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PONDO、PONDO、PONDO、PONDOし・あ・わ・せあしすとちるどれん♪ #6

助けて………
私が目を覚ましたのはその声を聞いてからだった。
モニターから映る光が目に入る。モニターの手前には大きなグランドピアノがあり、席に座って幼い少年がピアノを弾いていた。
きーらーきーらーひーかーるー
おーそーらーのーほーしーよー
その少年は小声で口ずさんでいた。モニターにはピアノを弾いている手が映っている。
....部屋は全体的に暗く、下には赤いラグマットが敷いてある。モニターと反対側の方に目を向ける。
…?
暗くてよく見えないが、誰かがしゃがみ込んでいる。
私はそっと近づいてしゃがみ込む。
少年が座って屈みこんでいる。顔は下を向いていて膝で隠れてよく見えない。
「…大丈夫かい?」
「.....」
声をかけても返事がない。
しばらく待っていたが返事がないので体に触れてみる。
…………!
服の上から触れたが異常に冷たい。私は急いで上着を彼に着せる。
彼の背中をさする。筋肉が少なく背骨の感触がする。おそらくかなり痩せている。
すると突然、手を払われる。
「……………かまわ……………ないで」
隙間から顔立ちが見える。前の少年よりは歳はいくつか上なのだろうがそれでもまだ子供だ。
…離れてはいけない。私が傍にいなくてはいけない。私は自分の直感を信じることにした。
「………君だろう?助けてと言ってくれたのは」
「.....………」
「無視するわけにはいかない………ちょっと待ってて」
私は彼に何か温かいもの食べさせてあげたいと思い辺りを探索する。
扉を開けてピアノの部屋からでるとどうやらここは学校に近い構造になっているらしく、教室に名前は与えられていないものの家庭科室らしき場所が見つかった。調理室に入って冷蔵庫を開けると中には食材が入っており見た目・匂いからして腐ってはいないと思われたので、豚汁をつくることにした。さらに盛り付けて先ほどのピアノ室に戻る。私はピアノを弾いている少年にも食べないか話しかけたが全く返事がない。というよりはそもそも自分を認識していない。諦めて暗闇にいる少年の元に寄る。
「ほら、これをお食べ。少しはあったまるだろう」
「.....だめ.....だよ……残した.....ものじゃないのに」
「…?いいんだよ。君のためにつくったから」
そういって私は彼に使い捨てのスープ容器に入れた豚汁を渡す。
「あついから気を付けてね」
彼は恐る恐る汁を口にする。最初は熱かったのかなかなか口にしなかったが、一度口にするとやはりお腹が空いていたのか一気にたいらげてしまった。
「.....ありがとう」
そういうと彼はうとうとして眠ってしまった。おっと。
倒れてしまいそうだったので私の膝に彼を乗せる。こんな年老いた人間の膝枕など嫌だろうが、今は仕方がない。

それから私は彼と一緒にたくさんの時間を共にした。
最初はなかなか話してもらえず無口なことが多かった。それでも料理や掃除を手伝ってもらったり自分の知っていた、数学や歴史の面白さを伝えると彼は真剣に聞いてくれた。いつの間にか彼は私のことを「先生」と呼ぶようになっていた。私も自分の名前を欲していたところだったから丁度良かった。
彼の名前は凛。あることがあってずっとここに居るそうだが、そのあることについて凛はあまり言いたくないらしく私も気にはなるが、今は凛のことが第一と考え聞くことは無い。ピアノを弾いていた子の名はひかると言うそうだ。あれから何度かひかるに話しかけてはみたがやはり返事がない。楽しそうに弾いていたピアノもいつしか全く弾かなくなり、私がここに来てからずっとピアノの席に座って目を閉じている。

