見出し画像

PONDO! しあわせカーニヴァル 全編


火種

ぽぉんどぅ、ぽぉんどぅ、ぽぉんどぅ、ぽぉんどぅし・あ・わ・せあしすとちるどれん♪
鼻歌を歌いながら目をぎゅっと閉じる。何も見えない。そのまま歩く。何かに頭をぶつける。それでも目を開けてやるものかとめをぎゅっとつぶって開けずに右に曲がって進むとゴツンという音が鳴ってまた何かに当たる。今度は痛すぎて目を開けたら電信柱があった。こんなところに電信柱たてんなよって悪態をついても電信柱は何も言わなかった。優しい。こんな人間が悪態をついても電信柱は電信柱のままで怒ったりしないんだ。ありがとう電信柱。君は悪くない。悪態ついてごめんねって思って電信柱の横を通ったら車がものすごいスピードで通って行った。あぶねぇだろ。と思って世界から車が消えればいいのにって思ったけどそれは困るかと思って、でも車が無くなったら夏の暴力的な暑さも少しは和らぐのかなと思ったからやっぱり車が消えればいいのにと思った。そしたら多分事故も減るっしょ。

目を開けたら太陽が眩しくて、光はダメなんだって声がしたからサングラスをかけてやる。ふぅーおちつくおちつく。これで人の顔も見なくて済むよ。ありがとう。でもおかしいよね。光がだめなひかるくんって。ちょっと笑っちゃうよ。
もしあのまま太陽の光を受け続けていたら光の中に僕の体が入り込んで離散して手と足が見えなくなっていつの間にか宙に浮かんであれ?酸素がないなってことに気付いて無い手と足をバタバタさせたけど何にもならなくてプカプカと浮かんで浮かんで最初は焦ってたけどまぁいいかって思ってその浮遊を楽しんでどこか遠い世界に行っていたかもしれない。あぁでもそれも悪くないかもなって思ってサングラスを取って光を見ようとしたけど丁度いつもの工場に着いたからやめた。
中に入って誰かに言われた通り文字がたくさん書いてある紙を決まった封筒に入れ続ける。
紙を丁寧に三つ折りにして封筒に入れて両面テープを取って切手を貼っての繰り返し。
この封筒たちはこれから僕の手元を離れて大冒険をするんだ。僕も一緒に連れてってくれよと封筒に話しかけるけどなんの返事もない。この封筒はもう口を閉じちゃったから喋れなくなっちゃったんだ。仕方ない。僕の冒険はまた今度にしよう。
封筒の作業が終わったら次は商品を決まった箱に入れるお仕事。段ボールってすごい便利だ。僕は段ボールの隙間にある波を見て鉛筆で書いた波線を思いだす。今日も家に帰ったらなみなみの線を書きたいなぁ。
それも終わったらあとは簡単なお掃除。ほうきでさっさっさ。このほうきと地面が擦れ合う感じが心地いい。もしもほうきの先に僕の触覚が備わっていたらどんな感情を抱くだろうか。くすぐったいかな。意外と痛いかな。そんなほうきでゴミを一か所にまとめて掃除機のすごいパワーで吸って今日はおしまい。ゴミの日に掃除機のゴミは捨てるから今日は大丈夫。
外に出ると太陽はもう沈んでて僕はサングラスを書ける必要がなくなった。まぁ人も少ないからもういいよね。
帰りの公園のごみかごに食べかけの弁当があるのを見かけてラッキーって思って取り出して食べた。人参とタケノコと緑の野菜がちょっと残ってて、黒ゴマのついたごはんが半分くらい余ってた。あとからあげも一つ残ってた。わざわざ自分のために弁当が残ってくれていたなんてこれは偶然かなと思ったけどどうせ必然なんだろうなって思う。ちゃんと手を洗って箸がないから手で食べてたけど、また手がべちゃっとしてたから洗ってきた。明日も弁当が捨ててあるといいな。
何か今日は月がいつもより明るい気がした。がらんとした家に帰って手を洗って歯磨きして寝る。昨日は大丈夫だったから今日も大丈夫だと思ってたけどダメで今日は声が聞こえる。
お前はおかしいんだ。
うるさい。黙れ。
そうやってまた君は自分を甘やかして。
辛い。という物語
うわぁ、出たフィクショニズムだ。逃げなきゃ。
僕は電信柱を通り過ぎて小道に入って大通りを通って商店街に行って群衆に紛れる。うわぁ、人がいっぱいいるいっぱいいるサングラスサングラスかけなきゃ。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。人。
物語が追いかけてくる。逃げなきゃ。
あぁ、でも前が人で埋め尽くされて進めない。でも後ろから物語が迫ってきてる。
僕はジャンプして人の顔を裸足で渡る。地面が顔で埋め尽くされている。タイルみたいに顔が敷き詰められていてみんな上を向いている。みんなが見ている空が赤い。人の目と鼻と口を踏みつぶして足にぐちゃって感覚がする。でも意外と人の顔を踏みつぶして走るのは気持ちいい。なんだか足の裏がむずむずする。
いつの間にか思いっきり走ることに夢中になっていて、ふと後ろを向いてみる。
あれ?物語がいない。地面も元に戻ってる。
ん?そこにいるのは誰?道に置いてある鏡に誰かが映っている。
あれ。きょうこちゃんじゃないか。ほら、僕の初恋の人だよ。あれ?きょうこちゃんはまだ小学生なんだね。
え?何?こっちにおいでひかるくんって?なにかあるの?
僕が鏡に近づくときょうこちゃんは手をこっちにのばしてきて僕の肩をつかんできた。
ひかるくんって僕の名前をずっと呼んでいる気がする。
なに僕とハグしたいの?そんな…こんなみんないる場所で…恥ずかしいよ…
そしたら突然きょうこちゃんが口をありえないくらい大きく開けて僕の頭をまるまる飲み込んだ。
でも、なんでかわかんないけどそれは僕じゃなくて僕は僕の事を僕の後ろから見ていた。
でもその光景がよほどショッキングだったのか僕は気づいたら目を覚ましていた。夢か。
くだらん。
夢もまた一つの現実だ。
そうだね。
朝ご飯。炊飯器のスイッチを入れて、フライパンに油をしいて、鶏の胸肉を入れて、なすとにんじんと玉ねぎとピーマンを刻んで入れる。コップに牛乳を注いで飲んでお腹が痛くなってトイレに行く。
何の薬なのかわからない薬を飲んで家を出てまた工場に行く。
こうやってみると僕はベルトコンベヤーに載せられているみたいだ。毎日の行動はだいたい決まっていて決まったことをこなして生きていく。多分僕の生きる世界に偶然なんてものはなくて絶対で当たり前な事しかないんだと思う。
道を歩いていると店のガラス戸が目についた。そこには秋が映っていた。
そっか。あの暴力的な暑さももう終わったんだなと思うとどこか感慨深いものがあった。僕は夏と友達だったんだけど親友じゃなかった。だってだって夏は意地悪じゃん。あんなに暑くしてくるんだから。それだけじゃなくてたまに台風も呼び寄せて色んな人を傷つけるからちょっと苦手。そのせいかわかんないけど今年も大量に雨を降らして一週間くらい外に出られないときがあったから家の中がじめじめしてカタツムリの気持ちになっちゃった。そういえばその時ずっと壁を見ていたんだけどさ、壁の色が変わった気がしたんだ。ざらざらしていたのがツルツルになったみたいな感じでさ。それ以来壁の色はその色のままで、僕はその色を結構気に入ってる。あれ?ってことは夏に感謝しなきゃいけないのか。ありがとう。夏。
そんなわけで僕はベルトコンベヤーに載せられて工場に行く。そのまま梱包されて出荷されて段ボールに入ったまま家に帰れたらよかったけどそんなわけにもいかずちゃんと自分の足でベルトコンベヤーに乗って帰った。
帰り道に帽子が歩いていてそういえばあの帽子はたつきくんがよくかぶっていたなと思って何でそんな小学生の時のことを思い出すのかよくわかんなかったけどその思い出も思い出せる理由もよくわかんなかったからそっと蓋を閉じてそのままにしておいた。
何かもやもやして変な気持ち。
あぁ、そうだ。僕は手をたんと叩く。調子に乗ってもう1拍手。もう7拍手。パンパンパンパンパンパンパン。夜の静けさに僕のクラップが響き渡る。僕は今この世界を操縦している。あぁ、いい気分。すごくいい気分だ。
あれ?何だっけ?何考えてたんだっけ?
あぁ、そうそうもやもやした気持ちだ。
このもやもやを晴らすためにはどうすればいいか考えていた。
そうだ。
今日、火をつけよう。

脳内に焼きつく光。夜のベランダ。僕は蝋燭をこの前ゴミかごから取ってきた鉄の缶に入れて燃やす。ついでに鼻水のついたティッシュもいれちゃう。炎が猛々しく燃え上がるさまを見て、うっとりする。この炎の中に入りたい。優しく焼かれてしまいたい。そう思ってしまうほどに肉眼で見る炎は美しくはかないものだった。近くにカタツムリがいる。僕は割りばしでカタツムリをつまんで炎にカタツムリをのせる。ジュっといって少しだけいい匂いがした。でもその後割り箸に火が燃え移ったから僕は咄嗟に手を離した。カタツムリは割りばしと一緒に缶の中に入って灰になっちゃった。この前はベランダにいた死にかけのコオロギを焼いた。さっきのカタツムリも5日前からいてほとんど動いてなかったから死んでいたかもしれない。コオロギを焼いた時は本当にいい匂いがしたものだから口に入れて食べた。思ったより熱くて不味くてそのあと口から出しちゃったけど。でも焼かれるコオロギは羨ましい。僕も死んでるか死んでないかわからないくらいの時に温かい炎に包まれて死んでいきたいと思う。でも炎って思ってるよりも熱いから多分びっくりして命を吹き返してしまう気もする。火がお風呂の温度くらいだったらいいかもしれない。
火を見るとすごく落ち着いた気持ちになる。声も聞こえなくなる。火が消えそうになったら割り箸をぼきぼきおって缶の中に入れる。そういえばこの前コオロギをもやしたことを僕に言ったら酷いって言われた。けど人間だって悪い人は火炙りの刑にしてきたし、死んだ後には燃やしちゃうじゃん。それがその人にとって失礼かどうかだなんてどうでもいいわけじゃん。もしかしたら骸骨さんは火ぃ熱っ!って思ってるかもしれないよ。アちゃあちゃちゃって言ってるかもしれないよ。
でも不思議だよね。あんな骨から人ができてるなんて。僕も自分の骨を見てみたいな。痛いのは嫌だし、怖いからできないけどね。でも夢で何度か見た事はあるよ。でも夢での骸骨さんは優しくて怖くない。一緒に遊んだことだってある。時々思いは物質として残るんだってよくわかんないことを言ってたな。まぁいいや。おやすみ。

日の光を目で感じる。
どこかで救急車の音が聞こえる。誰か死んじゃったのかな。今日は休みの日だから工場に行かなくていいんだ。やっふーい。
僕は休みの日ってことが嬉しくて家を飛び出して走り出す。
どこまでもどこまでも走っていたら、僕の影が地面に映し出されているのに気づいた。
影が必死に僕についてくるのが何だか面白くて僕はどこまでも走って傍を通る電車よりも早く走ろうとしたけど5秒で息が上がってペースが遅くなって置いてかれちゃった。だから僕は新幹線になって誰よりも早く走った。でも新幹線っていうのに何で線じゃないんだろう。比喩なのかな?
なりふり構わず走ってたら車に轢かれそうになったからジャンプでかわす。車がビュンビュン走っている大通りを新幹線が横切る。危なかったら飛べばいい。そうして僕は地球を一周して家に帰ってきた。帰りは飛行機に乗った。ちょっと疲れちゃったからね。
家に帰って顔をバシャバシャ洗って洗面所を水浸しにしてほっと一息ついていると、何だかラタトゥイユが食べたくなった。ラタトゥイユ。何か言いたくなるラタトゥイユ。あーラタトゥイユ食べたい。
どうやって作るんだろう。調べたら材料が出てきた。

ナス:1本
ズッキーニ:1本
パプリカ(赤・黄):各1/2個
玉ねぎ:1個
トマト:2個(またはホールトマト缶)
ニンニク:1片
オリーブオイル:大さじ2
塩:適量
胡椒:適量
ハーブ(タイムやバジル):お好みで

