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解に落つ #02

#02 :笹緑 華菜

私が外を歩くとき、私はどんな風に見られているのだろう。
私は常にそれを気にしている。
私は「この人とは継続的な関係が続くだろうな」と思うとその人に必ずこう聞く。
「ねぇ、私ってどんな風に見える?」
大抵は
「どうって........」
と言われ回答に困ったような表情や他人に助けを求めるような表情をされる。
その後少し待つと
「う~ん。真面目そう」
と言われたり
「ちょっと暗そうに見える」
「ちゃんと努力してそう」
「几帳面な感じ」
と言われる。
それで、私は視力が悪いので眼鏡かコンタクトを付けているのだけれど、眼鏡の時は大抵真面目ベースの答えが返ってくる。
実験のために思い切って髪を茶色に染めて眼鏡ではなくコンタクトをして同じ質問をすると
「明るそう」
「なんかあっても最終的には笑って乗り越えてそう」
「人生楽しんでそう」
と明るめな回答が返ってきた。
やはり人の印象は見た目で決まるのだとこの質問を繰り返す度に思う。
実験をするまでもなかったかもしれない。

「ねぇ、私ってどんな風に見える?」
この質問をするのは私の価値観に由来する。
高校を卒業するまでは私は常に眼鏡をかけていた。
そしてテストや受験が差し迫る度に何度も言われた。
「華菜ちゃんは真面目だから勉強もできて羨ましい」
なぜ「真面目→勉強ができる」という命題が成立するのかは半分理解できて半分理解できなかったが私は常に「真面目」な人間だと思われていた。だから私は真面目な人間でいた。
私のキャラを構築するのは私ではなく常に他人だった。
私は人に真面目そうと言われる度に
「ああそうなのか」
と思い、
「ならそういう私でいよう」
と行動に移す。

フィクションでもいい。私は誰かにとっての「笹緑 華菜」でいたい。
私は人が見たい私でいたい。
それが私の生きる解。

大学が始まってからというもの、私は一人暮らしを始めて、家族と離れ、今まで以上に一人でいることが多くなった。
中学まではおそらく親しい友人がいたのだけれど、高校で離れてしまい、高校では友人と言えるほどの親密な関係を築くことができた人はいなかった。
(とはいえその親しい友人とはたまに休み時間に喋りたまに放課後一緒に帰るたまに遊ぶくらいでおそらくその子にとって私は四、五番目に遊ぶ友達名のではないかと思う)
高校での三年間、私は授業の合間の休み時間に大抵は真面目でいるために勉強をするか本を読んでいた。
よって一人で過ごすことに対しては何の抵抗も無かった。

大学でもサークルや部活動は特に興味がなかったため入らず、夏休みに入りいよいよ9月にさしかかろうとするこの頃まで私と親しい関係値まで上り詰めた人はいない。

そんな私が友達が欲しいと思うようになったのは最近の事である。このままでは大学生活が何もないまま終わってしまうことを危惧してのことだった。
その時丁度、自分の通う大学で友達や恋人を作ることを目的としたイベントが開催されるという話を大学にて渡されたチラシから聞いた。
チラシの色や字の大きさから恋の方を押し出している感じがしなくもないが、小さく「友達をつくりたいという方も大歓迎です」と書いてあることから私はこの文章を信じて参加することを決意した。

イベントは6人と一人の司会者を交えた1グループでの談笑で、自己紹介や出されたお題について楽しく話すという内容。
司会者の人は「えん」と書かれたネームタグを首からぶら下げていた。
(中の紙に自分が呼ばれたいニックネームなどを書くシステム。私はただ「かな」と書いた)
彼は人の目をよくみて話す人で話の盛り上げ方や振り方が上手だった。
私と同じグループの5人の私に対する印象はこんな感じ。
「なんか」と何度も言う女
既に私の隣の女の子に目をつけているであろう男
他のグループの男に目をつけているその隣の女(彼女は顔を傾けて髪を揺らす癖がある)
何か作業をしていないとまともに話すことのできない男(お題の書かれたカードをしきりに触っていた)
自分の前髪が気になる男
私は人間観察が好きだ。ショッピングモールを歩いていてこの人とこの人の関係地はどうだとか手のつなぎ方はどうだとかどんな癖がこの人にはあるんだろうとかそんなところばかり見ている。

