自分の子ども時代を思い出せば。
自分が子どもの頃に大嫌いだった鬼のような母に、今、わたしはなっています。
わたしの母は教養がなかったので、ただのお飾り的な学歴を求めたのでしたが、わたしも夫もある程度の学歴を持った上で子どもに圧力をかけているから、わたしの子ども時代よりもっと辛いだろうと思います。子ども、よく頑張っていますが、やはりマイペースです。小さな頃から変わっていません。サボりではなくて、そういう性格なんだと思います。闘争心などもあまりない穏やかな子です。でも、そんな子どもに「そんなんじゃ負けるし、結果も出せない」と焚き付けています。
今日も時間管理が甘いところをひどく叱りつけてから、出てきました。わたしは三日間、単独で帰省することにしたのでした。父を亡くして母は、今ひとりぼっちです。遠方の弟がもうすぐ郷里に戻ってくれますが、今は高齢の母と、さらに高齢で施設に入っている祖母がいるばかり。時々は帰ってやらないと放ったらかしで苦しい気持ちがあるのです。
一方で、子どもも放ったらかしになるのは不安です。また、仕事を何日も休むのも心苦しいです。お盆は避けたので、どうしても職場にも影響します。色々気掛かりながら、一人新幹線で駅弁を食し、酎ハイを空け、そしてMEETで子どもの見張りをしています。親のわたしから見ても素直な良い子ですが、いかんせんマイペースですし、学力も低くはないけれど実力をうまく活かす力がない気がします。
昨日、家でやってみたコベツバのテストがあまりに酷く、深夜近くまで父に怒鳴られながら勉強をしました。そして、それを見ていたわたしも深夜まで眠ることはできませんでした。空き時間を利用してわたしもいくらか解きました。解けるものも解けないものもあったけれど、やはり、上位に行きたければ思考力がかなり不足している気がします。
学校では「天才」と呼ばれ、折り紙の裏に難問を書いて挑戦してくる友達もいると聞いています。「それ、できるの?」と聞くと、「うーん、大体ね。簡単だからね」と言います。けれど、家では針のむしろのような苦しい日々を送っています。いい加減な勉強を叱りながらも、心が痛いです。
わたしの子ども時代を振り返ってみれば、出来過ぎな子どもです。でも、そんな子どもを認めるどころか、より厳しい道に追い込んでいる鬼のようなわたしです。子どもも苦しいと思いますが、わたしも苦しい。きっとその苦しみが報われ、子どももいくらか成長し、実力に応じた学校生活が待っていることと思います。