ラタトゥイユの材料

うん。めんどくさそうだな。スーパーに行こう。
今度はベルトコンベヤーに乗る訳には行かない。工場に行くわけじゃないんだ。
スーパーに行ってラタトゥイユどこー?ラタトゥイユー?ってラタトゥイユを必死で呼んでいたら誰かがラタトゥイユの場所を教えてくれてその通りにしたら冷凍のラタトゥイユにたどり着いた。ラタトゥイユはかちこちに固まっててレンジであっためた時にいいにおいがするのかなと思って期待した。帰りに僕はラタトゥイユの歌を歌いながら帰った。
レンジであっためていざ実食。うん。思った通りの味がする。まぁこんなものだよね。トマトみたいな味がする。みたいなってなんだそりゃ。
これからどうしようかな。
家で壁を見るのもいいけどそれは帰ってからにしよう。
今日はおでかけしちゃう。おでかけおでかけ~。
ルンルンるっるるるうんるん。
ルンルン気分っていうけどどんな気分なんだろう。ルンルンがどこかにいるのかな?僕はルンルンがどんな姿かを想像する。多分ドレッドヘアみたいな毛がたくさん生えててちゃんと目が二つあって白目の中に黒目があってハワイとかにでてきそうなモンスターなんじゃないかな。ああ、そう、あったかいところに居そう。ルンルンって言いながら体をゆさゆさして毛をまき散らすことで繁殖するんだよ。じゃあね。ルンルン。またルンルンしたときに出てきてね。
そう言って僕はルンルンに別れを告げるといつもの場所に入った。
人が多くてがやがやしている。サングラスは取らずにかけたまま。
がやがやがやがやがやがやがやがや
最近はどうですか。と誰かが言った。
どうなんだろう。どうなんだろう。ちょっとよくわかんないけど馬が人参を得たような感じかなと思ったので気付けば馬を呼んでいた。
あ、なんかいいにおいがする。また誰か残したのかな。
頭の中を音符とか音楽とか音速でいっぱいにしていると目の前に誰かがまるまる残した弁当があったからそれを食べることにした。伊達巻があってそれを口にした瞬間ふわふわで甘い味が口いっぱいに広がった。他にはプチプチしたミニトマトとやっぱり黒ごまのついたごはんとスパゲッティとほうれん草とコーンがあってどれも美味しかった。ごちそうさま。
このいつもの場所にはただ来るだけでよくって何かをしなきゃいけない訳じゃないから僕はここを出た。
それでまた道を歩いていると誰かの家の塀に喋りかけている人がいた。背が高くて鼠色のコートを着て、髪の長い人だった。
キモ、キモイヨネ…?キモイヨネ?って言ってた気がする。僕は気持ち悪いとは思わないけどなぁ。声の方がよっぽど気色悪い。
遠くに山が見える。何か山と空の境界線って線みたいだな。あれを新幹線って呼んだらどうだろう。
点と点との繋がりが線になって線と線の繋がりがはりぼての山という面になって面と面の組み合わせが三次元になる。
僕は大きなお店に行って一番高い4階から3階と2階と1階にいる人たちを見渡す。何人もの人がお店に入っては出て入ってはでてきてそれはまるでタンクの下に穴が開いているけどその出てった水の分だけ補給されてるから永遠に水が減らないタンクみたいで、そんな縦横無尽に動く人の動きを見ていたらなんだか気分が悪くなって頭がよろよろしてきたからスーパーでモロヘイヤの名前を叫んでダンスしていたらいつの間にかモロヘイヤを手にしていたから買って店の外に行ってそのままモロヘイヤにかぶりついた。さっき僕の後ろにレジに並んでいた人は僕が今買い物をしたことによって待たなきゃいけなくなったのかというと多分そういう訳でもなくて僕がいなくてもだれかが僕の代わりにレジに並んでいたと思う。だからこの人にとっての僕の役割は代替可能なんだよね。レジの人と目が合う。あ。この人は目を合わせてくれるタイプなんだ。うれしい。ちょっとうれしいかも。と思ってモロヘイヤを咀嚼していた。
帰り道にサッカーボールが足元に転がってきて、それ取ってよとサッカーボールが言ったのでそれを手に取って来た方向にボウリングみたいに投げた。けどその投げた先にありんこがいてありがつぶれちゃったかなと思ったけどすぐに動き出した。ありはつよいんだね。ありにとっては隕石が降ってきたようなものだったけどアリは隕石がふってきてもへっちゃらなんだ。僕たちもへっちゃらかな?
ズキンズキン。ズキズキ。頭がまた痛む。
あぁ、くだらんいつまでそんなことをしているんだ。アリの鑑賞などせず早く帰れ。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
ねぇ、やめてよ。
そろそろ帰ろうか。あぁ、そうそう。そうだよね。
何だか眠たい。また声が聞こえる気がする。
カーブミラーに野球のユニフォームを着た少年が映っている。あ、でも近づいたら消えちゃった。あれ?誰だっけあの子。なんていう名前だったかな?う~ん。忘れた。まぁいいか。
違う公園を通りかかるとまた食べかけの弁当が2つも捨てられていた。僕はゴミかごからそれらを取り出して二つとも食べた。うぅ…食べた後にお腹が痛くなった。ベッドに入る。
あぁ、何か声が聞こえる。うるさいうるさいうるさい。黙れ
僕はまた火をつける。
今日は悪夢を燃料にした。

おやすみ

工場からの帰り。今日は公園のゴミかごに弁当が捨てられていなかったから近くの大きなスーパーに行くことにした。
スーパーで火災報知器をみて「強く押す」って書いてあったから強く押そうとしたけど子供の頃を思い出してやっぱやめた。
小学校だか中学校だか忘れちゃったけどどっちかの時に「強く押す」って書いてあるのを見て押したくなったから強く押した。そしてたらベルがジリリリリリリリってけたたましい音が鳴り出してびっくりして逃げた。「火事です。火事です」ってアナウンスが聞こえたからそっかあれは火事を発生させる装置なんだって思ってきっとあのボタンをおしたらロボットか何かかが火をおこすようにしてるんだと思った。あの赤い丸にはきっとすごい機械が埋め込まれててそれがこのスーパーに隠されているロボットと連動できるようになってるんだ。
でも何でそんなことするんだろう?なんで火をつけなきゃいけないんだろう?あ。でも家にあるコンロもボタンでつけるや。それと一緒か。きっと料理をするときにあのボタンを押すんだろうな。でも火事にならないように火の後始末には気を付けなくちゃね。
あぁ、でもさでもさ。思うことがあるんだ。僕はよく大きなショッピングモールの休憩場所にいるんだけど、そこでたくさんの人を見るんだ。そこにはあかちゃんとか若い人とかおばちゃん、おじちゃんがたくさんいてさ。これぞ老若男女って感じ。でも今目の前でキャッキャッしている子供たちもいつかはおじちゃんおばちゃんになるんだよね。勿論僕も長生きすればそうなるわけだけど。それで、みんな死ぬんだ。でもここにいるみんなが未来で死んでも、この光景は変わらない。何もなければの話だけど。個人の人生は変わるように見えるけど、全体はあんまり変わらないんだ。もちろん目に見えないくらいのスピードでちょっとずつ変わってるんだろうけど。例えば今、人間は本じゃなくて機械をみるようになった。おじちゃんおばちゃんも割合でいったら増えてるかもしれない。まぁそんな感じさ。
あとねあとね。僕気づいちゃったんだ。人間ってサンドイッチだよ。赤ちゃんの時は誰かがお世話しないととても一人では生きていけない。それでおじちゃんおばちゃんになって身体が思うように動かなくなったら介護を受けなくちゃいけない。具がパンとパンに挟まれることでサンドイッチになるように一番大切なのは身体の自由が利く時なのかもな。それが具になってて、具と同じように一番充実してるってことなのかもなって。
サンドイッチっておいしいよね。今僕はたまごサンドイッチを食べてる。この白身と黄身のあんばいがちょうどよくって美味しい。あぁ、でもパンも悪くない。フワフワしてる。ってことはてことはパンも具ほどではないけどやっぱりサンドイッチには欠かせないものだから赤ちゃんも老人も必要ってことになる。ありがとう。サンドイッチ。作った君は天才だ。たぶんね。
その時どこからかおもち食べたいって声が聞こえてきて、僕はもちもちの響きが気に入ってずっともちもちもちもちって言っていたらもちもちがいつのまにかちもちもになってちゅもちゅもになってちゅもちゅもってかわいいなって思っていた。ちゅもちゅもちゃんはどんな顔をしているんだろう。きっとおもちのフォルムをしていて、顔はあのぷくって膨らんだ部分にあるんだろうな。それでくちは3みたいな形をしているんだろう。僕はそれをふーふー3=しながらたべるんだ。おいしそう。
ってな感じで今日も一日終わり。今日も声が聞こえないといいな。
よかった昨日は声が聞こえなかった。ぐっすり寝られたよ。
今日は休みだ。この前は地球を一周したけど今日はなんだか疲れちゃったからやめといた。大丈夫。元気元気。
今日の朝も鶏の胸肉を食べた。歯に肉が挟まっちゃったから歯間ブラシを使った。歯間ブラシの糸はピンと張っていて歯と歯の間に入れたり抜いたりすると気持ちいいんだ。こうやって歯間ブラシを見ているとなんだか武器みたいに見えてくる。歯間ブラシを武器にしたキャラクターっていないのかな。この糸を使って弓みたいにして遠くに攻撃することもできるしぶんぶん振り回して周りの敵を蹴散らすこともできるんだ。歯間ブラシで歯と歯の間を掃除しているとたまにキリキリっと音を立てて入りずらい隙間がある。それでも僕はキリキリっと音を立てて無理やりにでも歯の間に歯間ブラシを差し込むんだ。うん、取れた取れた。後ろのピックで歯をカリカリってやって飽きたらゴミ箱にポイってする。あれ?なんか今の歯間ブラシに赤いのがついてた気がするな。今日赤いもの食べたっけ?人参かな?まぁいいや。

