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「元アサシンは前世の愛に飢える」2話 訪問美女とナゾの依頼


 ドアを開けた先。
 目の前に立っていたのは苛立った様子で腕を組み、俺を睨んでいるおっぱ……あ、いや……女性でした。


「え……えっと……どちら様でしょうか?」


 突然の訪問者に俺は動揺を隠せずに問いかけるが、相手は睨みつけてくるだけで返事はない。
 訪ねてきたってことは用があるはずだろうけど、しゃべってくれないと話が進まないじゃん。
 そう内心でぼやきつつ、視線をおっぱ……いや、彼女へと向ける。

 朝日で輝く銀色の長い髪が風に揺れる。
 細身のロングパンツに包まれたスラっとした長い脚と折れそうなくらい細いウエストは、今まで街では見たことがないレベルのスタイルで、ついついその美貌に見惚れてしまう。
 そして何より、大きく開いた胸元から見える双丘の存在感に俺の視線は抗うことができないらしい。
 しかし、どこかで見たような双丘だな。


「君……初対面の女性の胸ばかり見るのは最低なんじゃない?」

「え……?いや……それは……その……」


 ばっちりばれてら……
 ごもっともな指摘に、俺はついついあたふたしてしまう。

 そういえば、前に街の女の子から聞いた話だと、女性って男の視線には敏感で相手が自分のどこを見ているかは目を瞑っていてもわかるとかなんとか。その時の俺は、自分は絶対にばれないぜとか高を括っていたけど、所詮は俺も平凡男性の一人だったようだ。
 ていうかそもそも、こんな巨乳を前にして見ない男がいるものか。でっかい乳は男のロマン。この大きな双丘には夢と希望が詰まっているんだ。そんな至宝的存在に興味がない奴なんてこの世には存在しないと俺は思っている。もしも仮にいたとしたら、そいつは漢じゃない!俺が必ずそいつを説得する!目を覚ませってね。


「……さっきから一人で何を考えているの?」

「え……?」


 どうやら気持ちが動きに現れていたらしい。彼女の一言で、俺は自分が変なポーズをしている事に気づかされた。
 そして、そんな俺の動きを見た彼女は怪訝な視線……まるで異物を見るような視線をこちらに送っている。


「ご……ごめんごめん。ちょっと妄想世界へ旅に行ってました。」

「妄想……?ちょっと言っている意味がわかりませんけど……とりあえず話を進めていいかしら?」


 言っている意味が理解できずに眉を顰めてそう告げる彼女に対して、俺は苦笑いとともに頷いて見せる。
 ていうか、この人なんでこんなに偉そうなんだ?話を進めていいかって言うけど、そもそも俺が問いかけた時に答えてくれればもっと早く話が進んだんじゃないかな。

 しかし、そう思っても口に出さない事が女性との会話では重要である。
 余計な事を言ってしまうと、そこから話がおかしな方向へと進む……そう街娘のエルダから教えてもらった事がこんなところで役に立つとは。
 今度、エルダには香水の原料となる薬草をいくつか見繕ってやろう。

 俺がそうやって一人で頷いていると、彼女は呆れたようにため息をついて口を開いた。


「今日は君にお願いがあってここに来ました。」

「お願い……?」

「えぇ、そうです。」


 予想していなかった発言に驚いた。
 お願いって事は指定薬草の採取とかかな?でも、それはギルドに申請してもらわないと受けられない決まりだし。たまにそれを知らない人が直接依頼に来る事があるけど、彼女のお願いってもしかしたらその類だろうか。


「薬草採取のご依頼でしたら、まずはギルドへ申請してもらう必要が……」

「違います。」


 念のため、俺は定型的な対応文で伝えてみたがどうやら違ったらしい。彼女は俺の言葉を即座に遮った。


「……違いますか。じゃあ、何でしょう。俺に依頼が来る案件なんて薬草関連しか思いつかないんで。」


 俺は頭を掻きながら再び苦笑いを浮かべて様子を見る事にした。だって、依頼なんてそうそう来るもんじゃないし、他に思いつかないんだから仕方がない。
 だが、今度は彼女の方が何やら動揺し始めたようで、どこか切り出しにくそうな雰囲気でモジモジとしている。

 いったい何なんだろう。早くしてくれないと昨日のブラックボアの死骸処理する時間がなくなるんだけどな……などと考えながらなかなか切り出してくれない彼女に痺れを切らした俺は、小さくため息をついて気を取り直すと優しい笑顔で問いかけてみた。


