見出し画像

PONDO、PONDO、PONDO、PONDOし・あ・わ・せあしすとちるどれん♪ #4

「…ん?」
ここはどこだ?
病院か。
意識を失っていたのか…
私は口についていた呼吸器を外して上体だけ起き上がらせる。
看護師の人が入ってくる。
「おはようございます。前田さん、今日はいい天……前田さん⁉起きられたんですか⁉ちょっと待っててください今先生を呼んできます」
入ってきた看護師の人がすぐに出て行く。
しばらくすると白衣を着た、医師とみられる人物が入ってきた。40代くらいの背が高い男性だった。
「おお、前田さん。お目覚めでしたか。ああよかったよかった。体調は大丈夫ですか?頭が痛いとかありませんか?」
「ええ。大丈夫です。あの…」
「ああ、自己紹介が遅れました。私、前田さんの担当をしておりました羽場と申します。担当と言っても、毎日前田さんの様子を見に来るくらいしか出来ませんでしたが…それからこちらは…」
「看護師の伊藤です」
「羽場さん、伊藤さん。色々お世話をしていただいたみたいでありがとうございます。ええと、よければ状況を教えていただきたいのですが…」
「勿論です」
そう羽場さんが言うと腕時計がピコンという機械音を立てた。
「あ、すみませんこれから会議がありまして…伊藤さん頼めるかな…?」
「はい。承知しました」
「ごめんね、よろしくお願いします。すみません、前田さん。失礼します」
そう言うと羽場さんは病室から出て行った。
「びっくりしましたよ、前田さん。まだ意識が戻っていないと思ったら突然起きているんですから」
伊藤さんは椅子に座って言う。
「あはは……お騒がせしました」
「頭が痛いとかあれば何でも言ってくださいね」
「ええ。ありがとうございます。あの……私は何日寝ていたんでしょうか」
「まるまる2日ほど意識を失っていました」
「2日ですか.....そんなに寝たのは初めてかもしれません。それで、この病院の場所は?」
「前田さんが倒れていた福祉施設ひまわりから20分くらい歩いた場所にある神谷市民病院です」
「……ひまわりは、あの福祉施設はどうなりましたか?」
「……燃えました。詳しくはこの記事に」
そう言って伊藤さんは新聞を見せてくれた。

[障害者施設 放火 4人殺害]
犯人供述「この世を前に進めたかった」

……!
「……許せないですよね」
伊藤さんが言う。
「怒りはもちろんですけど……何でそんなことするだろうって……どうしてそんなことができるんだろうって……」
「……はい。そうですね」

私は目をつむる。
『先生、行くの?』
凛が尋ねている。
『ああ。行くよ』

「.....前田さん?」
「ああ、大丈夫です。いつ、退院できますか」
「え?ええと、この後検査をして、何もなければ明日には退院できると思いますが……」
「わかりました」
「気分が落ち着かなければもう少しここにいても構いませんが」
「いえ」
私は応える。
「大丈夫です。少し用事を思い出したので」
羽場先生が戻った後、簡単な検査を受け、翌日に退院する。
私は羽場先生と伊藤さんにお礼を言い、病院を後にした。

私はひまわりに向かった。
太陽が眩しいのでサングラスをかける。ひかるは強い光に敏感なのだ。凛とひかるの対話の為にも外の世界では私が適切な対処をしなくてはならない。
肉体の主導権を得た上で外にでるのはこれが初めてだ。
起きた瞬間から、私は感動していた。
生で感じるこの世界に。
行き交う人々、木の葉のさざめき、肌で感じる温度。全てが。全てが新鮮だ。モニターを通してではわからなかった世界が今ここにある。しかし気を付けなければならない。あくまでも私は橋渡しの役目。この世に残りたいなどと思ってはならない。この先は二人に託さなくてはならない。
私は区切りをつけるために代わったのだ。
声が聞こえる気がする。これから、凛も頑張ろうとしているんだ。がんばれ。凛。