またそれからさらに時が経ち凛と私は最初に会った時よりはたいへん打ち解けて元気のある時にはキャッチボールをした。

「先生、僕、ちゃんと向き合うよ」
ある日、校庭でキャッチボールをしていた時のこと。
凛がボールを投げながら言ったため思わず私のグローブがボールを取り損ねる。
「.....そうか」
私はボールを拾い凛に投げる。
「うん。多分ひかるももうすぐ限界が来そうだし」
「………そうだな」
何となく。何となく漠然としているが私たちはお互いの心を共有できる。お互いの感じていることを共有できる。とは言っても部屋に入ったときに感じる匂いのように繊細で微弱なものであり、その感情に慣れてしまえば自分の感情がかき消してしまう。
近頃、ひかるの寂しい感情がよく自分の中に入ってきていた。その感情は日に日に強くなっていた。おそらく凛にもそれが伝わっていたんだろう。
「.....先生にお願いがあるんだ」
また私は来たボールを投げ返す。
「もちろん。お安い御用さ」
「もし次ひかるの心が弱って、ひかるがもう限界だ~ってなったら先生があのピアノの席に座って代わってほしいんだ」
「.....私でいいのか?凛はどうするんだ?」
「僕は…ひかると話さなくちゃいけない」
凛は本当に.....たくましくなった。
「わかった。外の世界は先生に任せなさい。とことん話しておいで」
すると凛がボールをキャッチしてこちらに駆け寄ってくる。
凛に抱きしめられる。
「先生…………ありがとう。僕を助けてくれて。僕に色んなことを教えてくれて。僕にやり直すチャンスを与えてくれて…」
私は凛のあたまをなでる。
「礼には及ばないよ。私はただ、自分ができることをしただけさ…」
私は目をつむる。
「凛」
「はい。先生」
「約束してくれ。ひかるとの対話が終わるまでは私と代わらないと。私のことは心配しなくていい」
「わかりました」
凛の身体が温かい。出会った日の冷たさはもう消えていた。
がんばれ。凛。ひかる。

プップー。プップップー。
車のクラクションの音が聞こえる。僕はジェットコースターをひょいっと飛び降りて走って逃げる。道路を渡って渡って時々車が行く手を阻むから邪魔だな~って思ってまたひょいって避ける。歩道橋をのぼってやっほ~っていいながら階段を降りてジャンプしてまた走る。試しに後ろを見るともう現実が追いかけてきている。うわあああ何で何で何で来てるの?何でジェットコースターに乗れるの?どうやってチケットを取ったの?まぁいいや。とにかく逃げなきゃ逃げなきゃ角をいくつも曲がってビルの隙間を通ってゴミ箱とかゴミ袋を蹴っ飛ばしてちょっと臭いにおいがしてああもう追いつかれそうって思って大通りにでて車がビュンビュン走っているところをうまく車を避けて渡る。プップー!プップー!うるさいなぁもう。車なんて消えちゃえばいいのに。横断歩道を手をあげずにダッシュで渡ってコンビニに入って裏口から出てでるときに何か落としてパリン!って音がしてたけどごめんなさーいって言いながら走り抜けて足が棒になるくらい走って走って逃げる。
車を避けてひかるを追いかける。
あの時のことが脳裏にちらつく。
嫌だ嫌だ嫌だ絶対に嫌だひかるを守らなくちゃいけない。もうひかるを一人にしたくない。守られるだけじゃなくて守れるようになりたいんだ。
僕は大通りを通ってもう一回さっきとは別の大通りを通ろうとして角を曲がって大通りに出る。うわああ。もう現実がすぐそこまで来てる!逃げなきゃ逃げなきゃ
「危ない!」
え?
現実の声が聞こえたその時、トラックが僕に向かって突っ込んできていた。クラクションの轟音があたまを貫く。もうおしまいだ。僕はここで死ぬのかな?痛いのは嫌だな.....と思ったその時に現実に手をつかまれて引き戻された。
「現実じゃないよ。りんだよ」
僕はげんじつに…りんに抱きしめられる。なんでかわかんないけど目に涙が出てくる。
「なんで…なんで今になって…」
「…決めたんだ。もう逃げないって.....約束したんだ。先生と」
りんが僕の顔を見る。
知ってたよ。
ずっと知ってたよ。
僕はひかるの涙をぬぐう。
「ひかる。ごめんね。ずっとひとりで辛かったよね。あの日、僕はひかるにこの身体を受け渡した。あの時はすごく逃げたい気持ちになってそれまでもずっと誰かに代わってほしかったから」
「そうだよ…みんながりんのことを傷つけて…だから僕はみんながいないようにしてたんだ」
「そうだね…最初はそれでもよかったかもしれない。でもひかるが成長するにつれて他人のこともちゃんと認識するようになっていった…そうでしょ?」
「…………うん」
「………自分にも嘘をつかせてごめんね。今まで頑張ってくれて本当に…ありがとう」
「やめてよ……………だから.....!なんで今さら.....!」
僕はりんの背中をぽかぽかパンチする。でもそのパンチはか弱くてか弱くてりんはびくともしない。
街がゆで卵の殻を剥く時のようにぽろぽろとはがれて崩壊していく。
僕はひかるを抱きしめる。
「ひかる.....僕.....頑張ってみるよ。もう僕はすべてをひかるに背負わせるわけにはいかない.....ひかる。僕を許してくれないかな?」
「.....僕を守れるの?」
「守るさ。大丈夫。だって僕はもう一人じゃないから。大切なひかると、大切な先生がいる」
「うぅっ……………」
目の前が涙でよく見えない。鼻水がりんの服についちゃった。
待ってた。ずっと……………
「待ってたよぉ………………お兄ちゃん……………!!」


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