「とりあえず、ここじゃなんですから中へ入りませんか?この時期の朝はまだ冷えますから。」


 女性はその言葉に少し驚き気味だったが、それが彼女の心を落ち着かせたらしい。
 彼女も気を取り直すように一息をつき、真剣な眼差しをこちらに向けてこう告げた。


「いえ、それには及びません。なぜなら、今この時を持ってここが私の住まいになるのだから。」

「ここが君の……住まいにね……はっ!?えっ!?」


 一瞬、言っている意味がわからずに聞き返すが、それに対して彼女は毅然とした態度を崩さない。


「聞こえなかったのならもう一度言います。私は今日からここに住みます。これは決定事項であって、あなたに拒否権はありません。」


 地面を指差したまま異論は許さないと視線で伝えてくる彼女に対して、俺は言葉を失ってしまうのだった。


 突然の訪問者は、頭のおかしな巨乳美女でした!


 なんて事は口にはしないが、俺は先ほどから目の前の女性を説得しようと必死だった。


「だから、いきなりここに住むって言われても困るよ!」

「私は困りません。それにさっきから言っていますが、これは決定事項であなたに拒否権はないんですよ。」

「いや、拒否権はあるでしょ!ここは俺のうちなんだし。」

「ありません。私はここに住むんです。」


 さっきからこれの繰り返しで話は平行線を辿っている。
 そもそもだが、この人がうちに住みたい理由がわからない。それを聞いても言葉を濁してばかりで答えてくれないのだ。それに、その理由を言わなければ住ませないなどと条件と付けたとしても、そんな事などお構いなしに自分はここに住むの1点張りなのだから。

 お互いの主張が嚙み合わないってこういう事を言うんだな。初めて経験したよ。
 しかし、このままだと話し合いにならないし、時間だけが湯水のように流れていくだけだ。今日はブラックボアの処理と昨日の一件についてギルドへ報告に行かなくちゃならない。薬草採取のスケジュールをずらしてでもやらなくちゃいけないから、さっさと終わらせて遅れを取り戻したいのに。

 そんなもどかしさが相まって、俺は彼女にこう提案する。


「とりあえず今日は俺、やる事が多いんです。だからあなたに構ってあげられる暇がない。申し訳ないんですが、日を改めて来ていただけませんか?」


 問題の先送りが何の解決にもならない事は重々承知の上で、この提案を彼女に投げかけてみた。
 すると思いも寄らない回答が返ってきてさらに驚いてしまう。


「それでしたら、私もお手伝いさせてもらいます。今日からここに住むのですから、仕事は分担しないといけませんし。」


 そういう事をいってるんじゃなぁぁぁぁぁい!
 声を大にしてそう叫びたかったが、たぶんどう言っても応じてくれないと半ば諦めている俺がいた。


「はぁ……わかりました。とりあえず時間がないので僕は準備をしてきます。ついてきても構いませんけど、別に手伝ってもらわう必要はないですから。」

「それはこちらで判断いたします。」


 ぐぅぅぅ……なんだか敗北感を感じてしまう。だが本当に諦めたわけではないぞ。仕事中に必ず説得して帰ってもらわないと、俺の静かなハッピーライフが壊されてしまう。それだけは絶対に阻止せねばならない。

 大きなため息をついた後、彼女にリビングで待つように告げた俺は、朝のルーティンに戻ろうと2階への階段を踏み出した際に無意識に尋ねた内容に自分自身でも驚いてしまう。


「朝ごはんは……?食べますか?」

「……っ?!い……いただきます。」


 なんでこんな事聞いちゃったのか、自分でもよくわからない。当たり前だけど、彼女も聞かれたことにかなり驚いた様子だった。
 自分の思考が理解できないまま、俺は朝支度を整える事に急ぐのだった。





 この森で狩猟や採取を行う者には、ある義務が課せられている。
 まぁ、義務と言っても仰々しいものではなくて、単純に異変を感じたらギルドへ報告する義務があるだけだ。

 今回はAランクの魔物であるブラックボアが森の浅い場所に来たという事実。これについて、当事者である俺は詳細をギルドに報告しなければならない。

 もちろん、本来ならその事実を知った日のうちにギルドへ報告するべきなんだけど、薬草士として森に住んでいる俺はギルドから薬草採取を優先するように指示されているので、他の冒険者たちとは違って気づいた異変は翌日の正午までに伝えるルールとなっている訳だ。もちろん、内容によるんだけど。

 なので、今日やる事はブラックボアの死骸を解体してその部位を整理する。続いて、その一部を持ってギルドへ向かい、事情を報告する。

 それらが終わってやっと日課の薬草採取を再開できるのである。




「確か地図に記したのはこっちの方だったな……」


 地図を見ながらブラックボアの死骸があるはずの位置を目指す俺と、その後ろをついてくる件の女性。もちろん、会話なんて一切ないから気まずくてしょうがない。

 でも、ここでフレンドリーに話しかける訳には行かない。彼女には俺の家に住む事を諦めてもらい、帰っていただく必要があるんだ。だから、仲良く話す意味などないんだと改めて心に誓う。

