薔薇さん。其の一(自己紹介)
時間軸が前後しますが、私にはひいおばあちゃんが存在した。
母の祖母なのだけれど、名前は薔薇さん。
私が生まれた時にのばらと言う名前がつけられた事をとても喜んでとても可愛がってくれた。
私には1才半くらいから記憶がある。
はじめの記憶は薔薇さんに背負われてプラネタリウムを初めて見た事。
ばあば!お星様!
これこれ、のばらちゃん、大きな声を出してはダメ。
うん、でもキレイだね。
そうね、プラネタリウムっていうの。偽物のお星様よ。
偽物?
そう、人の手作りのお星様。
そうなの?普通のお星様は人が作ったんじゃないの?
そうよ。
じゃあ、誰が作ったの?
のばらちゃんはご本は好き?
うん!お母さんが読んでくれるお話大好き!
まだ文字は読めないのね。
だって、のばらはまだ小さいんだよ?
その割にはおしゃべりだけど?
じゃあ、ばあばが教えてよ。
覚える気?
もちろん!おかあさんをビックリさせるんだ!
じゃあ、毎週、ばあばのおうちにいらっしゃい。
うん!
そこからは薔薇さんの熱心なレッスンの甲斐あって、半年でひらがなカタカナ、自分の名前の漢字、母の漢字、姉たちの漢字を覚えた。
一番最後に覚えたのが父の名前の漢字。
それを覚えると、薔薇さんはピアノを教えてくれた。
猫踏んじゃったから(笑)
そしてお習字。
礼儀作法。
テーブルマナー。
茶道。
華道。
日舞。
美術鑑賞。
音楽鑑賞。
文章作り。
明治時代の女性にしては何でも知っていて、その町一番の賢者だと言われていたひいおじいちゃんに相応しいお嫁様だったのだと思う。
たくさん、たくさん、教えてくれた、大好きな薔薇さん。
でも、1年経った頃にはもう薔薇さんは齢80を超えていた。
当時で82歳。
タバコが好きな薔薇さんの肺は確実に蝕まれていて。
きっかり1年後。
私のレッスンをはじめて1年後に薔薇さんは血を吐いて倒れた。
大好きだったのに。
私を置いて入院してしまった薔薇さん。
ねえ!おかあさん、私はひいおばちゃんに色んな事を教えてもらいました。
だからひいおばあちゃんのお見舞いに行きたいです。
「のばらちゃん、ひいおばあちゃんのところから帰ってくる度に色々覚えてきたものね…気持ちは分かる。でもお母さんにとってもひいおばあちゃんは大事な人で、ひいおばあちゃんが居なくなるのが怖いのよ。」
おかあさん、じゃあ、ひいおばあちゃんのところに行きましょう。
「のばらちゃん、お母さんの話、聞いてた?」
聞いていましたとも!だから一緒に病院にお見舞いに。
「どうしてそうなるの?」
薔薇さんは言ってました。生きとし生けるものはいずれ皆死ぬんだって。
それを悲しんでいては前に進めないんだって。
「のばらちゃんは本当に2才児なのかしら(笑)」
バカにしないでください!ちゃんと2才です!
「指が3本出てる(笑)」
あら(左手で右手の指を1本折る)
「そういうところは子供なのね(笑)」
う…。
「分かった。のばらちゃん、行きましょう。」
薔薇さんに会えるんですか?
「うん。」
じゃあ、お花を摘んできます!お見舞いの!
「のばらちゃんの事だから花言葉を込めるんでしょう?野の花に無いのならお花やさんで買いましょう。」
いいんですか!?
「うん、お母さんにとっても大事なおばあちゃんだしね。」
はい!
わーい!薔薇さんに会える!
お花!
じゃあ、ガーベラとフリージアとマーガレットとなでしことミント!
「そんなに?(笑)」
はい!
「お母さんのお小遣いが足りるかな?」
調節すればいいんです!私が計算します!
「そう?じゃあ、お花やさんに行こうか。」
はい!お願いします!
「じゃあ、自転車を出そうか。」
お母さんは運転免許は取らないんですね。
「うん…。」
私が大きくなったら免許を取ってお母さんを色んな所に運びます。
「楽しみにしてるわ。」
はい!じゃあ、のばらが大人になるまではお願いします。
「うん(笑)」
お花やさんでは思い通りのお花が買えた。
母の自転車の後部座席。
花束の良い香りに顔を埋めながら幸せだった。
まだ死と言うモノを知らなかった。
どれだけ色々な事を覚えても私は幼かったのだ。
続きます。