待てよ!』
みんなが走り去っていく。倒れてあたまから血をぽたぽたと流している僕を置いて。
しばらく置き去りにされていると誰かが駆け寄って救急車を呼んでくれた。
呼んでくれた人の姿がどこか先生に似ていた気がする。

「ひどいよね…なんでこんなことになっちゃうんだろう」
遠くから眺めていたひかるが言う。
「ねぇ、お兄ちゃん。本当にこんな奴ら許せるの?」
「..........」
「こんなことがあったからお兄ちゃんは僕を創ったんだよね?それで…引きこもったんだよね…」
「うん。全てのことから.....逃げたくなった。それで他人への恐怖が他人を認識しない空想のひかるを創り出した.....それで…肉体の主導権をひかるに明け渡した…」
「まぁ僕の自我が形成されるにつれて、最終的には見ないふりをするようになっちゃったけどね」
「.....許せるかと言われれば、許すことはできないよ。うん。絶対にできない。でも.....理解はできる」
「..........」
「ずっと変なことを言ってて、野球のルールもわからなくて、自分のせいでいつもいつも負けて…何考えてるかわからなくて.....なのになんにも謝らなくて…」
「そんな自分が嫌だったから僕にそれをもっていかせたんでしょ」
「うん。ひかる本当に…」
「謝らなくていいよ。それにね」
ひかるは振り返って新しい扉に向かう。
「お兄ちゃんが僕をつかまえてくれたあの日に白痴は化け物にあげちゃった」
「化け物?」
「そう。殺す。くだらんってずっと言ってきた僕の中の化け物。安心して。うるさいから白痴を食べさせて楽にしてやったんだ。だから僕はもう大丈夫」
「そう…でも本当に怒ってないの…?僕はひかるに嫌なこと全部押し付けて.....肉体も、白痴も、他人も…」
「うん。だって僕は…」
ひかるが笑って僕の方を見る。
「ずっとお兄ちゃんのこと大好きだから」
なんで…なんでひかるはこんなに優しくしてくれるんだろう。
昔からずっと思っていた。
答えは自分が思っているよりもずっと単純だった。
「ありがとう。ひかる」
「次で最後だね」
「うん。行こう」
僕らは手をつないでまた新しい扉を開ける。

バット事件から数日後、僕は退院して家に帰る。道すがら僕はずっとわけのわからないことをつぶやいていた。家の前の外灯がパチパチと点滅している。
僕が家に入っていく。
家に入ると悪臭が漂う。母の部屋からだ。何かを呟きながら僕は部屋に入る。悪臭の匂いが強まる。中には首を不自然に長くした母が吊るされていた。
『うわあああああああああああああ』
僕は叫び声をあげてものすごい勢いで家を出る。何かに追われて発狂しながら逃げる。

逃げる僕の後ろ姿を見てひかるが言う。
「そっか.....お母さん死んじゃったんだね」
「うん。この日のことは僕もよく憶えてるよ。モニター越しに見ていただけだけど。それでも…母の死が僕を外の世界から遠ざけたんだ…」

しばらくすると、僕は警察に保護され、家を確認され、母の死体が見つかる。警察は僕に話を聞こうにも自分の方を見ずわけのわからないことを延々と叫んだり呟いたりしていることから状況確認が取れない。やがて母親が自殺と断定され父親の居場所も特定できないことがわかると警察は僕の運命をHACに委ねることにした。そうして僕の施設暮らしが始まった。他人を認識することのない、孤独な人生が始まった。

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