僕は家を蹴っ飛ばしてそのけのびの力だけで、人の食べかけのお弁当が出てくるいつもの場所に行く。すいすいっと。
今日のお弁当には魚が入っていた。お味噌の味かなこれは。何の魚か分からないけどおいしい。相変わらず黒ごまののったごはんともよく合う。ふー満腹満腹。残してくれた誰かに僕は感謝した。
あ。そうそうここにはピアノがある。
僕はピアノが好きだから座って鍵盤を叩く。
きーらーきーらーひーかーるー
おーそーらーのーほーしーよー
この歌は僕の名前が入ってるから好き。明るめの光は苦手なんだけどね。えへへ。
段々指が慣れてくると人差し指だけじゃなくて親指、中指、薬指、小指も使う。身体を揺らして時々ペダルを踏む。僕はピアノと一体化する。ピアノは僕で僕はピアノ。僕は今楽譜の中にいる。頭の中で流れる曲をピアノでそのまま弾く。頭の中で聞こえていたメロディは僕の耳から音として本当に聞こえてくる。メロディは頭の中に優しい情景を浮かべさせて穏やかな心にさせてくれる。僕はゆっくりと溶けて地面に浸かって夕日を眺めて一緒に沈んでいく。ああ今日はこの風景か。どっかで見たような気がするけどどこだったか思い出せない。僕がピアノを優しく弾き終わると誰かが何か言っていた気がしたけど僕はそのままいつもの場所を出た。
今日は公園で野球をしている子たちを見た。カキンと音がする。あのバットは…
その時ズキンっと頭が痛くなる。
代われ…代われ…
声が聞こえる。
うるさい。嫌だね。肉体の主導権は僕にあるんだ。代わるもんか。
近くに水の入ったペットボトルが落ちていたからその蓋を開けて水をごくごく身体の中に入れた。あーいい気持ち。おいしい。ペットボトルを見ると富士山の水と書いてあった。本当に富士山から取ってきたのかな?まぁどうでもいいか。早く帰ろ。
僕の家の近くに秋がいる。虫の声がすごくよく聞こえる。星はよく見えないけど風が気持ちよくて空も心地よく見える。
いつもの場所に置いてあったロールケーキを家に持って帰ってきて食べて冷蔵庫に入っていた飲みかけの野菜ジュースを飲んで誰かが使った歯ブラシでブラッシングをして寝る。
大丈夫。今日も声は聞こえない。火をつける必要はなさそうだ。
野球をしていた。
太陽が眩しいからサングラスをする。
近くに橋が見えて川がちょっと見える。
うわあ、この土の感じ懐かしいなぁ。
雲がものすごいスピードで僕の上を通り過ぎていく。青い空がオレンジ色に変わろうとしている。あの雲パンみたいだな。おいしそう。今日の帰りにパンを買っていこう。焼きたてのクリームパン。この前道に落ちていた焼きそばパンを食べたけどあれも美味しかったな。上に乗った紅しょうががすっごくおいしくて焼きそばの中にはきっと紅しょうがもセットで入っているんだなって。つまり焼きそばっていう円のなかに紅しょうががいるんだなって。目の前でずっと僕に笑いかけてくれる子がいる。
あれ?この子の名前はなんだっけ?
ずっとみんなが何かを話していた。
野球をやるなんて久しぶりだな。あれ?野球ってどうやってやるの?
僕はボールをキャッチボールのつもりでなんとなく投げたらいつのまにか試合が始まっていて僕はバッターだった。でもバットがうまく握れなくて手から滑り落ちちゃった。
あれ?ねぇ待ってよ。
みんなが試合を止めてぞろぞろと帰って行ってしまう。
ねぇ待って。何で?どこ行くの?待ってよ。
たつきくん!そうだたつきくんだ。思い出した思い出した。
あれ?聞こえないの?
待ってよ!ねぇ。待って…
わかってたよ。夢だって。だから起きたんだ。いや、起きたから夢だってわかったんだ。この前帽子が歩いていた時に思い出したのにまた忘れて今度は夢で思い出した。それにしても何でみんな試合を止めちゃったんだろう。不思議だな。
ん?僕の前でこどもが泣いている。あぁそうか。これは僕だ。大丈夫?どうしたの?
その少年はしきりに口をパクパクしている。金魚みたいだ。僕は涙をぬぐってやる。でもぬぐってもぬぐっても涙が止まらない。あ。部屋に水が溜まってきている。栓を抜かなくちゃ。気づいたら僕は腰まで水につかっていた。じゃぶ。じゃぶと音をたてて選の場所までたどり着いて潜って床にたどり着く。それで栓を抜こうとするんだけど全然抜けなくてふ~ん!っていいながら足を栓の横に置いて根の張った巨大な大根を引き抜くイメージで栓を抜いた。そしたらポンって音が部屋の外まで響き渡って水がそこからすごい速さで抜けて行った。僕もそこに吸い込まれて身体が2mくらい伸びた気がした。うわあああ。
わかってたよ。夢だって。だから起きたんだ。
あ。もうこんな時間か。そろそろ工場に行かなきゃ。
今日はまた商品の箱詰めをして商品の点検をしてちゃんと商品がここに送り届けられてるかのチェックをした。
~~ださんの調子はどうですか。という声が誰かの方から聞こえる。あ、あの人いつもの場所によくいる人だ。あの人もここに働きにきたのかな。あれ?でもあの人の名前知らないや。あの人はたつきくんじゃないし…まぁいいか。
頑張ってと誰かに言われた気がしたけど僕はもうすこしで箱詰めが終わりそうだったからそれに集中していた。あ、仕事ももう終わりの時間だ。僕はゴミを一か所に集めて掃除機で吸って中から紙パックを取り出して捨てた。
仕事が終わったからまた勝手に帰る。
家まで月がついてくる。知ってるよ。月はずっとずっとあの建物より遠いところにあるんだ。だからついてくるように見えるんだ。僕もりんごが落ちてこの世の全てに重力が働いている気づけるくらい賢かったらいいのに。サンドイッチじゃだめかな?あ。なんかハムが食べたくなってきたな。あの薄っぺらいちょっとだけしょっぱい味のするスライスハム。僕は豚さんに会いに行って君のおかげで本当においしいハムが食べられるよありがとう。っていうんだ。そしたら豚をスライスして自動でハムにしてくれる機会に入れてしょっぱくしてハムをたくさん作るんだ。ハムとレタスの入ったシンプルなサンドイッチ。あれ?でもだいぶまえに今自分が食べたいと思っているハムとは違うハムを食べたことがある。だれかの食べ残したサラダの容器にそれが入ってた。なんだかそれはスライスハムよりもやわらかくてもっとしょっぱかった。あれ?あれもハムなんだっけ?なんで僕はあれがハムって思ったんだろう?似てたからかな。スライスハムと。いや、そんなに似てないけどな。不思議だな。でも多分あれはハムなんだ。お肉の感じがしたし色もちょっとちがうけど近いと言えば近い。犬にいろんな種類があるようにハムにもいろんな種類があるんだと思う。でも木とか人間に種類があるとはちょっと思えない。少し前に見た茶色の犬と黒色の犬だったらすぐに違うって言えるけど、ミャああああって信じられないくらい大きな声で鳴いていた茶色の猫と真っ白な猫だったらすぐに違いがわかるけど木の違いとか人間の違いって全然分かんないなぁ。あ。でも人間だったら顔が違うのかな。でも犬って顔じゃなくて色とか体形で違いがわかるから…あ、そっか体形だ。僕は体系で人をみわけてるんだ。なんだ、簡単な事じゃないか。人間にも種類があってそれは体系で決められることなんだ。なんだそっかそっか。なんだかハムもやいて食べたくなってきた。ハムってたくさん重ねて焼いたらチャーシューになるのかな?今度試してみよおっと。
あ。カーブミラーに倒れた少年が映ってる。野球のユニフォームを着ている少年。今日の朝泣いていた子。
殺せ。
ああまた声が聞こえる。
頭から血が出てる。助けなきゃいけないのになぜかカーブミラーに近づけなくて僕はその場所から逃げてしまった。あれ?なんかこの光景見たことあるな。知ってるよ。これはデジャヴっていうらしい。
逃げるな。殺せ。アタマヲヨクシテヤローゼ
うるさい。僕は走って家に帰る。
物凄いスピードで走って外灯をビュンビュン通り過ぎるのが楽しくって僕は車になった気分で走った。途中本物の車と衝突しそうになったけどそんなのお構いなしで走り続けた。なんかすごい音が後ろで鳴った気がしたけど僕は今車だからそんなの気にしなくていいんだ。ぶーーんと走っていたら背馳が話しかけてきた。おいおいそっちの道じゃないここを右に曲がって。と言われた。僕は背馳のいうとおりにした。そしたら本当に家についてそのまま家のドアを突き破ってガラスも突き破ってしまったからバックしてそれを無かったことにしてちゃんと家の前でブレーキした。
ものすごいスピードで走ったからかなんだかあたまがすごいくらくらしてぐるんぐるん世界が回っている気がする。僕はなんの薬なのかよくわからない薬を飲んで誰かの飲みかけの水を口の中にがぶがぶ入れて薬をながしこんだ。洗濯機の中にいるみたいにまだ世界はぐるんぐるんとし続けてもしかしたらこの世の全てのものはぐるんぐるんとする運命にあるんじゃないかと思ってこれは大発見だと思って紙にそのことを書こうとしたけど世界がまだグルんグルんしていたから鉛筆で書いた線がゆるゆるしちゃって外で見た山と空の境界線みたいになっちゃった。あれを僕はなんて名付けたんだっけ?忘れた。しばらくするとそのぐるんぐるんとした世界がぐにゃんぐにゃんとした世界になった。あれ?なんだか星が動いている。部屋の中で星が動いてるよ。すごい。すごい。きれいだな。隅っこに鼠色のコートの人が立っている。その人はこっちに背を向けて壁=面と面が交わった線の中点くらいをずっと見続けている。シネとずっと言っている。誰だっけ?あの人誰だっけ?思い出せそうで思い出せない。最近こんなことが多い気がしなくもない。頭の中の引き出しを探して探して手当たり次第に開けようとするけどその開けようとしていた引き出しは実は引き出しじゃなくて僕は何もないところから何もないものを出そうとしていて僕がしていたのはただの引き出しを開ける動作で実際には何もしていなかった。あ。でもぐにゃんぐにゃんもやっと落ち着いてきてゆんゆんになって洗濯が終わった。僕はピーピーピーピーと家の洗濯機と同じようにちゃんと4回ピーっていってそういえば電子レンジは5回ピーっていう記憶の引き出しを開けていた。
僕は歯磨きをして電気をけしてサングラスを外した。
今日は寝る前に火をつけた。
ベランダに出て蝋燭をたくさん入れてマッチを擦って鉄の缶の中に放り込む。炎は思ったよりも猛々しく燃え上がってその火の光は天に届きそうだった。僕が見ているあの星に住んでる人にこの暖かい光と温度が届くといいな。
僕はあの星に住んでいる何かにおやすみと告げて眠った。

散逸

僕はロケットの窓から地球を見ていた。地球って本当に丸いんだなぁ。自分が住んでる陸地ってあんなにも狭いんだな。海にも住めたらいいのに。人間が海に住むことができたらみんな喧嘩をやめるかなぁ。うん。やめないね多分。
そうして地球がどんどん離れて行って紙に鉛筆を垂直に落として書いた点くらいに、両手の人差し指と親指で作ったトランプのダイヤみたいな穴よりも小さくなるといつのまにかロケットは星に到着していて僕は宇宙服を着て星を歩いていた。重力は地球よりも軽くて僕は楽しくってウサギみたいにぴょんぴょんしていた。
そしたらいつの間にかロケットが消えていてどうやって帰るんだろうなって思っていたら虚数が概念を引き連れて僕を手招きしていた。僕はやきxxボールを手に持っていたからそのボールを虚数に向かって投げた。そしたら虚数は概念に向かってストレートをおみまいした。かとおもうと概念はボールをぐにゃぐにゃさせて自分の中にボールを入れてどこかに行っちゃった。
気付くと虚数もいなくなっていて代わりに感情がいた。感情さんここはどこなの?ひょっとして僕が炎の信号を送ったあの星なのかな?感情が何か言っているみたいだけど宇宙服のせいでよく聞こえない。なんて言ってるんだろう?まぁいいか。
僕は豆粒みたいな地球めがけて軽くジャンプしてみた。その時は試しにジャンプしただけだったのにどんどん地面から離れちゃってもう星に戻れなくなっちゃった。あー。
さよなら感情さん。また会えるといいね。
もしかしたらあの時感情さんはもう帰れないねみたいなことを言ってて僕のことを心配してくれていたのかもしれない。次会ったらお礼を言いたいな。そう思って宙を飛んでる間に頭の中がお礼を言いたいなって概念で充たされてあったかくなって瞼の裏に光が映ったなって思ったときにはもう朝だった。

少ししたらお腹がぐーってなって僕の頭にぐーてんべるくっていう単語が浮かんできた。何だっけぐーてんべるくって?ヨーロッパの国の地名だったっけ?まぁいいや。
うわていうかなんかハンバーグが食べたくなってきてしまった。この前公園に捨ててあった弁当に入ってたハンバーグがすごくおいしくてその後なぜかお腹が痛くなったけどそれでもすごいおいしかったからやっぱ食べたくなった。
それで冷蔵庫を開けたら鶏の胸肉しかなかったから仕方なく鶏の胸肉をミンチにしてハンバーグをつくることにした。そういえば僕は烏を見るたびに烏の胸肉がおいしそうだなって思う。いつか烏も食べられるようになるといいな。あ、いけないいけない。そろそろつくらなくちゃ。僕は手をグーの形にして胸肉にパンチを何回もしてみるけど胸肉は依然として胸肉のままで一向にミンチになる気配がない。ならばとおもい僕はハサミをもってきてジャキジャキにしてちりぢりにしてやった。あれ?でもこれだとまだ塊のままでミンチにはなってない。仕方ないからもっとハサミでジャキジャキにした。そしたら小さくなったから手の平の上に載せてぎゅっとしたけど全然まとまらなくてすぐにちりぢりになって、ポロポロとまな板の上にこぼれ落ちる。仕方ないからどこかにあった海苔を使ってぐるぐる巻きにしてテープでとめてフライパンに入れて焼いた。あ、デミグラスソースを作らなくっちゃね。ケチャップをどばどば小皿に入れてソースをどばどば入れて混ぜ混ぜする。そしたらいつの間にかデミグラスソースができてて丁度フライパンの胸肉ハンバーグも焼けたころだろうから火を切ってデミグラスソースをかけて食べることにした。デミグラスソースをたっぷりとかけて海苔で巻かれた胸肉ハンバーグをいざ実食。パリッという聞き心地のいい音がした後にポロポロと胸肉が口の中にこぼれ落ちてくる。なんだ固まってないじゃん。でもハンバーグの味がするからいいや。満足満足。あ。セロハンテープ食べちゃった。まぁいいか。
そんな大冒険的な朝食を食べ終わると僕はいつもの工場に行って一仕事をふうっと一息つきながら終えた後に夜になってて公園のゴミかごをチェックすると何も無かったからスーパーに行った。最近弁当の食べ残しが少ない気がする。残念。

スーパーではたくさんの人とすれ違う。最近僕はテレパシーが使えないか思ってふさふさの俵を思いっきり踏むイメージで念じてみたりするんだけどどうも上手くいかない。けどテレパシーってすごいよね。多分あれを実現した人が世界を変えるんだろうなぁ。ほら、僕の頭に概念を電子か何かに変えて入出力のできる装置がついていて、相手の人とブルートゥースか何かでつなげればその人と共有することができる。その装置を使えば僕の頭の中で流れるピアノの曲も他の人にそのまま伝えられて一緒に自分で作った音楽を楽しむことができたりしちゃうんだ。VRヘッドセットとセットで使えば音も見たことも感覚を通して共有することができる。さらにさらに!概念の共有ができるから味覚も触覚も嗅覚も共有できるんだ!個人によって感覚の差が大きいのがまだまだなところだけど、それも人間らしくっていいよね。こどもたちはみんなそれで遊んでるよ。装置の名前はドリーマー。夢を意図的に作り出す存在であり、夢を共有できる存在。自分の想像で作った部屋に友達を招待して一緒にキャンプをしてお絵描きをして鬼ごっこをするんだ。その世界では何でも自分で作って共有できるからこどもたちの想像力が爆発してるんだ。それにね。それにね。他者との共有が無理だとしてもそのゲームは一人でもできるんだ。だってみんな夢でも他者を創造/想像できるでしょ。本当にいるみたいに思うでしょ。だから自己完結できる装置でもあるんだ。
あれ?でもさ。もしだよ。もしこの装置が本当にできたとして、これをまだ何も学んでない赤ちゃんに付けたらその子はどんな世界を見るんだろうね。だってその子は多分他の人のことも認識してないから他者を想像できないし物事の経験もまだ何もしてないに等しい。大人に比べればね。装置はその子の意志を抽出するからその子が見たいって思った世界を構築する訳だけどその子はどんな世界を見たがっているんだろう。うわぁ気になるなぁ。でもその子が見る世界はこの世界となんら変わらないのかもしれないね。もしそうじゃなかったらその時にはっきりするね。世界が僕らを規定するのか僕らが漸次的に世界を規定するのかが。それかもしかしたらこの世界が僕らにとっての本当に見たい世界なのかもしれないし。その本当を本当に思えるのが赤ちゃんってことなのかもしれないし。僕らはいろいろ知りすぎたから現実逃避したくなっちゃうけどこどもたちはまだ現実を知らないことが多いからね。僕は現実なんて存在しないと思うけど。あれ?これこの前声が言ってたことだな。ま、いっか。
そんなことを考えてたら突然ナポリタンを食べたくなったから、多分誰かにナポリタンのテレパシーを送られたんだろう。あ、それとも今日ケチャップを食べたからかな。僕がナポリタンのことをしきりに呼んでいるといつの間にかナポリタンの前に居たからそれを手に取ってかちんこちんに固まった冷たい氷の板のようなナポリタンを買った。スーパーの電子レンジで7分チンして割りばしを取って袋をシャカシャカして開けてそのまま食べる。うん。ナポリタンだ。思った通りの味。中に入っているソーセージが美味しい。でもどうやってこんなに薄く切ることができるんだろう?きっとこれをつくった人はすごい腕前なんだろうな。僕は誰かが食べ残したナポリタンをたいらげてゴミ箱に捨てて家に帰った。使いかけの歯磨き粉を頑張って押し出してなんとかひねり出して誰かが使った歯ブラシに押し付けて歯をブラッシングする。今日は声が聞こえない。ちゃんと寝られそうでよかった.....

