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エリヴェットと白鳥のドレス

第四章 愛しい家族 ‐前編‐
 仕立屋の娘エリヴェットは、いつも忙しく働いていました。ほとんどの家事はエリヴェットの仕事でしたし、裁縫の腕はどんどん上達するので、彼女には休みがありませんでした。ところがある日、どうしても仕事を休まなければいけなくなりました。何よりも大切にしていた三つの持ち物のうち、二つが壊れてしまったのです。屋根裏にある彼女の部屋は物寂しく、不気味なほど静かでしたが、ときおり、屋根に開いたどこかの穴から、ネズミを追いかけてカラスやら猫やらが入り込むことがありました。エリヴェットが仕事をしている間に、いつも枕元に置いておいたお父さんのティーポットとお母さんの香水瓶が落ちて壊れたのも、そのせいでしょう。ティーポットは持ち手が取れて蓋も欠け、注ぎ口もポッキリ折れていました。香水瓶も、きれいに真っ二つです。幸い手鏡だけは無事でしたが、エリヴェットは悲しくて、一晩中泣き止むことができませんでした。ところがそうして泣き疲れると、良いことを思いつきました。陶器の国とガラスの国に行って、二つの品を直してもらうのです。
 エリヴェットは今まで一度も店を空けたことがなく、食料や裁縫道具を買い出しに行く以外は、町を自由に歩いたこともほとんどありませんでしたから、光の国を出て隣の国まで旅することは、あまりに無謀なことのように感じました。けれども次の朝、エリヴェットは勇気を出して
「少しだけお休みをください」
 と丁寧に夫妻に頼みました。二人はとても不機嫌そうな顔をしましたが、主人の方は、エリヴェットにほとんどの仕事押し付けていて、彼女がいなくなると困るということをあまり認めたくなかったので、
「好きにするがいい」
といつものしかめ面で言いました。エリヴェットはたいへん喜んで、丁寧にお礼を言ってから、壊れた二つの形見の品を持って店を出ました。
 エリヴェットはまず、西に向かって歩いて行きました。見慣れない大きな建物や、見たことのないおもちゃではしゃぐ子供たちの姿は、エリヴェットをとてもわくわくさせましたが、ようやく陶器の国の入り口に着くと、そこは全く別の世界のように見えて、新鮮な感動で彼女の足はすくみました。本当に、何もかもが白く滑らかな陶器でできていました。
 地面は一歩歩くたびにカツカツと高い音を鳴らし、街灯も馬車も、それを引く馬でさえも、ぼんやりと白く輝き、町のあらゆるところに、穏やかな明るい色で模様が書いてあるのです。建物の形も不思議で、ティーカップの形、角砂糖入れの形、羊の形のものから、ブーツの形をしたものまであり、どれも窓からはきちんと、オレンジ色の明かりが漏れていました。街を歩く人たちは、光の国の人よりも色が白く、透明な感じがしました。エリヴェットは、くねくねと曲がった不思議な文字で"鋳掛屋"と書かれた看板を見つけると、早速ティーポットを直してくれるように頼みました。鋳掛屋の主人はすぐに仕事を承知してくれましたし、陶器の国のことや、今いる村のことを色々と話して聞かせてくれました。そこでエリヴェットも、自分の話を聞かせました。彼女が自分で作ったドレスや、空想のドレスの話をすると、 鋳掛屋の主人は嬉しそうな顔で、素敵なことを教えてくれました。
「この村では近々、結婚式を挙げる若い恋人がいるそうだよ。花嫁は結婚式で着る婚礼衣裳に、自分だけの特別なものを注文したいらしいが、なんでも陶器の国には彼女が気に入るドレスが見つからずに困っているんだと」
 エリヴェットは是非、自分がそのドレスを作りたいと考えました。
 話をしているうちに、気づくとティーポットは見事に直っていて、割れた部分は全く何事もなかったように滑らかになっていました。
 エリヴェットはお礼を言うと、すぐに教えてもらった若い恋人たちの元へ行きました。花嫁は、若々しく華やかな美しさを持った女性でした。
「美しい幸せな花嫁様、どうぞこのわたくしに、婚礼衣裳を作らせてくださいませ。貴女様のお気に召すような、すばらしいドレスをきっと仕立てておみせしますわ」
 エリヴェットの話を聞くとたいそう喜び、すぐに話を引き受けましたので、二人はどんなドレスにするか色々と話し合いました。次の日からエリヴェットはまるまる三日間かけて、とても美しい花嫁のドレスと、揃いの新郎のジャケットを作り上げました。
 陶器の国でも服は布でできているようでしたが、光の国にはないものもたくさんありました。例えばドレスの襟元を飾るのは、薄い陶器で作られたレースです。腰を飾る大きなリボンは、布でも陶器でもない、その中間のような重たくしなやかな素材でした。陶器のビーズをふんだんに使った裾もとの刺繍は歩くたびに優雅なきらめきを見せ、ふんわりと柔らかく広がるスカートのシルエットは、花嫁の可憐な雰囲気を際立たせています。靴はもちろん真っ白な陶器でできていて、ティアラにはかすみ草のような、繊細な純白の花をたくさんつけました。
 若い恋人たちの結婚式は村をあげて行われ、花嫁のドレスはたいへん有名になりました。見たこともないほど美しいドレスを一目見ようと、大勢の人が遠くからもやって来て、みんなが花嫁の姿を褒め称えたのです。花嫁はとても喜びました。
 エリヴェットはそれだけで、花嫁と同じくらい充分に嬉しかったのですが、花嫁はドレスを作ってくれたお礼としてエリヴェットに、あるものを贈りました。それは、仮面でした。ミルクのように滑らかな土台と、黄金に深い銅色の模様を描いたくちばし、銀色の繊細な装飾と、きらきらとした青いしずくのような飾りのついた、美しい白鳥の仮面です。 エリヴェットは丁寧にお礼を言うと、大切な宝物を抱きしめて、陶器の国をあとにしました。

