暴君。(自己紹介)
父は乱暴な人だった。
私は静かな子供だったので、手は上げられなかったのだが、姉たちは違った。
父が帰ってくると姉たちは恐慌状態に陥る。
ギャン泣きする姉たち。
黙ればいいのに、父が怒るとまたこれがけたたましく泣くのだ。
HとAとしよう。
ふたりは双子だ。
揃って不愉快なほど姦しく、父が「ちょっとくらい殴っても大丈夫だろう」と思ってしまう程度に体格が良かった。
毎日、HとAは殴られていたと思う。
なんでのばらは殴られないのお!?
とはよく言われた。
当たり前だ、私は騒がないもの(笑)
しかし、姉たちはそれがどうも気に入らないらしく、私は姉たちに折檻をうけた。ヒョロヒョロの肢体に受けるには苛烈な暴力で、ある日は階段から突き落とされたり、ある日は両腕をふたりに捕まれて反対方向に引っ張られたり、体当たりされたり、上に乗られてプレスされたり、お菓子を取り上げられたり、ジュースに似せた色水を飲まされたり(精巧にオレンジジュースなら橙色の色水にオレンジジュースを一口混ぜたり、カルピスなら乳白色の色水にカルピスをほんの少し加えたり、悪意が篭っていた。そのうち姉たちかた手渡された物は受け付けなくなるのだ)人糞を体に塗られたり、首を絞められたり、大事な本に落書きされたり、筆記用具を隠されたり、昼寝を妨害されたり、服を破かれたり、アイロンを押し付けられたり、口と鼻を塞がれたり、お風呂に沈められたり、鼓膜を耳掻きで破られそうになったり、耳朶に穴を開けられたり(みっともないので後日自分でピアス穴を開けた)とにかく色々した。
そして姉たちの悪行は必ず私の体に刻まれるので、夜には両親に発覚した。
そうすると双子が父にブンブン殴られるのだが、ふたりには学習能力が無い。
のばらがチクってるんでしょお!と。
いやいや、お風呂に入る時にバレるじゃない?と、説き伏せてもムダ。
じゃあ、私たちと一緒に入りなさいよ!と来る。
何が悲しくて暑苦しいデブゴン2匹とお風呂に入らなければいけないのか。
お風呂は狭い方ではないけど、そんな事なら自分ひとりで入りたい。
よって返す言葉は「嫌なこった」なのだが、それが双子の怒りに油を注ぐ。
じゃあ、せめてお父さんとお風呂に入るの止めなさいよ!
あ、それは無理。私に拒否権は無いから。
拒否権ってナニ?
そんなことも知らないの?
ば、馬鹿にしてないで教えなさいよ!
嫌だっていう権利が無いってこと。
はあ、お父さんが怖いの?
はあ、お父さんの前で震えてるのはどなたですかね。
あんた…!
その拳を振り下ろしたら…どうなるか判ってるの?
…脅し。
忠告。
「忠告」ってナニ?
ひたすら私の言葉を繰り返す。
注意のちょっとキツい言い方。
ヘエ…。
感心してるし(笑)
は!そうじゃない!私たちはのばらが気に入らないのよ!
「のばらちゃん!」
あ、お母さんが呼んでる。じゃあね。
のばら!待ちなさい!
お母さんが呼んでるから、無理。
「何してたの?」
お姉ちゃんたちと遊んでました。
それはいいけど、どうしたんですか?
「ううん、ちょっとのばらちゃんを抱っこしたくて(笑)」
ちょっと待ってください。玩具も片付けて来ます。よく遊んだので散らかってます。
「これは?」
!
「のばらちゃんが犯人ではなさそうよ」
……。
「玩具を壊されて怒ってるの?」
うん。
「のばらちゃんには珍しいね」
はい。
「お父さんにお仕置きしてもらう?」
いえ、却って恨まれるので。
「じゃあ、お母さんと一緒にお風呂に入ろう」
はい、お願いします。
「のばらちゃんは用事なのに敬語が使えるのね(笑)」
そうですか?
「ほら(笑)」
帰ったぞ。
「あら、お父さんだ。のばらちゃん」
はい、お出迎えですね。
「うん、いい子」
お父さん。と、玄関にちょこんと正座をして三指を突く。
おかえりなさい。
おう、のばら。お迎えご苦労。鞄。
はい、お持ちします。あ、お父さん、シー。
うん?
あんまり大きい声を出すとお姉ちゃんたちがまた。
いいんや。面白いから。
はあ。
おう!子豚ども!帰ったぞ!
ぎゃあああああん!お父さん!
…何故そこで泣くかな?余計に殴られるのに。
今夜も我が家に、父の殴打する音が響く。
私はそれでも自分が幸せだと信じていた。
3才の誕生日が来るその時まで。
最悪な瞬間を迎えるまで、あと、数ヶ月。
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