短編小説「洋菓子の日」
「今日は洋菓子の日だって知ってた?」
美咲が嬉しそうにそう言いながら、スマホを僕に見せてくる。おしゃれなカフェの写真が並ぶSNSの投稿だ。僕はちらっと画面を見て、ただ「へえ」とだけ返事をした。
僕と美咲は付き合い始めてもう3年目だが、正直、彼女のこういうイベントごとに乗り気になれたことは一度もない。バレンタイン、ハロウィン、クリスマス…次々と巡る「特別な日」。僕はただの日常で十分だと思ってる。
「ねえ、せっかくだし、ケーキ買って帰ろうよ!」
彼女は手を叩いて提案してくる。駅前のケーキ屋のショーウィンドウには、まるで宝石みたいにキラキラしたスイーツがずらりと並んでいた。確かに、美味しそうではあるけれど、値段を見るとため息が出る。「今日は特別だから、ちょっと奮発しよう!」美咲はそう言い、すぐにショートケーキを指さした。
「じゃあ、これで」と僕が店員に告げると、美咲はすごく嬉しそうに微笑んだ。その顔を見て、まあいいかと思う。ケーキくらいで幸せになってくれるなら安いもんだ。
家に戻り、ケーキをテーブルに並べて、二人で食べ始める。美咲はフォークを持ちながら、また何か思いついたようにニヤリと笑う。
「ねえ、このケーキ、実は魔法がかかってるんだってさ」
「また冗談でしょ?」僕は苦笑いしながら返した。美咲は悪戯っぽい笑みを浮かべながら続ける。
「ううん、本当。食べたら、二人の関係がもっと良くなるんだって」
「へえ、どこでそんな話を?」
「ネットで見たの」美咲は得意げにスマホを振りかざす。「このケーキ、食べたカップルは絶対別れないって噂だよ」
「そんなバカな」と僕は笑った。「じゃあ、これで僕らも一生安泰だな」
美咲は「そうだね」と言って笑いながら、ケーキを頬張る。僕もそれに倣って一口食べてみたが、甘さが口に広がり、やっぱりケーキは苦手だと思う。
「ねえ」と、美咲が突然真顔になった。「本当に私たち、ずっと一緒にいられるかな?」
その質問に、僕は少し戸惑った。確かに、僕らの関係は長いけれど、いつか別れることだってあるかもしれない。それは誰にも分からないことだ。
「まあ、どうだろうね。ケーキの力に期待するしかないかな」
僕が冗談っぽく返すと、美咲はじっと僕を見つめ、少し寂しそうに笑った。
「じゃあ、もし私がいなくなったら、どうする?」
「いなくなるって…?急にどうしたんだよ」
美咲はフォークを置いて、少し考え込むようにしてから、ぽつりとつぶやいた。「実はね、このケーキ、昨日元彼とも食べたの」
その瞬間、僕の頭が真っ白になった。「元彼?どういうこと?」
美咲は「ごめんね」と言いながら、少し申し訳なさそうな顔をした。「だからさ、このケーキ、本当は二人の関係が良くなるって言うけど…どっちの関係が良くなるかは分からないよね?」
僕は呆然として言葉が出なかった。美咲はそんな僕を見て、「冗談だよ!」と笑ったが、その目は少しだけ意味深だった。
「ねえ、どうする?もう一個ケーキ食べる?」と、美咲は何事もなかったかのようにケーキの箱を再び開けた。
僕はそのケーキが、さっきよりずっと苦く感じた。