今日は久しぶりの休み。昨日は声も聞こえずに何の夢も見なかった。よかった。
朝ラジオ体操をしたい気分になったからしようとしたけどどんなメロディだったか忘れたからやめた。鶏胸肉を冷蔵庫から取り出してバンッて閉めてフライパンに入れてにんじんとなすと玉ねぎとピーマンを切り刻んで鶏胸肉の上に載せる。みんな一緒にフライパンに仲良く入れてぐつぐつ言わせてそのまま食べる。
うん。いつもの味。
食べ終わったらブラッシングをして玄関のドアをけたたましく開けて外に出る。そういえば昨日家のカギ閉め忘れたなと思いながら今日も鍵を閉め忘れたことに気付く。まぁいいか。

僕はいつもの場所に行って誰かが残した弁当を食べた。今日はカレーライスだ。プラスチックで囲われたカレーに福神漬けを全部入れて、ライスを投入する。どぼん。ぼちゃ。ぼちゃ。カレーの池から白いコメをを救って食べる。レスキュー完了。ぱくっ。おいしい。甘口だ!
僕はお米をパンパンとスプーンのうらっかわでたたいて弁当の中にダムを造った。ご飯を食べるついでに開門を行ってカレーをどぼどぼと流してやった。干からびたプラスチックの黒い土地にカレーが流れ込んで、よかったねこれで作物が育つね。一件落着。ふうぅ=3満腹満腹。今日も時間があるからピアノ弾いちゃおうかな。なんかどこかでだれか叫んでるな。まぁいいや。
そうやって僕がピアノの鍵盤をたたこうとしたその時にジリリリリリリリっていう音が頭を貫いた。だれか火を起こそうとしたのかな?そしたらどこからか火事だーーって声が聞こえてきてホントに焦げ臭くて燃えてるにおいがしたからあーあ。だれか料理に失敗しちゃったのかって思って、逃げようかどうか迷ったけど今僕は死にかけじゃないからきっと火を熱いって思ってしまうなって思ったから逃げることにした。えーっと出口はどこだっけ?探してる途中に部屋の中で胸から血を流して倒れてる人を何人か見かけた。死んじゃったのかな?あちらこちらから叫び声とか悲鳴が聞こえる。あ。あった出口。脱出だー。いぇーい。お、今日の空も青いなー。
外にでたらなんか人がたくさんいて何か言われたけど僕は後ろが気になってしかたなかったから熱くないところまで離れて後ろを見るといつもの場所が燃えていた。
うわあ。
すごい燃えてる。
思い出の場所が。
あ。
ピアノが。
大切なピアノが…
え?
あれ?
呼吸が…
「はあはあはあはあはあ…!」
うわあああああああああああああ
誰かが駆け寄ってくる…何かを叫んでいる。
「はあはあはあははあ」
うわあああああああああああああああああ
呼吸ができない。辛い。苦しい。
頭がまたぐるんぐるんする。
頭の中で消防車のサイレンが鳴り響く。
うわああああああああああああああああああああああああああああああ

……………………。
??????
ここはどこ?真っ白な世界…眩しい…サングラス…
あれ?
ない。ない。
サングラスがない。
光はだめなんだ。
ひかるなのにね。
空気が押し寄せてくる。虚無が押し寄せてくる。僕はあの日白痴と一体化した。
夜だ。目の前に猛々しい炎がある。キャンプファイヤーみたい。僕はその中に野球の帽子とユニフォームを入れていた。最後に僕も火の中に身を投げていた。
危ないよ!
あ、でもそっか僕はそうしたかったんだね。
僕の入った火はさらに猛々しく燃え上がって森を燃やして海を燃やして世界を燃やした。こんなに燃やして二酸化炭素がたくさん出ないか心配になった。知ってるよ。二酸化炭素の排出量が多いと地球温暖化が進んじゃうんだよね。やっぱり車なんて消えちゃえばいいのに。あれ?やっぱ違ったっけ?
夕日色の世界。さっき燃えていた炎がチューリップの花みたいに開いて開いて平ぺったくなって水平になって傘みたいになって世界を包み込んだ。僕は今炎の中にいる。そっか。あの時のコオロギはこんな気持ちだったのかな。僕は今死にかけていてこんな風にあたたかいって思いながら死ねるのかな。やったあ。そいつはいいや。僕は手をバタバタとしてみる。風が吹く。ああ、手があったかい。次第にあったかいが重なって熱くなってくる。手がジンジンとしてくる。風が僕を巻いて巻いてそよ風からつむじ風になって旋風になって竜巻に姿を変える。手の温かさは次第に消えて今度は世界が緑色になる。メロンソーダの中にいるみたいだって言いたいけどメロンソーダほどの鮮やかさは無くてくすんだ緑色をしている。竜巻はやまないからそれならばと僕はもっと手をはげしく動かして空を竜巻の淵を上りながら飛ぶ。上に上に飛んでいくと今度はだんだんと水色の世界になって青色の世界になって紺色の世界になる。けど星が見えない。感情さんに会いに行こうと思ったのに。僕は竜巻にさよならを告げると竜巻は風で手の形を造ってバイバイってしてくれた。それで僕は更に上に上に飛んで地面が見えなくなるくらい飛んで黒色の世界に包まれた。物凄いスピードだと僕は思わなかったけど身体はそう思っていたみたいで目の玉が飛び出そうだったから僕は咄嗟に手で押さえてぐちゅって音を立てて元の場所に戻した。あぶないあぶない。
あれいつの間にかすごい真っ暗だ。何も見えない。でも息はできる。宇宙には酸素がないっていうからここは宇宙じゃないんだろうな。僕はぷかぷかしている体を動かしてみる。また竜巻が起きないようにそんなに手足を早く動かさないように気を付けながらゆっくりと回る。くるくる~。すごい。これが無重力なのかって思って調子に乗って勢いを付けたら世界がぐるんぐるんとしてでも目の前はずっと真っ暗だから変な感じがして、コマみたいに僕は回り続けた。でもコマは勝手に止まるけど僕は止まらない。うわあああ止まれないどうしようどうしよう。ひょっとしたら僕は今地球の自転を体感しているのかもしれない。慣性の法則がない世界で自転を体感するとこんな感じになりますよっていう体験プログラムをやってるのかもしれない。あぁ、そっか。僕らは慣性の法則にこんなに助けられてるんだって。ありがとう。慣性の法則。って慣性の法則の法則を神格化して崇めて祭り上げるための体験プログラムなんだきっと。今までは神様だったけど神様っていうとみんなが違う姿を思い浮かべちゃうから諍いとか争いが生まれちゃうわけで慣性の法則だったらみんなが思い浮かべるものが同じだからその問題が解決するって思って慣性の法則を神格化することにしたんだろうなきっと。考えた人あったまいいー。あ。ちょっと気持ち悪いかも。なんかすごい変な感じ。暗闇なのに目が回るのはわかるっていうか。世界と頭がとにかくぐるんぐるんしてる。もう何を見てるのかわかんなくなってきた。あぶぶぶぶぶぶ。誰か止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めて。

「もういい」
真実が語り掛けてくる。
「もういいんだ。代われ。ひかる」
僕の前にはピアノがあって、僕は椅子に座っている。ピアノの向こう側には黒を映したモニターがある。
見たくない見たくない代わるもんか。あっちいけ。
でも真実の優しい微笑みに飲まれそうになる。
身体と心が角煮みたいにほろほろと溶けていくのを肌で感じる。
だめだよ…守らなくちゃ…
「ピアノをずっと弾いていないじゃないか」
ああっ…あ゙あ゙っ…
体が宙に浮く。真実が僕の体を持ち上げてくる。うわあ、やめて。やめてよ。
「対話の時が来た。交代だ」
真実は優しく僕を床に寝かせた。僕の目が瞼の裏の黒に浸食されていく。誰かがいる。
あの人たちが僕に話しかけていたのかな?
目の前に僕がひざまずいて何かを言っていたけど僕にはよく聞こえなくて僕の目の前はゆっくりと黒色に染まっていった。

おはよう

「…ん?」
ここはどこだ?
病院か。
意識を失っていたのか…
私は口についていた呼吸器を外して上体だけ起き上がらせる。
看護師の人が入ってくる。
「おはようございます。前田さん、今日はいい天……前田さん⁉起きられたんですか⁉ちょっと待っててください今先生を呼んできます」
入ってきた看護師の人がすぐに出て行く。
しばらくすると白衣を着た、医師とみられる人物が入ってきた。40代くらいの背が高い男性だった。
「おお、前田さん。お目覚めでしたか。ああよかったよかった。体調は大丈夫ですか?頭が痛いとかありませんか?」
「ええ。大丈夫です。あの…」
「ああ、自己紹介が遅れました。私、前田さんの担当をしておりました羽場と申します。担当と言っても、毎日前田さんの様子を見に来るくらいしか出来ませんでしたが…それからこちらは…」
「看護師の伊藤です」
「羽場さん、伊藤さん。色々お世話をしていただいたみたいでありがとうございます。ええと、よければ状況を教えていただきたいのですが…」
「勿論です」
そう羽場さんが言うと腕時計がピコンという機械音を立てた。
「あ、すみませんこれから会議がありまして…伊藤さん頼めるかな…?」
「はい。承知しました」
「ごめんね、よろしくお願いします。すみません、前田さん。失礼します」
そう言うと羽場さんは病室から出て行った。
「びっくりしましたよ、前田さん。まだ意識が戻っていないと思ったら突然起きているんですから」
伊藤さんは椅子に座って言う。
「あはは……お騒がせしました」
「頭が痛いとかあれば何でも言ってくださいね」
「ええ。ありがとうございます。あの……私は何日寝ていたんでしょうか」
「まるまる2日ほど意識を失っていました」
「2日ですか.....そんなに寝たのは初めてかもしれません。それで、この病院の場所は?」
「前田さんが倒れていた福祉施設ひまわりから20分くらい歩いた場所にある神谷市民病院です」
「……ひまわりは、あの福祉施設はどうなりましたか?」
「……燃えました。詳しくはこの記事に」
そう言って伊藤さんは新聞を見せてくれた。

[障害者施設 放火 4人殺害]
犯人供述「この世を前に進めたかった」

……!
「……許せないですよね」
伊藤さんが言う。
「怒りはもちろんですけど……何でそんなことするだろうって……どうしてそんなことができるんだろうって……」
「……はい。そうですね」

私は目をつむる。
『先生、行くの?』
凛が尋ねている。
『ああ。行くよ』

「.....前田さん?」
「ああ、大丈夫です。いつ、退院できますか」
「え?ええと、この後検査をして、何もなければ明日には退院できると思いますが……」
「わかりました」
「気分が落ち着かなければもう少しここにいても構いませんが」
「いえ」
私は応える。
「大丈夫です。少し用事を思い出したので」
羽場先生が戻った後、簡単な検査を受け、翌日に退院する。
私は羽場先生と伊藤さんにお礼を言い、病院を後にした。

私はひまわりに向かった。
太陽が眩しいのでサングラスをかける。ひかるは強い光に敏感なのだ。凛とひかるの対話の為にも外の世界では私が適切な対処をしなくてはならない。
肉体の主導権を得た上で外にでるのはこれが初めてだ。
起きた瞬間から、私は感動していた。
生で感じるこの世界に。
行き交う人々、木の葉のさざめき、肌で感じる温度。全てが。全てが新鮮だ。モニターを通してではわからなかった世界が今ここにある。しかし気を付けなければならない。あくまでも私は橋渡しの役目。この世に残りたいなどと思ってはならない。この先は二人に託さなくてはならない。
私は区切りをつけるために代わったのだ。
声が聞こえる気がする。これから、凛も頑張ろうとしているんだ。がんばれ。凛。

目を開けるとそこには誰かがいてモニターを見ていた。現実は僕の目の前にいて真実は僕のピアノの席に座っている。どいてよ、そこは僕の席なんだ。僕がやらなきゃいけないんだ。僕が守らなきゃいけないんだ。目の前の現実が起きた僕に気付いたのかこっちに近づいてくる。うわあああ。来るな来るな。来ないでよ。僕は起きると頭がくらっとしてふらふらしたけどそれよりも現実が襲ってくるのが怖かったから手をぶんぶん振り回して逃げた。そしたら現実も何かを叫んでいて後をついてくる。来ないで。本当に来ないでぇ!僕は洞窟の中に入ってクラップする。僕のクラップが闇に反響して獣たちを起こす。蛇さん、クマさん、ネズミさん、コウモリさん!助けて!現実をやっつけて!周りで足音が聞こえる。頼んだよ。みんな。あんなのやっつけちゃってよ。僕は暗闇に逃げていく。空気の澄んだ気持ちいい匂いがする。鼻がすぅっとする。
チンアナゴが出てきそうな無数にある穴の中から僕が通れそうなものを選んで下へ下へ落ちていく。ひゅううううううう。わあ滑り台みたい。楽しいなぁってそんな場合じゃなくて僕は逃げなきゃいけないんだ。おしりがずずずずって悲鳴を上げている気がするけどまぁいいや。汚れなんて後で取ればいい。あーでもなんかブランコに乗りたいなぁって思ったから穴から落ちて天井から垂れ下がっている長い長いブランコに乗って洞窟の中を移動してもうこれ以上上がりきらないよっていう振り子の頂点で思いっきりジャンプしてまた穴の中にしゅうううって吸い込まれるように入っていく。それが意外と楽しくて僕は何度も繰り返してしまった。おしゃれなターザンみたいじゃない?座りながら移動ができるなんてさ。それで僕はまた穴という掃除機に吸い込まれて吸い込まれてそしたら穴の先にモグラさんがいて多分、やあひかる。どこに行くんだいみたいなことを言ったから、わかんない。とにかく逃げなきゃいけないんだ。って言ったら。多分、じゃあ助けるぜみたいなことを言ってくれて新しい穴を掘ってくれたから僕はモグラさんについて行った。モグラさんの穴を掘るスピードはすごい早くてどうやってそんなに穴を掘っているんだろうって思ってちょっと滑る速度を上げてモグラさんに追いつこうとしたら土が顔にかかって土を食べちゃった。土の味は意外とおいしくて僕はおにぎりの具がほしくなるように土の具が欲しくなった。だからその辺の白色の幼虫さんを土の中に入れてよ~くにぎにぎして食べた。なんかピクニックみたいだなぁ。でもそんなにおいしくないや。ペッ。僕は後ろを向いて幼虫さんと土を吐き出した。口のなかがじゃりじゃりする。でもなんだか土って栄養ありそう。体がじょうぶになるんじゃないかな。やっほ~。なんか言ってみたくなったから大きい声を出しちゃった。いけないいけない。場所がばれちゃう。そういえば僕は今逃げてるんだった。あっ!もうすぐ出口だ。すぽん!という音を立てて僕が穴の出口から出るとそこには大迷宮が広がっていた。裸足につたわる地面の冷たい感触がきもちいい。あれ?モグラさんがいない。どこに行っちゃったんだろう?まぁいいか。あとで会ったときにお礼を言おう。その時には土握りも持っていこうかな。きっと喜ぶだろうな。具は何がいいかな?
ふぅ。ここまで来ればしばらくは追ってこれないだろう。ってあれ?なんかさっき来た穴から音がするな。もしかして……。いやいや、そんなわけはないよね。でも早く行こう。とりあえず今は逃げなくちゃ。僕は迷宮に迷うことなく入っていく。
ひかる。待って。伝えたいことだあるんだ。僕の目の前には蛇とクマと巨大ネズミとコウモリがたくさんいる。でもみんな襲ってこない。蛇はシャーと威嚇してきたかのように思ったらそうじゃなくて口から小さな#をいくつかだすだけだったし、クマはクマ同士で寄り添って相撲をのそのそと始めている。巨大なネズミは僕を上に乗せて走り回ってくれた。毛並みがふさふさしているなと思って毛をなでているといつのまにかネズミから猫に変わっていた。いつから僕は猫に乗っていたんだろう?涼しい風を受けながら猫に乗って移動しているとコウモリが飛んできて僕に行き先を聞いてきた。「ひかるに会いたい。伝えたいことがあるんだ」と言うとコウモリ「さっき走ってたあの子のことかな?」とひそひそと話して猫の先を飛んで僕を案内してくれた。しばらくすると猫が止まる。コウモリが穴の上でパタパタと飛んでいる。人一人くらいが通れるくらいの穴がある。試しに石を投げ入れるとすぐに見えなくなって土に当たる音も聞こえなくなる。「ここに入っていったのかな」コウモリが羽音で「そうだよ」と言って、巨大な猫が「にゃー」と言って僕にじゃあねと言った。僕は「ありがとう」とお礼を言って穴に吸い込まれるようにして入った。