やがてイベントは終了する。
私に通知は来なかった。
…...私と友達になれそうな人はいなかった。
多分なっても長くは続かない。いや、基本的には長くは続かないのだけれど、なっても二度と会うことのない友達をつくってしまいそうでそれなら作らない方がましだと思ったのだ。
「私ってどんな風に見えますか?」
聞いてみたかった。だがそれを聞いたところで他の人が困惑するのは目に見えている。なのでしなかった。
「友達か…」
何でも話せる人を探すのは難しい。それができるのは今のところ自分しかいない。
誰でもいいかと言われると、そういうわけでもない。相性とは何なのだろうか。
なぜショッピングモールに何らかの関係をもった2人以上の人たちがたくさんいるのかが分からない。あの人たちはどのような手法を通してあの場所に存在していたのだろう。

数日後、私は大学の帰りに自販機を眺めていた。
この自販機…水が売り切れている。
値段と目的の2つの条件をどちらも満たすのは水なのだ。
そんな謎の分析を開始しようとしたところふいに声を掛けられる。
「あの…かなさんですよね…?」
私のことを名前で呼ぶ人物などここしばらくの間存在しなかったが誰だろうと思い声の方に目をやる。
あ、この人は確か…
「えんさん…でしたっけ?」
特徴的な名前だからよく覚えていた。
「そうです。ご縁と書いてえんです。何か飲み物を買うんですか?夕方とはいえ、まだ暑いですよね…」
「あぁ、いや、見ていただけです」
「見ていた?自販機を?」
「はい。なぜ水だけが売り切れているのかの分析をしようとしていました」
「なるほど。それは面白いですね」
そういって縁さんは自販機を眺めた。
…面白い?
優しそうな整った顔立ちをしている。でもこの人はおそらく何かを抱えている。
以前この人と話している時にそう思った。
「あの」
私は縁さんに言う。
「この後時間ありますか?」
「今日の手伝い…あぁイベントのことです。それがもう終わったのでこれから家に帰るつもりでした」
この人なら........
「なら、私とすこし話してくれませんか?」
「いいですよ。ここで立ち話するのも何なので、どこかお店いきましょうか」
「はい」
『話してくれませんか』と言った後に私はなんだか赤面してしまった。
勇気を出した後は恥をかいたと思うことが多い。

