連載小説 「電話」 第1回
テディ・ベアの片方の目玉をつけ終わって時計を見た。もう片方の目玉をつけてしまえば完成なのだけれど、この作業は手が抜けない。最後の目玉を付けたとたんにテディ・ベアが呼吸をし始めるのだ。それまではただの布切れと綿の塊だったものが両方の目がそろったとたん人格を持ち始めるような気がする。そして、二つ目の目玉の位置の微妙な加減でテディ・ベアの表情が決定するのだ。1ミリどころか0.1ミリの違いでも表情が変わってしまう。愛らしくもなったり、どうにも気に食わない子になったりもする。子どもを持てなかった私が、いつ頃からかクマのぬいぐるみを作り始め、それが趣味になり、ちょっとしたアイデアを加味してネットで紹介したら評判になって、今では月に三件ほど注文が来るようになった。産着やお宮参り、七五三参りの着物をほどいてパッチワークのテディ・ベアに仕立て、それを結婚式で嫁ぎ行く娘から両親へのプレゼントにするというアイデアだった。嫁ぎ行く娘の気持ちで作り始め、いつしか、受け取る側の親の年齢に近くなっていたが、仕事とも呼べない、趣味に毛が生えたようなこの作業が今では私の生きがいにもなっていた。だから最後の目玉をつけ終える作業は最も大事にしたかった。
ここで手に持った針をピンクッションに戻し、もう一度時計を見る。かけたい電話が一本あった。どんな時間にかけたら良いのか事情がよくわからない相手なのだ。古い手帳の中の電話番号をもう一度確かめて受話器をとった。相手の電話を呼び出している音を三回、四回と数える。左手の指先で呼び出し音に合わせて三回、四回と無意識にテーブルを叩いていた。さっき針で突いた小さな傷がちくりと痛んだ。何回まで数えて出なかったら切ろうか…あまり事情のわからない相手にかける電話はそれだけでも緊張する。夜の九時。よく考えてかけた時間だ。六回目で相手が受話器を取り上げる。
「はい、吉本です」
聞き覚えのある声が応答する。出て欲しい本人が出てくれてホッとした。声が懐かしい。