 エリヴェットは南の方角にある、ガラスの国を目指して長いこと歩きました。ガラスの国も、町の様子はとても不思議でした。色が溢れていて、何もかも透明で、明るい光を溜め込んでいました。建物は花や、木の形をしているものが多く、壁にはガラスでできた草のつるが巻きつき、その実にはそれぞれに、明かりが灯っていました。
エリヴェットはガラス吹きの工房を見つけると早速、香水瓶の修理を頼みました。ガラス吹きの主人は物静かでしたが、ガラスの国のことやこの村のことを話してくれました。
「美しい国だけれども、近頃は村のあちこちが壊れたり、不気味な黒い霧がかかったりすることがあるのだよ」
 エリヴェットは自分がいた光の国を出てからまだあまり日が経っていませんでしたから、黒い霧を見たことも、悲鳴を聞いたことも、町にひびが入るのを見たこともありませんでした。けれどもどことなく、ガラスの国に住む人々はその黒い霧を恐れながら暮らしているような感じがしました。ガラス吹きの主人はまた、楽しい話も聞かせてくれました。
「この村では近々、結婚式を挙げる若い恋人がいるそうだよ。花嫁は結婚式で着る婚礼衣裳に、自分だけの特別なものを注文したいらしいのだが、なんでもこのガラスの国には彼女が気に入るドレスが見つからずに困っているんだよ」
 エリヴェットは嬉しくなりました。ガラスの花嫁衣裳とはなんと美しいことでしょう。
 気がつけば、香水瓶は魔法を使ったように綺麗に直されていました。エリヴェットはお礼を言うと、若い恋人たちの所へ行きました。花嫁は物腰柔らかで清楚な印象を与える、静かな美しさを持っていました。
「美しい幸せな花嫁様、どうぞこのわたくしに、婚礼衣裳を作らせてくださいませ。貴女様のお気に召すような、すばらしいドレスをきっと仕立てておみせしますわ」
 花嫁は喜んで受け入れてくれました。次の日からエリヴェットはまるまる三日間かけて、とても美しい花嫁のドレスと、揃いの新郎のジャケットを作り上げました。
 驚くほど薄く吹いた、しなやかなガラスを何枚も重ねて作ったドレスは、周りの光を吸収して白く輝きました。スカートにはガラスの花をたくさんつけ、すらりと長く裾を引く優雅なシルエットが、花嫁のどこか儚げな美しさと見事に合っています。透明なガラスの靴と、柔らかな虹色の光を放つティアラはドレスを一層輝かせました。
 このドレスは村でとても有名になり、皆がその美しさを褒め称えました。花嫁はエリヴェットへのお礼として、首飾りを贈ってくれました。それは羽根の形をした白いガラスの飾りが何枚も付いている、とても豪華なものでした。エリヴェットは丁寧にお礼を言うと、二つの国の素敵な思い出とともに、宝物を抱きしめて、帰路に着きました。

 エリヴェットが陶器の国やガラスの国にいる間にも、実は少しずつあの黒い花は効き目を現していたのですが、それから何ヶ月も経ち、いくつもの新月が空を通り過ぎて行きました。シュヴァン王子は変わらず三つの国に黒い花を撒かされ続け、三つの国はどんどん荒廃していきました。そして光の国の城の中では、それはシュヴァン王子が悪い魔法を使っているせいだという噂がますます広がり、大臣たちは、光の国のためにもシュヴァン王子を処刑するべきだとさえ言いました。
 ついにある朝、それは新月の夜の次の朝だったのですが、王様がシュヴァン王子に
「噂は本当なのか」
 と尋ねました。王子はもちろん「いいえ」と答えたのですが、次の瞬間には呪いのせいで息がつまって何も言えなくなり、しまいには倒れ込んでしまいましたので、それは周囲の者たちの疑いをより確かなものにしただけでした。王様もお妃様も、このことをたいへん悲しく思いました。しかしここまで噂が広まった以上、王子がこのまま疑いを晴らせないのであれば、どうやって助けることもできません。
「愛しい息子よ」王様は言葉を選びながら言いました。
「この噂について何も弁明がないまま、次の新月が明けた朝にも同じように、お前が黒い仮面とともに倒れていたら、私はお前を処刑せねばならん」
 シュヴァン王子は言葉もなく、ただ空を見つめることしかできませんでした。

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