私たちは近くのファミレスに向かった。
縁さんはビーフハンバーグとライスを頼み、私はハンバーグステーキを頼んだ。
ハンバーグとハンバーグステーキはどう違うのだろう。鉄板に乗ってくるかそうではないかの違いなのだろうか。
「かなさんはいまいくつなんですか?」
縁さんが聞いてきた。
「18です」
「あぁ、そっか。まだ大学一年生でしたね」
「そうです。なので敬語使わなくていいですよ」
「そうですね........なら言葉に甘えて敬語はやめようかな。敬語使うと何か疲れるよね........それで、えっと.......たしかかなさんがイベントに来た理由は........」
「友達をつくりたい」
私がそう言うと縁さんが頷く。
「そうそう。珍しかったから覚えてたよ。それで、友達はできたの?」
「いや、できませんでした.......何か自分に合う人がいなかったというか.......」
「そっか…」
「縁さん... 司会、上手でしたね」
「あぁ、まぁもう何回もやってるからね」
「そもそも何で縁さんは司会というかあのイベントのスタッフになったんですか?」
縁さんの箸の動きがわずかに止まる。
「それは僕もあのイベントに参加して、主催者の人に目をつけられてね......」
「主催者?」
「ほら、この人」
そういって縁さんは写真を見せてきた。
陽気なアロハシャツ。白いハット。金髪。サングラス。元気そうな人。
「なるほど。というか最初は縁さんもあのイベントの参加者側だったんですね。縁さんは何で参加したんですか?」
縁さんの顔が少し赤くなった気がするのは気のせいだろうか。
「そ…それはその......まぁ彼女をつくりたかったから......」
半分本当で半分嘘な気がする。
縁さんも私もほとんど同時に食事を食べ終わる。
私は水を一口飲んでから聞く。
「......あの縁さん。私ってどんな風に見えますか?」
「……?」
「真面目そうですか?明るそうですか?」
「かなさんに対して抱く印象か......う~ん。わからないなぁ」
え…?
「何も…思わないんですか?」
「そうだなぁ。何も思わないかな。いや、別にかなさんだからって訳じゃ勿論無くて、誰に対しても何も多分何も思わない気がする」
「なんでですか?本当に何も思わないんですか?」
「なんでだろうな......そんなに人に興味が無いのかもしれない…」
「人に興味がない?」
「うん。僕は…人間があまり好きじゃないから。それより、どうしてそんなことを僕に聞いたの?」
「いや、その、私はみんなが見たいと思う私でいたくて…」
「みんなが見たい私?」
縁さんに私のこれまでに抱いた価値観を話した。
「ふ~ん。何でそう思うの?」
「それは…そうした方がいいと思うからなんですけど…期待を裏切らない自分でいたいんです」
「かなさんは期待されたいの?」
「いえ。できれば期待されたくはないですね。面倒なので。でも人は他人に対して何らかの期待を抱いてしまうものだと思いますよ。普通は」
「普通は…そうかもね」
「縁さんはどうして人に興味がないんですか?」
「なんでだろうね......何かさ、疲れちゃうんだよ。人といると。どんな人でもずっとは一緒にいられないっていうかさ。多分生きるのが下手なんだろうね。僕は」
「でも、彼女をつくりたかったんですよね?少なくとも前までは」
「…まぁそうだけど。それは単なる好奇心ってやつで…その......」
縁さんの髪はサラサラしていて、私と会ってから一度もスマホを見ていない。
話すときには目を割と合わせる方で、何か言いづらいことがあると目を逸らす。
そして今、また目を逸らした。
「誰にも言いませんから、言ってみてください」
「いやまぁ、恥ずかしがることでもないと思うんだけど、まだ話して間もないかなさんに言うのはって思っちゃって......まぁその、女性と所謂みだらな行為をしてみたかったんだ」
「それも好奇心ですか?」
「好奇心8割性欲2割」
「ふふっ。縁さんは面白い人ですね」
「…よく言われる。でもかなさんの『人が見たい世界を体現する行為』も興味深いし、素敵だと思うよ」
なぜかはわからなかったが、縁さんとは珍しく話が弾む。なんというか、この人とは何でも話せるような気がする。こういうのを聞き上手と言うのだろうか。
「この際だから何でも聞いていいですか?」
「うん。いいよ」
「例えばですよ。例えば私と縁さんが恋人関係になったとして。縁さんは私と肉体的関係を結びたいと思いますか?」
縁さんは少し考えてから言う。
「う~ん。そうだな。最終的には思うと思う。かなさんはどっちも満たしうるからね」
「どっちも?」
「あ。う~んと、好意を持った相手に対して求めることってかなりざっくりと分けて2つに分けられて、1つは精神的充足。これは一緒に居たいとか、この人なら一緒に居られるとかいったもの。それで、かなさんは僕の女性という観念を満たす容姿をしているから多分最終的にはどちらも満たせる人だと思う」
「なるほど。因みに縁さんって恋愛的な好みというか好きな女性のタイプってあるんですか?」
「男の子みたいな女の人」
「へぇー。そうなんですね」
気づけば私はニヤニヤとしていた。
「…でもさっき話してた精神的充足とはまた違うものを求めてるっていうか…精神的に満たしてくれることには変わりないんだけど…何て言うんだろうな…透き通るような気持になるんだ」
「ふ~ん。早く見つかるといいですね。もしそんな子を見つけたら紹介しますよ」
「それは本当にありがたい」
縁さんは水を飲み終えると言う。
「かなさんって生きてて辛いって思うことある?」
「そりゃ、ありますよ。私、ほとんど一人で過ごしてましたからこうやって縁さんみたいな人と話せるのはすごく楽しいです。まぁほどほどがちょうどいいんでしょうけどね…縁さんは?」
「そりゃあ、ずっと辛いよ」
「…まぁでも誰でもそうですよね。みんな何かに辛さや苦しさを感じて気晴らしをするんですから」
「…くだらない」
「…そうかもしれませんし、私もそう思いますよ。でも仕方ないですよ。それくらいしかすることがないんですから」
「…そろそろ出ようか。話に付き合ってくれてありがとう。かなさんは珍しく話しやすい人みたいだ」
「こちらこそありがとうございました」
「自分でよければまた暇なときいつでも呼んでよ」
「え?」
「友達として、ね」
そういって縁さんと私は店を出て別れた。
垢抜けた人というか、捉えどころがないというか、とても話しやすい人だったのだけれどよくわからない人でもあった。

でも、友達ができて本当に良かった。
今宵は夏の終わりを告げる涼しい風が吹いていた。


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