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月灯りの下で 「悲壮」

さゆりが病床のベッドで僕を見て言う。
「ねぇ凪人。私さ。寝る前にいつも思うんだ。これはドッキリなんじゃないかって。突然凪人か誰かがプラカード持ってきてさ。ほら、ドッキリ大成功!ってやつ。それで、今までのさゆりさんの病気は全部嘘で本当は癌じゃありません!って。でも…朝起きるとさ。そんなことは決してなくて、また辛い一日が始まるんだ。ねぇ、それでもさ凪人。私は死にたくないんだよ…どんなに日常が辛くても私は死にたくない」
さゆりは凪人の手を強く握る。
「だって…凪人が傍にいてくれるから」
「…うん」
「私、凪人が傍に居なかったら多分ここまで生きてないと思う。頑張ってこなかったと思う。でも凪人がいたから何とかここまでこれたんだよ。私ね。お父さんお母さんよりも凪人と話してる時の方が楽しいんだ。別にお父さんのこともお母さんのことも全然嫌いじゃないんだけどね…凪人と話してる時が一番楽でいられるっていうか…変に取り繕う必要がないっていうか…」
「…うん」
「坂口安吾の堕落論ってさ。よく憶えてないけど、確か、堕ちきるなら堕ちきってしまえってことを言ってたんだよね。でもね。私はそれでも笑っていたいんだ。いいじゃん。落ちきっても。もうそこには損得の感情とかないんだと思う。踊っていればいいんだよ。凪人。私の病気がもし、もしも治ったらさ。一緒に踊ろうよ」
「勿論。何度でも踊ってあげるよ」
僕はさゆりを抱きしめる。もう自分が泣いているところをさゆりに見せてはいけないと思った。この悲壮感や喪失感をさゆりに伝えてはいけない気がした。
「踊りもデートも料理もセックスも何でもするよ。だから…だから…そばにいてほしいよ…さゆり…」
「もう…セックスは余計だよ(笑)…凪人。ホントに…凪人はエッチだもんね…」
二人は微笑み合う。

手放したくない…
一生傍にいてほしい…
でも…

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