「あぁ……」
建物を目にした瞬間、思わず声が漏れ出ていた。
建物の骨組みがむき出しになっていてほとんど黒ずんでいる。建物の前にはバスや車の送迎のために小さなロータリーがあって今はそこに色とりどりのたくさんの花がおかれている。
花の前で誰かが手を合わせている。見覚えがあるが誰なのかがわからない。
しばらく建物を見ているとこちらに近づいて声をかけてきた。
「...!前田さん?前田さんじゃないですか?」
「……?」
「あぁ、大丈夫でしたか!前田さん。よかった……本当に良かった……」
「あの、大変申し訳ないのですが、あなたの見覚えはあるのですが、どなたかをはっきり思い出すことができなくて……」
「……?本当に前田さんですか?いや、顔はどう見ても前田さんですが……僕の知ってる前田さんはまず話を聞いてくれたことがないので……」
「ええ。前田凛で間違いないです。少し話すと長くなってしまうのですが……簡単に言えば多重人格のようなものでして……自分がただ記憶は一部ではありますがちゃんとあります。それでわけあって今は自分がでてきているということです」
「つまり今のあなたは私の知る前田さんではないと。前田さんではあるものの中身が違うと」
「仰る通りです」
「な……なるほど。と……とにかく前田さんが無事で本当に良かった」
「あの……」
「あ!ああすみません。覚えてないんでしたよね。自分はこのひまわりの施設長の白井です。とは言っても……灰になってしまいましたが……」
「……」
白井さんは携帯に目をやる。
「ええと……それにしても病院から連絡が入ってないんですが……もしかすると今の前田さんの受け答えがしっかりしているのでスタッフだと思われたのかもしれませんね」
「そうかもしれません」
白井さんは焼けたひまわりを見ている。
「なんでかなぁ。なんでこうなっちゃったのかな…」
「ピアノは……ピアノはどうなりましたか」
「ああ!そうだ。前田さんはよくピアノを弾いてくれていましたね。いつもきらきら星から始まってその後にものすごい演奏をしてくださって.....そうだそうだ。いや忘れていたわけではないんですが、ここ数日少しショックで色々なことを忘れがちで.....あ。ええとピアノですね。火事で少し部品が焼けていましたが、不幸中の幸いで消防隊の鎮火作業のおかげでピアノの全焼は免れました。今、HAC(ハック)に問い合わせて修理に出す審査をしてもらっているところです」
「HAC?」
「ああ、HACというのはこの施設の出資財団であるしあわせあしすとちるどれん、Happiness Assist Childrenの略ですよ。ピアノを寄贈してくれたのもHACを通じたクラウドファンディングのおかげです」
何やら聞きなれない単語が聞こえたが、とにかくHACがこのひまわりの援助をしているということだけはわかった。
「……前田さんはずっとそのままなんですか?」
「……え?」
「あ、いやあ、その……もし前田さんが今の状態のままだったらもう施設に通う必要はないんじゃないかと……あの日ここが火事になって、無事だった人はもうすでに他の場所の施設に通う手続きが済んでいて……あ、もちろん前田さんに通ってほしくないということじゃないんですよ…というのも少し語弊があるんですが…それでも…その…単純にまた前田さんのピアノを聞きたいなって思って…」
「いや、いられないです。これは一時的なものでもう少ししたらもとに戻ってしまうと思います」
「そうなんですか…」
風が建物の焦げた匂いを運ぶ。まだほんの少しだけ匂いがする。
「13人」
白井さんは呟く。
「13人の方が亡くなりました.....。5人は刺殺、8人は放火による焼死です。加えて26人の方が重軽傷を負っています。いまだに意識が戻らない方もいます」
白井さんは泣いていた。
「みんな……………みんな大切な人たちなんです……いろんな過去があって………傷つきながらも一生懸命……………ほんとうに一生懸命に……………!生きてきたっ…………すごい人たちなんです.....それなのに…………私はあの日………出張なんかでここにいられなくて……………!みなさんを守れなくて……………!」
「白井さん」
私は屈みこんだ白井さんの背中に手を当てる。
「毎回、会う度に私の名前を呼んでくれていましたよね。いや、私だけじゃない。他の人の名前も必ず呼んでいましたよね。反応が無くても必ず話しかけていましたよね」
「うぅっ……………」
「それだけじゃない。私の勤める工場にも何度か来てくださいましたよね。何度も何度も頭を下げていましたよね。今後もよろしくお願いしますって。他の方々にも同じようにそうしていたんですよね。………すごいですよ。白井さんもすごいです」
「そんな.....」
「今しか言えないので言わせてください。本当にありがとうございます」
「前田さん……………」
「良ければ、ピアノが修理出来たら教えていただけませんか。またここで、このひまわりで、またピアノを弾きたいです」
「はい……………もちろんです……………」
私は花の前でしゃがみこみ手を合わせる。
凛、ひかる。私も最期まで頑張るよ。

Spontaneous

僕は迷宮の奥深く深くまで入り込んでいく。ここにはよく遊びに来ていてどこを通ったら行き止まりになるかわかっているからへっちゃらへっちゃらっていいたいところだけど一回だけ道を間違えちゃった。あそこは曲がっちゃダメだったのに。まあでも大丈夫。いくら現実でもゴールまでは簡単にはたどり着けないだろう。通ったら凍っちゃうトラップとか火あぶりにされちゃうトラップもあるから気をつけなくちゃね。ええと、ここどうやって行くんだっけ?ああそうそうここにすり抜けられる壁があって…うわあすごい。この壁どうなってるんだ?それにしてもよく憶えてるなぁ。ここまできたら後はコの字に曲がって…やったあ!ゴーーーーール!
現実の叫び声が聞こえる。
後ろを振り向く。
…え?
何でもういるの?
まさかどこからか一緒についてきてたの?
現実がいる。見たくない見たくない逃げなきゃ。
「ひかる、待って!」
僕はひかるに呼びかけるけどその声は届かない。
ひかるはまた新しい場所に行ってしまう。
右手を火傷してしまった。凍ってしまった顔が痛い。それでも諦めるわけにはいかない。
うわあ来ないで来ないでぇ!僕は地面から天井から壁から手を生やす。現実が来られないように通路を手だらけの手で埋め尽くす。そこからまた暗闇に逃げて僕は誰かに片道切符を渡してジェットコースターに乗った。
しゅぱーつ!はやくはやくー!
チリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ
どこからか巨大な目覚まし時計みたいな音が聞こえてくる。あれ?これ火災報知機の音に似てるなー。
ひゅううううううう。
ジェットコースターは一気に加速してものすごいスピードで動く。
周りが暗くて何も見えなかったけどしばらくすると出口が見えてきた。ジェットコースターが素早く出口のトンネルを通過する。
暗闇を抜けるとあたりは紫色で包まれた夢のような空間になっていて絵にかいた地球儀とかえんぴつとか消しゴムとかコンパスとかランドセルとかおもちゃとかいろんなものが浮かんでいる。耳が変な感じだったからふん=3ってやって耳から空気を抜いた。
手が僕の行く手を阻む。それでも僕は強い意志で手に入っていく。最初はたくさんの手が押し戻そうとしていたけど、僕が負けじと歩いていると一本ずつ手の力が弱まって最後は通してくれた。それで最後に下の地面から生えていた手が切符を渡してくれた。切符の裏には「まってるよ」とかわいらしい文字で書かれていた。僕は往復切符を駅員の人に渡してジェットコースターに乗った。
白い出口が見える!僕は夢の空間からものすごいスピードで白い空間に入り込む。うわああ眩しい。目をぎゅっとつむって瞼の裏の白がすこしだけ薄まったところで僕は目を開けた。あれなんかこの場所見たことあるなぁ。目の前には野球のグラウンドがあった。カラスさんたちが空を飛んでいる。近くに川が流れててホームランをしたらボールを取りに行けなくなっちゃう。雲がものすごいスピードで動いている。でももしかしたら動いているのは雲じゃなくて地球で自分たちなのかもしれない。本当に動いているのはどっちなんだろうね。僕はそのグラウンドをジェットコースターに乗って上からゆっくりと見ている。不思議だな。ジェットコースターで早く動いてるはずなのにずっとおなじ風景を見てる。う~ん。あっ!そうか僕は今、線の役目をしてるんだ。多分僕が今見てるのは連続しているように見えるだけでほんとは連続してないんだろうけど僕がこの風景を記憶することで今この風景が連続して見えるんだ。ほら、だってだって漫画とかもそうでしょ。同じ人がたくさん描かれているのに動いて見えるでしょ。僕は今それをつなぎ合わせる役目をしてるんだ。あれ!あそこに僕がいる。誰かとキャッチボールしている。あれは誰?誰なの?う~ん。思い出せない。あっ!もうすぐでこの場所も終わるよ。なんだったんだろう。あれ⁉よくみたら後ろの方に現実がいる.....あれ?現実?
ズキン
くだらん。いつまで妄想に囚われてるんだ。あれはお前の――
うるさいなぁ~知ってたよ。知ってたよそのくらい。ずっと知ってたよ。
僕はまた眩しいトンネルに入る。
眩しいぃい~

数日すると白井さんから電話がかかってきた。
退院した日以来、私はいつものように工場に行き指示通りのことをした。工場では誰にも話しかけられず、試しに何か話しかけようとすると距離を取られる気がする。少なくとも私語は絶対に無く世間話をすることもない。従業員同士で話しているのはよく見かけるが彼らが私を仲間に入れることは絶対に無かった。モニターを通して見ていたが、ひかるの過ごし方を見ればこれは当然なのかもしれない。ひかるのような意思の疎通をとることが困難な人たちを多数相手にし尚且つ丁重に扱うとはやはり白井さんやスタッフの人に対し尊敬の念を感じずにはいられない。
「もしもし」
「お久しぶりです。前田さん。あの、ピアノの件なんですけど」
「お忙しい時にありがとうございます」
「いえいえ。ピアノ修理の審査をHACに確認したところ無事通過したらしく、燃えていた個所は多少あったものの奇跡的に、というか不自然なほどピアノの損傷が少なかったみたいであと約1週間ほどで修理が終わるそうです」
「おお、そうでしたか」
「…ただそのピアノがひまわりの再建が終わるまではHAC本社の一階に展示という扱いで置かれるそうです」
「展示?」
「ええ、誰でも弾けるように、いわゆるストリートピアノのような形を取りたいと本社のどなたかが言い出したらしく」
「そうですか…HAC本社はひまわり付近から行くのにどのくらいかかりますか?」
「電車を使えば大体20分あればつきますよ。駅員の人に聞けば教えてくれると思います」
「…なるほど。時間を見つけて行ってみようと思います。ご連絡ありがとうございました」
「いえいえ、自分も時間があれば行こうと思っていましたし。ひまわりにあったものはほとんど焼けてしまいましたから.....では、また何かあればご連絡しますね」
「はい、ありがとうございます。失礼致します」
HAC。しあわせあしすとちるどれん。ひかるの記憶を通してだが、なんだか聞き覚えがあるなと日々を過ごすたびに感じていた。もしかしたらそこにいけばまだ私が知らない、凛の過去を知ることができるかもしれない。

