エリヴェットと白鳥のドレス
第二章 エリヴェットと三つの国
さて皆さんにもう一つ、お聞かせしておかなければいけないお話があります。それはシュヴァンより数年あとに生まれた、エリヴェットという名前の娘のお話です。エリヴェットは光の国の南部にある、大きな町に住んでいました。彼女は裕福な家の生まれで、小さい頃は蝶よ花よと大切に守り育てられておりました。ところが彼女が七歳の時、エリヴェットのお母様とお父様は、亡くなってしまいました。かわいそうなエリヴェットは冷酷な親戚の、仕立屋の夫妻に育てられることになったのです。仕立屋の夫妻は、特別にエリヴェットに意地悪をすることはありませんでしたが、それでも彼女を家族だとは思っていないようでした。食事は夫妻よりもずっと貧相でしたし、エリヴェットの部屋は狭い屋根裏にしか与えられていなかったのですから。彼女が家族の存在を感じられるものは、お父様の形見のティーポット、お母様の形見の香水瓶、それから二人からの唯一の贈り物の、小さな手鏡だけでした。両親が亡くなった時、まだ小さなエリヴェットには、遺産のことなど何も分からないのをいいことに、他のものは全て親戚たちに盗られてしまったのです。ですから、彼女はこの三つのものを何よりも大切にしていました。
お父様のティーポットは滑らかな純白の陶器でできていて、上品な青いヤグルマギクの絵柄があり、持ち手や蓋には金色の縁取りがしてありました。お母様の香水瓶は、薄桃色の色ガラスでできており、薔薇の花の繊細な彫り物がしてあります。贈り物の手鏡には一点の曇りもなく、裏には白い貝殻で美しい貴婦人の肖像が彫りつけてありました。エリヴェットは一人でいる時も、この三つの品があれば寂しくはないのです。
そしてエリヴェットにはもう一つ、小さい頃からずっと一緒にいたものがありました。それは、毎晩見続けている同じ夢です。エリヴェットは夜の森の中の舞踏会で、仮面をつけた王子様と踊っているのです。ハープやリュート、チェンバロで奏でられる天上の調べにのせて、誰かがゆったりとした、聞いたことのない子守唄を歌っています。その歌詞は、こんなものでした。
仮面のあなたは私を救い
仮面の私はあなたを救う
鏡の花の冠は
悪に打ち勝つ力を秘める
月の光の力を秘める
眠れ、心の幼い者よ
光と影はひとつになる
光と影はひとつになる
夢の中にあるのは、王子様の陶器のような白い手、周りの草木からきらきらと下がるガラス玉のような夜露、そして漆黒のビロード張りの壁にかけられた鏡のように、明るい大きな満月。エリヴェットは夢の中で、とても幸福な時間を過ごすのです。ところがほとんどの場合、エリヴェットは王子様の本当の素顔を知りたくなって、仮面の奥の瞳を見つめようとした瞬間、全てに霧のようなもやがかかり、次第に消え去って、冷たい現実の朝がやってくるのです。それでも、素敵な夢の愛おしい名残のように、子守歌の優しい旋律だけは耳に残っていて、エリヴェットの慰めとなるのでした。
仕立屋の夫妻は、エリヴェットを見習いとして小間使いに使ったり、作業の手伝いをさせたりしていました。夫妻の店に来てから数年の内に、彼女はみるみる仕立ての技術を覚えていき、どんな服でも自分で作れるようになりました。なかでもご婦人のドレスを仕立てるのがとても得意で、豪華な刺繍やフリルが施されたドレスを作るたび、それをお召しになったご婦人の優美な笑顔を想像しては、エリヴェット自身が幸せな気分になれるのでした。そしてそんな時、彼女は決まって店の屋根に登り、町全体を眺めます。町にはたくさんの人がいますが、綺麗なドレスを着ているご婦人はわずかで、お金のない人たちは皆、みすぼらしい同じような服を着ていました。エリヴェットは彼ら皆が、思い思いに好きな服を着られたらどんなに素敵かと考えるのです。彼女は色とりどりで気持ちが弾むような服を空想するのが好きでした。
そして彼女の空想はいつも、この町の中だけにとどまりません。小高い丘の上にあるこの店の屋根からは、光の国に隣接する三つの国の入り口まで見渡すことができました。光の国の西には「陶器の国」、南に「ガラスの国」、東には「鏡の国」があり、エリヴェットが住むこの大きな町は光の国で唯一、その三つの国と隣合っている町なのです。それぞれの国はむかしむかしに、光の国の職人たちが作り出したものだと言われていて、いつしか陶器やガラスや鏡から生まれた妖精たちが住み着き、今では人間と妖精が一緒に暮らしているのでした。エリヴェットはそれらの国に行ったことはありませんでしたが、噂によればそこは何もかもが明るく輝いていて、とても美しい国だということでした。エリヴェットはその国の人たちが着ている服を空想します。
「陶器の国のドレスは布製かしら、それとも陶器でできている?……もしかするとガラスの国では、ガラスを糸のように細く、柔らかくして、それで布を織る技術があるのかもしれないわ。それに、人々がみんな鏡の服を纏っていたら、お互いに映しあって、もう皆自分がどこにいるのか分からなくなってしまわないのかしら……」
エリヴェットの好奇心はますます膨らむばかりでした。
光の国にはもう一つ、隣合っている国がありました。それは光の国の北にある「影の国」で、陶器やガラスや鏡の国ができるよりもずっと前から、光の国と良好な関係を保っておりました。ところが三つの国ができた頃から、影の国の国力がたいそう弱まり、光の国との交易がほとんど途絶えてしまったのです。ですから光の国にはもう長いこと、影の国の様子が伝わっていませんでした。人々は影の国について色々な噂をしましたが、本当のことは誰にも分かってはいないのでした。エリヴェットは影の国についても空想しようとするのですが、そうするには分かっている事があまりに少なすぎて、想像はいつもはかどりませんでした。彼女の空想には、光の国と他の三つの国があるだけで充分でしたし、第一彼女にとって影の国は存在すら不確かなもので、そしてそれは、今の彼女にはあまり関係のないことでした。というのも、影の国を探そうと、それがあるはずの北の方角を眺めると、そこには影の国ではなく、光の国の中心に位置する、この国の王様のきらびやかなお城が目に入るのです。するとエリヴェットの影の国への好奇心は途切れ、代わりに彼女の心はお城での素敵な生活や、夢の中に現れるあの王子様の素顔について、空想を始めるのでした。