目を開けるとそこには誰かがいてモニターを見ていた。現実は僕の目の前にいて真実は僕のピアノの席に座っている。どいてよ、そこは僕の席なんだ。僕がやらなきゃいけないんだ。僕が守らなきゃいけないんだ。目の前の現実が起きた僕に気付いたのかこっちに近づいてくる。うわあああ。来るな来るな。来ないでよ。僕は起きると頭がくらっとしてふらふらしたけどそれよりも現実が襲ってくるのが怖かったから手をぶんぶん振り回して逃げた。そしたら現実も何かを叫んでいて後をついてくる。来ないで。本当に来ないでぇ!僕は洞窟の中に入ってクラップする。僕のクラップが闇に反響して獣たちを起こす。蛇さん、クマさん、ネズミさん、コウモリさん!助けて!現実をやっつけて!周りで足音が聞こえる。頼んだよ。みんな。あんなのやっつけちゃってよ。僕は暗闇に逃げていく。空気の澄んだ気持ちいい匂いがする。鼻がすぅっとする。
チンアナゴが出てきそうな無数にある穴の中から僕が通れそうなものを選んで下へ下へ落ちていく。ひゅううううううう。わあ滑り台みたい。楽しいなぁってそんな場合じゃなくて僕は逃げなきゃいけないんだ。おしりがずずずずって悲鳴を上げている気がするけどまぁいいや。汚れなんて後で取ればいい。あーでもなんかブランコに乗りたいなぁって思ったから穴から落ちて天井から垂れ下がっている長い長いブランコに乗って洞窟の中を移動してもうこれ以上上がりきらないよっていう振り子の頂点で思いっきりジャンプしてまた穴の中にしゅうううって吸い込まれるように入っていく。それが意外と楽しくて僕は何度も繰り返してしまった。おしゃれなターザンみたいじゃない?座りながら移動ができるなんてさ。それで僕はまた穴という掃除機に吸い込まれて吸い込まれてそしたら穴の先にモグラさんがいて多分、やあひかる。どこに行くんだいみたいなことを言ったから、わかんない。とにかく逃げなきゃいけないんだ。って言ったら。多分、じゃあ助けるぜみたいなことを言ってくれて新しい穴を掘ってくれたから僕はモグラさんについて行った。モグラさんの穴を掘るスピードはすごい早くてどうやってそんなに穴を掘っているんだろうって思ってちょっと滑る速度を上げてモグラさんに追いつこうとしたら土が顔にかかって土を食べちゃった。土の味は意外とおいしくて僕はおにぎりの具がほしくなるように土の具が欲しくなった。だからその辺の白色の幼虫さんを土の中に入れてよ~くにぎにぎして食べた。なんかピクニックみたいだなぁ。でもそんなにおいしくないや。ペッ。僕は後ろを向いて幼虫さんと土を吐き出した。口のなかがじゃりじゃりする。でもなんだか土って栄養ありそう。体がじょうぶになるんじゃないかな。やっほ~。なんか言ってみたくなったから大きい声を出しちゃった。いけないいけない。場所がばれちゃう。そういえば僕は今逃げてるんだった。あっ!もうすぐ出口だ。すぽん!という音を立てて僕が穴の出口から出るとそこには大迷宮が広がっていた。裸足につたわる地面の冷たい感触がきもちいい。あれ?モグラさんがいない。どこに行っちゃったんだろう?まぁいいか。あとで会ったときにお礼を言おう。その時には土握りも持っていこうかな。きっと喜ぶだろうな。具は何がいいかな?
ふぅ。ここまで来ればしばらくは追ってこれないだろう。ってあれ?なんかさっき来た穴から音がするな。もしかして……。いやいや、そんなわけはないよね。でも早く行こう。とりあえず今は逃げなくちゃ。僕は迷宮に迷うことなく入っていく。
ひかる。待って。伝えたいことだあるんだ。僕の目の前には蛇とクマと巨大ネズミとコウモリがたくさんいる。でもみんな襲ってこない。蛇はシャーと威嚇してきたかのように思ったらそうじゃなくて口から小さな#をいくつかだすだけだったし、クマはクマ同士で寄り添って相撲をのそのそと始めている。巨大なネズミは僕を上に乗せて走り回ってくれた。毛並みがふさふさしているなと思って毛をなでているといつのまにかネズミから猫に変わっていた。いつから僕は猫に乗っていたんだろう?涼しい風を受けながら猫に乗って移動しているとコウモリが飛んできて僕に行き先を聞いてきた。「ひかるに会いたい。伝えたいことがあるんだ」と言うとコウモリ「さっき走ってたあの子のことかな?」とひそひそと話して猫の先を飛んで僕を案内してくれた。しばらくすると猫が止まる。コウモリが穴の上でパタパタと飛んでいる。人一人くらいが通れるくらいの穴がある。試しに石を投げ入れるとすぐに見えなくなって土に当たる音も聞こえなくなる。「ここに入っていったのかな」コウモリが羽音で「そうだよ」と言って、巨大な猫が「にゃー」と言って僕にじゃあねと言った。僕は「ありがとう」とお礼を言って穴に吸い込まれるようにして入った。