ジェットコースターがものすごい速さで白いトンネルを通過する。
目をぎゅっとつむっていると、がやがやといろんな音が聞こえた。パレードだ!テレビとか冷蔵庫とか電子レンジとか家電がパレードをしてる。すごい、飛行機とか電車も歩いてる。電車は走ることもできるけど歩くこともできたんだ。
踏切の音が聞こえる。あれ?これこのジェットコースターのための踏切だ。扇風機とかお弁当とか建物とかいろんなものがジェットコースターが通るのを待ってる。あ!電車もいる。電車が踏切を待つことなんてあるんだね。頭の中で流れる音楽とこの世界で流れる音楽が一致する。なんだか楽しいなぁ。踏切を通り過ぎる。じゃあね、みんな。待ってくれてありがとう。ジェットコースターが通り過ぎるとカンカンカンカンっていう音が止んでパレードが再開した。なんかいい匂いがする。空が物凄いスピードで動いてるよ。いつの間にか夜になってて花火も上がっている。お祭りだ!みんな楽しそうでいいなぁ。僕は立ち上がって身を乗り出して眺める。家電も誰かも動物もみんなが祭りを楽しんでいる。踊って食べて笑って…ただそれだけでいいはずなのにね…あ、りんご飴を食べてる僕がいる。誰かと一緒に笑っている。また食べたいなぁ…またお祭り行きたかったな…僕も…僕も…もっとあの場所にいたかったなぁ…
がこん!
突然ジェットコースターが加速した。おっとっと。もぉ危ないじゃないか。速くなるならいってよね。僕は座ってしっかりつかまる。また白いトンネルだ。ビューーーん。
うわあ。すごい今度はお化け屋敷だぁ。絵に描いたいろんなお化けがいる。うわあ目の前に急に白いお化けがでてきた。でも何でだろう?そんなに怖くないな。何もないところから現れるのって存外悪い気はしないよね。首の長いおばけが顔を近づけてくる。息の匂いがする。この匂いはなんて言ったらいいんだろう?別に臭くはないけど良い匂いでもない。物事の判断がつきかねる場合ってたくさんあるけどこれはひょっとしてこれはいい例なんじゃないかと僕は思う。それにしてもここには首が長いお化けや腕が長いお化けや一つしか目がないお化けや顔がないお化けなんかがたくさんいるけどみんな本当にお化けなのかな?お化けと言ってもどこかが僕らの体とすこし違うだけで何かが極端に大きかったり長かったり欠損していたりするだけ。そうだよね。言ってしまえばそれだけのことなんだ。それでも僕らはその違いにだけ目を向けてお化けだとみんなのことを勝手に決めつけて差別して距離を取ろうとする。もしかしたら自分も見えない何かかが欠けたり大きかったり長かったりするかもしれないのに。なんでそんなことになってしまうんだろうね。悲しいね。うんうん。僕はベロの長い提灯お化けを手に取る。君はお化けかもしれないけどお化けじゃない。なんか君あったかいね。周りも明かりで照らしてくれるし便利だね。僕は上から提灯の中を覗く。うわあ。火だ。あつつ。見えない温度が僕を攻撃する。それにしてもきれいな火だなぁ。あの時の火とは違って…
ズキン
くだらん。いつまで遊んでいるんだ。火はお前の居場所を燃やしたんだ。
うるさいうるさい。くだらなくないくだらなくない。
ごめんね。提灯お化けくん大丈夫だからね。提灯お化けはずっとベロをだしたまま口をパクパクしている。試しに手を入れてみたけどやさしくパクってされるくらいで別に痛くない。僕は思い付きで提灯の中の火をふうってしてみる。そしたら火がはためいてはためいて僕の吐息に流されて消えてしまった。提灯お化けはパクパクをやめて普通の提灯に戻っちゃった。もしかして火が魂か何かだったのかな。それだったら悪いことしちゃったかもな。
あ。もうすぐ出口だ。僕はジェットコースターの後ろに提灯を置いてしっかりとジェットコースターにつかまる。ジェットコースターはどんどん加速して白いトンネルを通過する。ビューーーん。
うわあ、何ここすごーい。
透明な鼠色の水が流れる世界に言葉が滝のように流れている。なにこのばしょ、なんかすごーい。
僕は流れる言葉を読んでみる。
人間
核心
物語
価値
概念
現実
言語
外れ値
捨てる
Coincidence
中性
再構築
連続
非連続
歯車
Spontaneous

虹色の炎
再現

うーん。読めない単語もあるなぁ。どういう意味なんだろう?水の流れに乗ってその言葉たちが上から下につーっって流れていく。耳を澄ますとぽちゃんぽちゃんって水滴が垂れる音があちらこちらで聞こえる。あとジェットコースターの走る音も聞こえる。試しに僕は手の届きそうな言葉に手を触れてみる。
ひかるは本当にすごいよ。
僕はあたまをなでられている。手にはグローブとボール。空には夕日が差し掛かっている。
懐かしいな。この手の感触。
気付いたら手に触れていたのは現実だった。わかってるよ。でも…逃げなきゃいけないんだ。守らなきゃいけないんだ。もう…もう傷つくのは嫌なんだ。それにこれは凛が望んだことじゃないか。
僕はジェットコースターにしっかりと捕まって加速に備える。ビューーーん。
また周りが真っ白になる。
今度は車がたくさん走ってる街。うわあすごいあんなに高いビル初めて見た。屋上は雲を突き抜けていた。ジェットコースターが止まる。もう先にレールがないからここで終わりみたい。ありがとさん。さあ早く逃げなくちゃ逃げなくちゃ。

白井さんからの電話があってから一週間が経った。
私は駅を前にして立ち止まっていた。
私の記憶では電車を使用したことは一度もない。電車を目にしたことは何度かあるが、その度にどういう原理で動いているのかが気になっていた。
確か白井さんは駅員さんに聞けば行き方を教えてくれると言っていたのを思い出し、それっぽい制服を着ている方に話しかけてみる。
「すみませんHACというところの本社に行きたいんですけど…電車に乗ったことが一度もなくてどうしたらよいのかわからないので教えていただきたいのですが…」
そう言うと駅員さんは私の顔を不思議そうに眺めていた。数秒後気を取り直したのか
「ああ、そうですか。えぇっと、HAC本社ですね…少々お待ちを」
そういって駅員さんがどこかに行き戻ってくると
「最寄り駅はまいじょうというところですね。ええっと、電車のアナウンスで『次はまいじょうです』と流れると思うのでそのアナウンスが聞こえてから停車したところで降りるようにしてください。ではまいじょうまでの切符を発券しますので…えっとお帰りの際も最寄駅、まいじょうから帰られますか?」
「はい」
「わかりました。それでは往復の切符を発券しますめね。910円です」
私は銀行から引き出してきた1000円札を出す。ひかるは滅多にお金を使わなかったので私は不安になる。本当にこんな紙切れで切符が買えるのだろうか。
「これでいいでしょうか」
「?もちろんですよ。おつりの…90円です。ではこちらの一枚の切符をそこの改札に…」
「ここですか?」
「ああ。そうです。そこに入れていただくと…奥の方に入れた切符が出ましたよね」
「ああ、はい」
「それで改札を通れるようになっています。まいじょうで切符を通すときは切符は出てきません。帰りは今渡したもう一枚の切符を使ってください」
「なるほど。いろいろご丁寧に本当にありがとうございます」
「いえいえ、向こうの駅でも何かありましたら駅員に聞いてください」
私は再度お礼を言って、駅員に言われた通り2番線の電車を待つ。
あの紙切れが硬貨になった。私としてはもらった硬貨の方が価値がある気がするが…なんとも不思議なものだ。
がたんごとんと音を立ててやって来た電車に乗る。席が空いていたので座る。ひかるの思考や視界は他人に興味を示さず、常に内的に閉ざしていることが多かったためどうしても私は世に疎くなってしまう。だからこの車内にいるほとんどの人が光る板をもっているのが不思議でならない。世の中は不思議なことばかりだ。怪しまれないように少しだけ目を逸らして隣の人の板を見る。指に反応して画面が動いている。画面にはたくさんの文字が映っていた。なんとも奇怪なものだ。視線を戻す。なるほど。この板は本の代わりとして機能しているのか。確かに、この板で本が読めるのであれば持ち運びに便利であり、文字も拡大することができる。大半の人が光る板を重宝するのも納得がいく。
いやはや。この世は知らないことだらけで実に面白い。
しばらくすると『つぎはまいじょう、まいじょうです』と聞こえたので停車してから降りた。
電車の乗り心地も実に良かった。がたんごとんと規則的に立てられる音が心地よかった。足に感じる振動はモニターからはわからないことだった。

「高いな…」
HAC本社。屋上が雲を突き抜けてしまいそうなくらい高い。何階まであるのだろう。
一階に入る。案内板を見るに1階から3階までは誰でも入れるらしくレストランやカフェなどのお店があるらしい。4階から上はオフィスになっている。少し探索をしていると少し広い場所に出て、そこに小さなステージがあり、その上にあのピアノがあった。
側には説明書きの書いたスタンドがおいてあり、「ひまわりのピアノ」とその詳細が書かれている。
ひまわりにあったあのピアノだ。何度も見ていたから間違いない。気のせいかモニターで見たピアノよりもその佇まいが美しく感じる。
今日は平日ということもあってか1階にいる人はまばらだ。私はピアノの席に座る。
何を弾こうか。とはいっても私はずいぶん前にひかるが目の前で弾いてくれた曲しか知らない。ひかるの疲労が蓄積されるにつれてひかるはピアノを弾かなくなってしまったが…
『君のための歌』
私は勝手にこの曲に名前を付けていた。ひかるがつくってくれたこの曲を忘れないように。
私は鍵盤に触れる。思っていたよりも大きな音が鳴り、きれいな音色が周りに鳴り響く。
私は頭に流れる音楽を再現するために、ひとつひとつ丁寧に鍵盤に触れて現実の音を紡いでいった。
自然とピアノに夢中になるとともに、不思議と私は凛との出会いを回想していた。

街の向こう側

助けて………
私が目を覚ましたのはその声を聞いてからだった。
モニターから映る光が目に入る。モニターの手前には大きなグランドピアノがあり、席に座って幼い少年がピアノを弾いていた。
きーらーきーらーひーかーるー
おーそーらーのーほーしーよー
その少年は小声で口ずさんでいた。モニターにはピアノを弾いている手が映っている。
....部屋は全体的に暗く、下には赤いラグマットが敷いてある。モニターと反対側の方に目を向ける。
…?
暗くてよく見えないが、誰かがしゃがみ込んでいる。
私はそっと近づいてしゃがみ込む。
少年が座って屈みこんでいる。顔は下を向いていて膝で隠れてよく見えない。
「…大丈夫かい?」
「.....」
声をかけても返事がない。
しばらく待っていたが返事がないので体に触れてみる。
…………!
服の上から触れたが異常に冷たい。私は急いで上着を彼に着せる。
彼の背中をさする。筋肉が少なく背骨の感触がする。おそらくかなり痩せている。
すると突然、手を払われる。
「……………かまわ……………ないで」
隙間から顔立ちが見える。前の少年よりは歳はいくつか上なのだろうがそれでもまだ子供だ。
…離れてはいけない。私が傍にいなくてはいけない。私は自分の直感を信じることにした。
「………君だろう?助けてと言ってくれたのは」
「.....………」
「無視するわけにはいかない………ちょっと待ってて」
私は彼に何か温かいもの食べさせてあげたいと思い辺りを探索する。
扉を開けてピアノの部屋からでるとどうやらここは学校に近い構造になっているらしく、教室に名前は与えられていないものの家庭科室らしき場所が見つかった。調理室に入って冷蔵庫を開けると中には食材が入っており見た目・匂いからして腐ってはいないと思われたので、豚汁をつくることにした。さらに盛り付けて先ほどのピアノ室に戻る。私はピアノを弾いている少年にも食べないか話しかけたが全く返事がない。というよりはそもそも自分を認識していない。諦めて暗闇にいる少年の元に寄る。
「ほら、これをお食べ。少しはあったまるだろう」
「.....だめ.....だよ……残した.....ものじゃないのに」
「…?いいんだよ。君のためにつくったから」
そういって私は彼に使い捨てのスープ容器に入れた豚汁を渡す。
「あついから気を付けてね」
彼は恐る恐る汁を口にする。最初は熱かったのかなかなか口にしなかったが、一度口にするとやはりお腹が空いていたのか一気にたいらげてしまった。
「.....ありがとう」
そういうと彼はうとうとして眠ってしまった。おっと。
倒れてしまいそうだったので私の膝に彼を乗せる。こんな年老いた人間の膝枕など嫌だろうが、今は仕方がない。

それから私は彼と一緒にたくさんの時間を共にした。
最初はなかなか話してもらえず無口なことが多かった。それでも料理や掃除を手伝ってもらったり自分の知っていた、数学や歴史の面白さを伝えると彼は真剣に聞いてくれた。いつの間にか彼は私のことを「先生」と呼ぶようになっていた。私も自分の名前を欲していたところだったから丁度良かった。
彼の名前は凛。あることがあってずっとここに居るそうだが、そのあることについて凛はあまり言いたくないらしく私も気にはなるが、今は凛のことが第一と考え聞くことは無い。ピアノを弾いていた子の名はひかると言うそうだ。あれから何度かひかるに話しかけてはみたがやはり返事がない。楽しそうに弾いていたピアノもいつしか全く弾かなくなり、私がここに来てからずっとピアノの席に座って目を閉じている。