「あぁ……」
建物を目にした瞬間、思わず声が漏れ出ていた。
建物の骨組みがむき出しになっていてほとんど黒ずんでいる。建物の前にはバスや車の送迎のために小さなロータリーがあって今はそこに色とりどりのたくさんの花がおかれている。
花の前で誰かが手を合わせている。見覚えがあるが誰なのかがわからない。
しばらく建物を見ているとこちらに近づいて声をかけてきた。
「...!前田さん?前田さんじゃないですか?」
「……?」
「あぁ、大丈夫でしたか!前田さん。よかった……本当に良かった……」
「あの、大変申し訳ないのですが、あなたの見覚えはあるのですが、どなたかをはっきり思い出すことができなくて……」
「……?本当に前田さんですか?いや、顔はどう見ても前田さんですが……僕の知ってる前田さんはまず話を聞いてくれたことがないので……」
「ええ。前田凛で間違いないです。少し話すと長くなってしまうのですが……簡単に言えば多重人格のようなものでして……自分がただ記憶は一部ではありますがちゃんとあります。それでわけあって今は自分がでてきているということです」
「つまり今のあなたは私の知る前田さんではないと。前田さんではあるものの中身が違うと」
「仰る通りです」
「な……なるほど。と……とにかく前田さんが無事で本当に良かった」
「あの……」
「あ!ああすみません。覚えてないんでしたよね。自分はこのひまわりの施設長の白井です。とは言っても……灰になってしまいましたが……」
「……」
白井さんは携帯に目をやる。
「ええと……それにしても病院から連絡が入ってないんですが……もしかすると今の前田さんの受け答えがしっかりしているのでスタッフだと思われたのかもしれませんね」
「そうかもしれません」
白井さんは焼けたひまわりを見ている。
「なんでかなぁ。なんでこうなっちゃったのかな…」
「ピアノは……ピアノはどうなりましたか」
「ああ!そうだ。前田さんはよくピアノを弾いてくれていましたね。いつもきらきら星から始まってその後にものすごい演奏をしてくださって.....そうだそうだ。いや忘れていたわけではないんですが、ここ数日少しショックで色々なことを忘れがちで.....あ。ええとピアノですね。火事で少し部品が焼けていましたが、不幸中の幸いで消防隊の鎮火作業のおかげでピアノの全焼は免れました。今、HAC(ハック)に問い合わせて修理に出す審査をしてもらっているところです」
「HAC?」
「ああ、HACというのはこの施設の出資財団であるしあわせあしすとちるどれん、Happiness Assist Childrenの略ですよ。ピアノを寄贈してくれたのもHACを通じたクラウドファンディングのおかげです」
何やら聞きなれない単語が聞こえたが、とにかくHACがこのひまわりの援助をしているということだけはわかった。
「……前田さんはずっとそのままなんですか?」
「……え?」
「あ、いやあ、その……もし前田さんが今の状態のままだったらもう施設に通う必要はないんじゃないかと……あの日ここが火事になって、無事だった人はもうすでに他の場所の施設に通う手続きが済んでいて……あ、もちろん前田さんに通ってほしくないということじゃないんですよ…というのも少し語弊があるんですが…それでも…その…単純にまた前田さんのピアノを聞きたいなって思って…」
「いや、いられないです。これは一時的なものでもう少ししたらもとに戻ってしまうと思います」
「そうなんですか…」
風が建物の焦げた匂いを運ぶ。まだほんの少しだけ匂いがする。
「13人」
白井さんは呟く。
「13人の方が亡くなりました.....。5人は刺殺、8人は放火による焼死です。加えて26人の方が重軽傷を負っています。いまだに意識が戻らない方もいます」
白井さんは泣いていた。
「みんな……………みんな大切な人たちなんです……いろんな過去があって………傷つきながらも一生懸命……………ほんとうに一生懸命に……………!生きてきたっ…………すごい人たちなんです.....それなのに…………私はあの日………出張なんかでここにいられなくて……………!みなさんを守れなくて……………!」
「白井さん」
私は屈みこんだ白井さんの背中に手を当てる。
「毎回、会う度に私の名前を呼んでくれていましたよね。いや、私だけじゃない。他の人の名前も必ず呼んでいましたよね。反応が無くても必ず話しかけていましたよね」
「うぅっ……………」
「それだけじゃない。私の勤める工場にも何度か来てくださいましたよね。何度も何度も頭を下げていましたよね。今後もよろしくお願いしますって。他の方々にも同じようにそうしていたんですよね。………すごいですよ。白井さんもすごいです」
「そんな.....」
「今しか言えないので言わせてください。本当にありがとうございます」
「前田さん……………」
「良ければ、ピアノが修理出来たら教えていただけませんか。またここで、このひまわりで、またピアノを弾きたいです」
「はい……………もちろんです……………」
私は花の前でしゃがみこみ手を合わせる。
凛、ひかる。私も最期まで頑張るよ。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?