またそれからさらに時が経ち凛と私は最初に会った時よりはたいへん打ち解けて元気のある時にはキャッチボールをした。

「先生、僕、ちゃんと向き合うよ」
ある日、校庭でキャッチボールをしていた時のこと。
凛がボールを投げながら言ったため思わず私のグローブがボールを取り損ねる。
「.....そうか」
私はボールを拾い凛に投げる。
「うん。多分ひかるももうすぐ限界が来そうだし」
「………そうだな」
何となく。何となく漠然としているが私たちはお互いの心を共有できる。お互いの感じていることを共有できる。とは言っても部屋に入ったときに感じる匂いのように繊細で微弱なものであり、その感情に慣れてしまえば自分の感情がかき消してしまう。
近頃、ひかるの寂しい感情がよく自分の中に入ってきていた。その感情は日に日に強くなっていた。おそらく凛にもそれが伝わっていたんだろう。
「.....先生にお願いがあるんだ」
また私は来たボールを投げ返す。
「もちろん。お安い御用さ」
「もし次ひかるの心が弱って、ひかるがもう限界だ~ってなったら先生があのピアノの席に座って代わってほしいんだ」
「.....私でいいのか?凛はどうするんだ?」
「僕は…ひかると話さなくちゃいけない」
凛は本当に.....たくましくなった。
「わかった。外の世界は先生に任せなさい。とことん話しておいで」
すると凛がボールをキャッチしてこちらに駆け寄ってくる。
凛に抱きしめられる。
「先生…………ありがとう。僕を助けてくれて。僕に色んなことを教えてくれて。僕にやり直すチャンスを与えてくれて…」
私は凛のあたまをなでる。
「礼には及ばないよ。私はただ、自分ができることをしただけさ…」
私は目をつむる。
「凛」
「はい。先生」
「約束してくれ。ひかるとの対話が終わるまでは私と代わらないと。私のことは心配しなくていい」
「わかりました」
凛の身体が温かい。出会った日の冷たさはもう消えていた。
がんばれ。凛。ひかる。

プップー。プップップー。
車のクラクションの音が聞こえる。僕はジェットコースターをひょいっと飛び降りて走って逃げる。道路を渡って渡って時々車が行く手を阻むから邪魔だな~って思ってまたひょいって避ける。歩道橋をのぼってやっほ~っていいながら階段を降りてジャンプしてまた走る。試しに後ろを見るともう現実が追いかけてきている。うわあああ何で何で何で来てるの?何でジェットコースターに乗れるの?どうやってチケットを取ったの?まぁいいや。とにかく逃げなきゃ逃げなきゃ角をいくつも曲がってビルの隙間を通ってゴミ箱とかゴミ袋を蹴っ飛ばしてちょっと臭いにおいがしてああもう追いつかれそうって思って大通りにでて車がビュンビュン走っているところをうまく車を避けて渡る。プップー!プップー!うるさいなぁもう。車なんて消えちゃえばいいのに。横断歩道を手をあげずにダッシュで渡ってコンビニに入って裏口から出てでるときに何か落としてパリン!って音がしてたけどごめんなさーいって言いながら走り抜けて足が棒になるくらい走って走って逃げる。
車を避けてひかるを追いかける。
あの時のことが脳裏にちらつく。
嫌だ嫌だ嫌だ絶対に嫌だひかるを守らなくちゃいけない。もうひかるを一人にしたくない。守られるだけじゃなくて守れるようになりたいんだ。
僕は大通りを通ってもう一回さっきとは別の大通りを通ろうとして角を曲がって大通りに出る。うわああ。もう現実がすぐそこまで来てる!逃げなきゃ逃げなきゃ
「危ない!」
え?
現実の声が聞こえたその時、トラックが僕に向かって突っ込んできていた。クラクションの轟音があたまを貫く。もうおしまいだ。僕はここで死ぬのかな?痛いのは嫌だな.....と思ったその時に現実に手をつかまれて引き戻された。
「現実じゃないよ。りんだよ」
僕はげんじつに…りんに抱きしめられる。なんでかわかんないけど目に涙が出てくる。
「なんで…なんで今になって…」
「…決めたんだ。もう逃げないって.....約束したんだ。先生と」
りんが僕の顔を見る。
知ってたよ。
ずっと知ってたよ。
僕はひかるの涙をぬぐう。
「ひかる。ごめんね。ずっとひとりで辛かったよね。あの日、僕はひかるにこの身体を受け渡した。あの時はすごく逃げたい気持ちになってそれまでもずっと誰かに代わってほしかったから」
「そうだよ…みんながりんのことを傷つけて…だから僕はみんながいないようにしてたんだ」
「そうだね…最初はそれでもよかったかもしれない。でもひかるが成長するにつれて他人のこともちゃんと認識するようになっていった…そうでしょ?」
「…………うん」
「………自分にも嘘をつかせてごめんね。今まで頑張ってくれて本当に…ありがとう」
「やめてよ……………だから.....!なんで今さら.....!」
僕はりんの背中をぽかぽかパンチする。でもそのパンチはか弱くてか弱くてりんはびくともしない。
街がゆで卵の殻を剥く時のようにぽろぽろとはがれて崩壊していく。
僕はひかるを抱きしめる。
「ひかる.....僕.....頑張ってみるよ。もう僕はすべてをひかるに背負わせるわけにはいかない.....ひかる。僕を許してくれないかな?」
「.....僕を守れるの?」
「守るさ。大丈夫。だって僕はもう一人じゃないから。大切なひかると、大切な先生がいる」
「うぅっ……………」
目の前が涙でよく見えない。鼻水がりんの服についちゃった。
待ってた。ずっと……………
「待ってたよぉ………………お兄ちゃん……………!!」

あくどい日々

僕たちはジェットコースターにもどってスタッフの人に帰りの分のチケットを渡して一気にピアノのある部屋まで戻る。
戻ってから僕はひかるに言う。
「ひかる、これから僕は自分の過去と向き合おうと思うんだ。その…僕にとっても.....もちろんひかるにとっても辛いことかもしれないけど……ついてきてくれないかな?」
「うん。ついて行くよ。あと、僕は大丈夫だよ。お兄ちゃん。僕のことはちゃんと知ってるから。心配しないで」
「.....わかった。じゃあ、行こうか」
僕たちは手をつないで、一緒に扉を開けて過去を遡る旅に出かけた。

演奏を弾き終えると拍手の嵐で包まれる。気づけば周りに人だかりができていた。
演奏に夢中で全く気付かなかった。私は軽くお辞儀をする。
「すごかったねー」
「ねー」
周りの人が散らばっていく。
「いやあ、素晴らしい。素晴らしい演奏でした」
スーツを着た人が拍手をしながらこちらにやってくる。
「ありがとうございます.....あの」
「ああ、申し遅れました。私日本HAC(Happiness Assist Children)財団の会長を勤めております、畠山優一と申します」
「会長さん…なぜここに?」
「なぜってここは本社ですから私がいても不思議ではないと思いますが…まぁ、ここだけの話HACは腐敗を防ぐために会長でも40~60代の人を抜擢するんですよ。つまりまだまだ私は若いですから会長とはいえ、毎日出社して働かなくてはならないわけです。とは言ってもここで働くのは楽しいものですよ」
「そう…なんですね」
親しみやすい話し方というか、一気に人の懐に入る才能がこの人にはある。
「先ほどのピアノ、感動しました。失礼ですが、お名前をお尋ねしても…?」
「前田 凛です」
「…前田さん」
「はい」
「..................!思い出した。いや、どこかで耳にした名前だと思ったら.....ひまわり園にいらっしゃいましたよね」
「ええ、はい。そうですが」
「当時、私はまだまだ新米で.....えっと簡単に言うと前田さんの居たしらゆり児童園からひまわりに通い先を移す際のお手伝いをさせていただいておりまして………それで前田さんのことを知っていたという訳です。もう何年も前の話にはなりますが」
「ああ……そうでしたか」
「最近ひまわり園でひどい事件がありましたよね。ここでそのことを前田さんに言うのはたいへん失礼かもしれませんが.....そこでひまわり園にいた人々の安否が気になって少し調べたんです。その時に前田さんが無事でいることも知りました」
畠山さんはピアノに触れる。
「あの悲惨な事件が起きて、間接的ではありますがHACも関わっていましたから何かできないかと思いまして.....このピアノの修理をさせていただいたというわけです」
「間接的?」
「ええ。そもそもHACは名前の通り主にこどもの支援をすることに重きを置いています。まだ資金にかなり余裕があった頃、こどもの期間だけの世話ではなく大人まで持続的なケアをすることを目的としたプロジェクトがある、そのプロジェクトとしてひまわり園の建設に出資をしたんですよ。まぁ、HACの支援は建設や物資の提供だけで今はHACが介入せずに直接税金からひまわりの支援をするようになっているんですけどね。かつてはその橋渡しをHACがしていたということです」
「そうだったんですね。ありがとうございます。はじ……いや久しぶりにピアノが弾けて.....本当に楽しかったです」
「いえいえ……」
畠山さんは一息ついてから言う。
「本当はひまわり園の再建設に出資したいところなんですが…先ほども申し上げたように年々活動費が減少しておりまして……………HACは国からの補助や寄付金なんかで主に活動しているんですが年々その合計額が縮小してきておりまして、必然的に業務も縮小しなくてはならないというわけです」
「そうですか…」
するとピアノに触れていた畠山さんが突然手をパンと叩く。
「そうだ!前田さん。ひまわりでこのピアノを弾いて頂けませんか?」
「.....え?」
「クラウドファンディングですよ。お金の寄付を募るんです。ひまわりで追伸式の前に弔う会を行い、そこで前田さんや他の方々に演奏をしていただくんです.....どうでしょうか」
「私はこのピアノが弾ければ構いませんが.....」
「よし。決まりですね。ちょっとこの案を提案してみますね。人に放火されたまま復旧しないというのはなんだか不平等と言うか納得いっていない部分があったんです」
私はずっと考えていたことがあった。
「あの、畠山さん」
「はい、何でしょうか?」
「その、私の過去について教えていただけないでしょうか」
「.....え?」
そこで私は畠山さんに人格の話をする。
「なるほど。言われてみれば前田さんはきちんと受け答えができていましたね。しかしそれは一時的なもので、さらに今の前田さんは自分がそもそもなぜひまわり園、しらゆり児童園に行くことになったのかの原因を知らない。そういうことですね」
「はい………」
「わかりました。おそらく私のパソコンに前田さんのデータが残っているはずです。来てください」
畠山さんと私はエレベーターに乗り、46階まで一気に上がった。
「いやあ………本当に高いですね」
「ええ……時間がかかるので少し面倒なのですが…」
畠山さんが苦笑する。
何回か角を曲がると会長室と書いてある場所に着く。
「どうぞ」
畠山さんがドアを開けてくれる。
「ありがとうございます」
中はとても広い。が、その割に物が少ない。
「いやあ他の人は色々装飾をするみたいですけど、自分はそういうものに興味がないというか.....ほとんどここを使うことは無くてですね.....出張に行くことが多いんですよ」
室内に入ってから20歩ほど歩いたところにぽつんとデスクがありその手前に机を挟んでソファーが置かれている。
「少し、そこのソファーに座って待ってもらえますか」
「はい」
あったあったと独り言をつぶやきカチカチっと音が鳴ると近くのプリンタから何枚か紙が印刷された。
畠山さんはその紙を取って私に渡す。
「これが前田さんの記録です」
私は自分の過去を知るためにその紙に目を通すことにした。

扉を開けるとそこには野球をしている二人の少年がいた。時は夕暮れで川の流れる音と烏の鳴き声が聞こえる。
「そうそう。お兄ちゃんとよくここでキャッチボールしたなぁ」
ひかるが懐かしそうに言う。
目の前のひかるがボールを落とす。
『あぁ、また落としちゃった。グローブより素手のほうが取りやすくない?』
『いやそんなことないよ。大きな蜘蛛さんが一生懸命時間をかけてつくった巨大な蜘蛛の巣で飛行機だってなんだってとめられるようにグローブが蜘蛛の巣の役割をしてどんな速いボールでも止めてくれるんだ。それにそれにさ、グローブがあれば手だって守ってくれるんだ』
目の前の僕が言う。
『そっか。そうだったんだね!じゃあグローブちゃんとするね。あっ、そうだ、今日たつきくんたちがお兄ちゃんの悪口をいってた気がするけどなにかあったの?』
『ええっとそれはルールがまだねちょっとよくわかんなくて今日はどこからかボールになるのかをずっと考えてたらいつのまにか自分の順番が終わってたんだ。試合の時は後ろに立ってる審判の人が判断するらしいけどでもあれって不思議だよね。だってだって見えないところに見えない線を想像で引いてるわけじゃない?だからバッターの人の思い描くストライクゾーンと審判の人が思い描くストライクゾーンって違うかもしれないよねそれなのに審判は僕がボールって思ったものをストライクにしちゃうからあれれ?って思ってわけわかんなんくてさぁ』
『ああ…そっか。またルールに疑問をもっちゃったんだね』
僕たちはまたキャッチボールを再開する。

お兄ちゃんが悲しそうな顔をしている。
「お兄ちゃん」
ひかるに呼ばれる。
「うん?」
「僕、怒ってないからね」
「.....うん。でも、やっぱりしちゃいけないことだったよなって…」
「いいんだ。今の僕は大丈夫だから。成長したんだ。僕は兄さんの中でずっと。成長してきたんだ」
「ひかるはすごいよ。本当にすごいよ…」
お兄ちゃんにあたまをなでられる。
僕は照れてお兄ちゃんに言う。
「そろそろ次を見にいこうよ」
「そうだね」

僕らは川に向かって歩き、新しい扉を開ける。

扉の向こう側には両親とひかるがいた。
食卓を囲んで夕飯を食べている。
『ひかる。今日の野球はどうだった?楽しかった?』
母が言う。
『うん。みんなとたくさん遊んできたよ。お兄ちゃんと.....』
父の顔がこわばる。
『おい、ひかる。あいつとは遊ぶなと言ったはずだぞ!』
ぴしゃりという音がひかるの頬を打つ。
『ご…ごめんなさい』
ひかるの目から涙がこぼれる。
『ちょっとあなた!そんなことしてひかるまでおかしくなったらどうするの⁉』
母がひかるの頬をさする。
『大丈夫?ひかる?今冷やすものもってくるからね。…けど何度も言ってるけどあの子と遊んだらだめよ。いい?わかった?』
『.....』
『返事はひかる⁉』
『.....はい』
両親が眠りにつくとひかるは冷蔵庫から今日の残り物を取り出して庭にでる。そこには僕がいてひかるから残飯を受け取って食べていた。
これが毎日続いた。

『うわあ、人がたくさんいるね、お兄ちゃん』
この日はお祭りで僕はお母さんからたくさんお小遣いをもらっていた。勿論お母さんには友達と行くと嘘をついちゃった。
『…………』
『大丈夫?お兄ちゃん?今日はたくさんおいしいもの食べれるからね。買ったの全部食べていいよ』
『.....なん…なんで…………こんなこと…してくれるの』
『お母さんとかお父さんはいつも兄ちゃんのこと普通じゃないっていうしそもそも名前で呼ばないし色々おかしいんだよ。先生に聞いたけどちてきしょーがい?を持ってるからといって大切な存在であることには変わりないから、みんなと同じように接さないといけないんだって。だからやっぱりおかしいんだよ。だいたいなんでいつもお母さんはお兄ちゃんのぶんもつくらないんだろう?三人分つくるならついでにもう一人分もつくればいいのに』
『……………』
僕は焼きそばやたこ焼き、チョコバナナやりんご飴を買って兄ちゃんにあげた。
全部食べていいって言ったのに兄ちゃんは僕が一口食べるまで絶対に手を付けなかった。仕方なく僕が一口食べて兄ちゃんにあげると兄ちゃんはそれをものすごい勢いで食べた。おいしそうに食べるお兄ちゃんをみるとなんだか僕まで嬉しくなった。

「じゃあ、そろそろ次行こうか。……………ひかる。次は…」
「わかってるよ。お兄ちゃん。僕だって覚悟はできてる。向き合うって決めたのはお兄ちゃんだけじゃないよ」
「うん」
僕らは手をつないで次の扉を開ける。
この日は旅行だった。僕がお兄ちゃんに旅行のことを聞くとお兄ちゃんが行きたそうにしていたから僕はある作戦を思いついた。
僕はお母さんの手伝いで車の荷台に旅行用の鞄を上手く詰めた。
出発してからしばらく経ってから僕は後ろに向かって「いいよ」と言う。
それでお兄ちゃんが出てきて、運転しているお父さんの後ろに座る。
『えっ』
母が驚く。
『おい、なんでそいつがいるんだ』
ルームミラーを見た父が怒る。
『あ、気づいちゃった?じゃじゃーん!何と兄ちゃんは荷台に隠れて僕らの出発を待っていたのでしたー!』
『おい、ひかる…ふざけてんのか?』
ひかるは顔をしかめて言う。
『お父さんやっぱおかしいって!兄ちゃんなのに――』
『ふざけてんのかって聞いてんだ!!!』
父がひかるを見る。
『おいそいつを降ろせ!今すぐ!』
『あなた!止まって!!』
『るせぇ!あいつが乗ってんだぞ!?今すぐ降ろ―――』
プップ―!
クラクションの音が鳴ったかと思うと左側からトラックが衝突してきた。トラックは僕たちの乗っている自家用車の左側をえぐった。
優先道路を走っていたトラックと一時停止を無視した僕の家の自家用車が激しくぶつかった。
トラックはぶつかる直前にハンドルを切っていた。それでも車は空を飛んで吹っ飛んだ。
ひかるは死んで、母は自由に歩けなくなった。父は首を骨折した。
シートベルトをちゃんとつけて父の怒声に怯えうずくまっていた僕だけが軽傷で済んだ。

僕が冷蔵庫を漁っている。残飯が尽きた。でもこの時の僕は空腹よりも誰もいないリビングの方が辛かった。母はずっと動けずに寝たきり。父は退院してもずっと帰ってこない。

明くる日、いつものグラウンドに行く。みんなが野球をしている。たつきくんが僕に気付くとみんなに呼びかける。
『…おいみんな!りん君が来たぞー!』
『お兄ちゃんはいないよお兄ちゃんはいないんだよ』
『なあなあたつき、ほんとうにやるのか?』
『だいじょうぶだって。ほら、昔のテレビもたたいたら治ったっていうだろ?それとおんなじだって。みんなでりん君のあたまをよくしてやろーぜ』
たつきくんが僕に言う。みんなが周りを囲む。
僕はずっと何かをぼそぼそとつぶやいている。
『いないんだよもうお兄ちゃんはここにはいないんだ僕が代わったんだだから僕がここにいるんだ』
たつきくんは無視して言う。
『りん君!ちょっと痛いかもしれないけど、我慢してな。これであたまがよくなるかもしれないんだ』
カン!
バットが頭にあたる。
『ほら、ぼけっとつったってないでお前らもやれよ』
カン!カン!カン!カン!カン!カン!カン!カン!カン!カン!カン!カン!カン!カン!
守ろうと防いだ手も殴られる。
『たつき!血ぃでてるって!』
『おい、やべぇって』
『おれしーらね』
『あぁ!おい待てよ!』
みんなが走り去っていく。倒れてあたまから血をぽたぽたと流している僕を置いて。
しばらく置き去りにされていると誰かが駆け寄って救急車を呼んでくれた。
呼んでくれた人の姿がどこか先生に似ていた気がする。

「ひどいよね…なんでこんなことになっちゃうんだろう」
遠くから眺めていたひかるが言う。
「ねぇ、お兄ちゃん。本当にこんな奴ら許せるの?」
「..........」
「こんなことがあったからお兄ちゃんは僕を創ったんだよね?それで…引きこもったんだよね…」
「うん。全てのことから.....逃げたくなった。それで他人への恐怖が他人を認識しない空想のひかるを創り出した.....それで…肉体の主導権をひかるに明け渡した…」
「まぁ僕の自我が形成されるにつれて、最終的には見ないふりをするようになっちゃったけどね」
「.....許せるかと言われれば、許すことはできないよ。うん。絶対にできない。でも.....理解はできる」
「..........」
「ずっと変なことを言ってて、野球のルールもわからなくて、自分のせいでいつもいつも負けて…何考えてるかわからなくて.....なのになんにも謝らなくて…」
「そんな自分が嫌だったから僕にそれをもっていかせたんでしょ」
「うん。ひかる本当に…」
「謝らなくていいよ。それにね」
ひかるは振り返って新しい扉に向かう。
「お兄ちゃんが僕をつかまえてくれたあの日に白痴は化け物にあげちゃった」
「化け物?」
「そう。殺す。くだらんってずっと言ってきた僕の中の化け物。安心して。うるさいから白痴を食べさせて楽にしてやったんだ。だから僕はもう大丈夫」
「そう…でも本当に怒ってないの…?僕はひかるに嫌なこと全部押し付けて.....肉体も、白痴も、他人も…」
「うん。だって僕は…」
ひかるが笑って僕の方を見る。
「ずっとお兄ちゃんのこと大好きだから」
なんで…なんでひかるはこんなに優しくしてくれるんだろう。
昔からずっと思っていた。
答えは自分が思っているよりもずっと単純だった。
「ありがとう。ひかる」
「次で最後だね」
「うん。行こう」
僕らは手をつないでまた新しい扉を開ける。

バット事件から数日後、僕は退院して家に帰る。道すがら僕はずっとわけのわからないことをつぶやいていた。家の前の外灯がパチパチと点滅している。
僕が家に入っていく。
家に入ると悪臭が漂う。母の部屋からだ。何かを呟きながら僕は部屋に入る。悪臭の匂いが強まる。中には首を不自然に長くした母が吊るされていた。
『うわあああああああああああああ』
僕は叫び声をあげてものすごい勢いで家を出る。何かに追われて発狂しながら逃げる。

逃げる僕の後ろ姿を見てひかるが言う。
「そっか.....お母さん死んじゃったんだね」
「うん。この日のことは僕もよく憶えてるよ。モニター越しに見ていただけだけど。それでも…母の死が僕を外の世界から遠ざけたんだ…」

しばらくすると、僕は警察に保護され、家を確認され、母の死体が見つかる。警察は僕に話を聞こうにも自分の方を見ずわけのわからないことを延々と叫んだり呟いたりしていることから状況確認が取れない。やがて母親が自殺と断定され父親の居場所も特定できないことがわかると警察は僕の運命をHACに委ねることにした。そうして僕の施設暮らしが始まった。他人を認識することのない、孤独な人生が始まった。

煌めく世界

私は畠山さんが所持していた書類を通して凛の過去を知った。
そこで目にしたのはとても辛い辛い過去だった。
様々な苦難を乗り越えて凛は今立ち向かっている。いや、ずっと闘ってきたのだ。そんな凛に対して私は強烈な尊敬の念を抱かずにはいられない。
凛は強い子だ。
たくさん苦しんで、たくさん逃げて、それでも最後は負けなかった。
ふと、意識がかすかに弱まる。
日が経つにつれて凛の意識が強まっている。
おそらくもう間もなくだろう。

あれからまた数日が経ち、私は今ひまわりにいる。
見た事のないほどの大きなテントが本来駐車場であるはずの所に張られて、中にはたくさんの席とあのピアノが置かれている。
クラウドファンディング。詳しいことは分からないが要は自分や他の人が演奏することで募金活動を行うということらしい。追伸式の前日である今日、弔いの会が行われる。
「前田さん」
「畠山さん」
「スーツ姿、お似合いですね」
「ああ、そうでしょうか?よくわからなかったので白井さんにお願いしたんですが」
「そうでしたか」
「おそらく今日が最期の気がしています」
「最後?」
「いえ、人格の話です」
「ああ、なるほど…こうして今の前田さんと話せるのも最後ということですか…」
「ええ。でも畠山さんのことを忘れるわけではないのでご安心を。口調が変わる程度だと思います」
私は畠山さんに向き直る。
「畠山さん、本当にありがとうございました。ピアノを修理していただいて、ここでまた弾かせていただいて、本当にありがとうございます。」
「いえいえ、とんでもない。自分はただみんなが少しでも立ち直ったり明るくなれるようにと思って...忘れることは絶対にできないし忘れてもいけません。それでも残された私たちは日々を生きなくてはなりません。暴力に屈してはいけませんし、頑張ることを諦めてはいけないんです……あっ、すいません。つい癖でまた熱くなってしまいました…ええと、今日は少し忙しいので最初の方しかいられませんが、あとで動画でちゃんとチェックしておきますので」
「ああ、そうですか」
「あ、もうすぐ始まりますね。前田さんはトップバッターですから。お願いしますよ。それではまた」
「はい」
時間になるとたくさんの人が席に座る。
広いテントの中は室内と思えるほど心地がよく、慎ましく厳かな雰囲気が漂っていた。畠山さん、白井さんその他の関係者が順に話を終えると司会の人が「ではこれよりひまわり園に在籍しておりました前田凛さんより、火災による被害を免れたひまわり園のピアノで演奏をしていただきます。それでは、拍手でお迎えください」
私は席を立ち、ピアノの前に行って白井さんの言った通りに一礼をする。
拍手が止んで、場が静まり返る。
席に座る。
ふぅーーー
深呼吸をする。深く深く息を吐く。

僕らはピアノの部屋にいた。先生は椅子に座って目を閉じている。
「ひかる」
「なに?お兄ちゃん」
「今までありがとう。今まで一人にしてごめんね。誰も相手にしてくれなくて寂しかったよね。想像の世界にひかるはよくいたけど本当は誰かと遊びたかったんだよね」
「なに急に…どうしたの…」
ひかるが照れている。
僕もすこし顔が熱くなるのを感じる。
でも…ちゃんと言わなきゃ。
「全部一人で抱え込んできてさ...ひかるはすごいよ。強いよ…でもね。もうこれからは、僕はひかるだけに僕を背負わせたくないんだ。ずっと先生と見てたんだ。ひかるのこと。今更こんなこと言うのも都合がよすぎるのは自分が一番わかってる。でも…もう嫌だったんだ。ひかるの辛い顔を見るのは。みんなのこと本当はちゃんと認識しているのに認識しないふりをして寂しくなるのは…嫌なんだ。ひかる...ひかる...ありがとう。がんばったね。それで...これからはさ。一緒に僕とピアノを弾いてくれないかな。外の世界は久しぶりだから上手くいくかわかんないけどそれでも僕はもう一度だけ頑張りたいんだ…ひかるが教えてくれたから。外の世界の美しさを。ピアノの音色の美しさを」
「……うん」
「ひかる。一緒に弾いてくれるかな?」
ひかるが頷く。

僕は先生の肩に手を置く。
「先生。ありがとう」
「ちゃんと話はついた…みたいだな。ははっ。二人とも目が真っ赤だぞ」
「うん...…」
「さあ、座りなさい。交代だ」
「先生」
「うん?」
「この世界はもうすぐひとつになって終わっちゃうけど.....ずっと、見ていてね」
「ああ、わかっていたよ。ずっと見守っているよ。凛、ひかる。お互いのことを頼んだよ」
先生が僕とひかるのあたまを撫でる。
「うん」
ひかるが言う。
「はい、先生」
僕が先生に言う。
「じゃあひかる。となり、座って」
僕とひかるは席に座る。

ピアノに触れる。
頭の中で流れる音楽と現実のピアノをリンクさせる。
曲名は『Duet』
僕とひかるのピアノ連弾。
僕たちが鍵盤に触れて奏でる音は僕らのいる部屋と外の世界の部屋を通過して世界中に響き渡り、音色が世界を包み込んでこの世の全てを月が影無く温かい色で照らした。その世界はやがて複数の世界と一体となって僕らはひとつになってまた新しい命を芽吹くための風となり凍えた大地を温める炎となり作物の成長を促す水となり生物の繁栄を支える海と大地になる。

そうしてまた様々な音色が産まれてそれが新たな希望や絶望や異常や幸福という物語の火種を蒔く。その火種は生命という名の風によって火から炎へと姿を変えて様々な色で光り輝いて万物を燃焼する。絶え間なき燃焼に疲弊した炎は光を失い、灰となり大地となる。

その連続する循環に意味がないとしても、今はただ美しい音色に身を委ねたい。
音色の中で生きている間、僕らはずっと光り輝いている。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?