 なのに……


「そういえば、君はどこから来たの?」


 なぜか無意識に声をかけてしまった。

 何やってんだ俺はぁぁぁぁぁ!今、心に刻んだ誓いは一体何なんだ!アホか俺は……アホなのか!
 頭を抱えて自問自答を繰り返している俺に対して彼女は何も答えなかったが、その事実がさらに俺の心を抉りにかかる。

 だが、そんな事を気にする様子もなく、彼女は俺に近づいてきて持っていた地図を少し眺めるとある方向を指差してこう告げた。


 「この位置なら、もう少し北西よりに進むべきじゃないかしら。」


 それを聞いた俺は咄嗟に空を見上げていた。
 確かに太陽の位置からすれば、目的とする場所はここから北西にずれるだろう。彼女の言っている事の正しさを確認し、俺は平然とした態度で進む方向を修正する。

 しかし、やはり今の発言から考えてみても彼女の素性に対する疑問は拭えない。
 慣れている者なら太陽や星の位置で自分が今いる場所を把握することは容易いが、それはこの付近をよく知っていればの事。しかも、この地図は俺が作ったものであり、初見で、しかも一瞬見ただけで理解できるとは到底思えなかった。

 よほどこの森の事を知り尽くしているのか、もしくはそういう仕事を生業にしている人。
 そうでなければ、今の行動は納得がいかない……一体彼女は何者なのだろうか。

 そんな消化しようにもし切れない疑念を胸のうちで転がしているうちに、少し離れた位置に横たわっている黒い塊を発見した俺は急いでそれを目指すのであった。



 目の前に横たわっているのは昨日俺の前で突然死したブラックボアの死骸で間違いなく、その状態は思ったより良い事に内心でほっとした。

 腐敗し始めていたり獣に食い荒らされていた場合、その部位を先に切り取って土に埋めたりと解体作業の手間が増えてしまう事が多い。
 だが、こいつはAランクの魔物ブラックボアだ。死骸が食い荒らされていないのは、野生の獣たちが恐れて近づかなかったという事だろう。腐敗があまり進んでいない理由についてはよくわからんが、なんにせよ解体はスムーズにできそうだ。

 持ってきたリュックから解体用のナイフなど、道具を一式取り出して地面に並べていく。その様子を彼女は少し離れた位置で眺めているようだった。
 やっぱり、さすがにこれは引くだろうな。仕事を手伝うとか言ってたけど、彼女も女性である事に変わりはないようだ。こんな汚れ仕事したがるはずもないだろうし、まぁ俺としては自分のペースで仕事ができるから何の問題もないんだけど。
 まずはナイフを手に取って、目の前の魔物の解体を開始した。





 作業は思ったよりも順調に進んだ。
 ブラックボアは肉質が他の魔物より硬い事で有名だが、この個体は比較的柔らかくてナイフが通りやすい。まずは内臓を取り出し、牙などの重要な素材を切り取った後、皮を剝いでいく。

 作業の途中で女性の様子をちらりと伺ってみると、なにやら一本の太い樹木を観察しているようだった。目を凝らしてよく見るとその木には1つの傷がついていて、彼女はそれをいろんな角度から眺めている。
 一体何をしているのか不思議に思ったが、作業を終わらせる事が先決だと考えて俺は黙々とナイフを走らせた。




「それ、あなたが倒したの?」

「うわっ!び……びっくりした。」


 作業に集中し過ぎていたのか。
 いつの間にか近くに来ていた女性から質問を受けて驚いてしまったが、とっさに振り向いてみるとどこか真剣な眼差しが視界に入る。


「……いや、こいつは俺が倒したんじゃないよ。追いかけられている途中で突然死んだんだ。」


 再び作業を進めながらその質問に答えると、彼女は興味があるのかないのかよくわからない表情を浮かべたまま、さらに問いかけてくる。


「突然死んだの?そんな事あるのかしら……」

「さぁね。この辺は冒険者たちもよく来る場所だからな。誰かが仕掛けてそのままになってた罠が発動したのかもしれないし、本当のところは俺にはよくわからないよ。」

「……ふ~ん。でも、もしそうだとしたら死んでいたのはあなたの方だったかもしれないわね。」

「あぁ、確かに。そうなってたら笑えないジョークだよな。」


 俺はそう言って冗談混じりに鼻を鳴らして笑うが、彼女はどこか信じられないといったように訝し気な顔で俺を見ている。
 だが、俺はその事には触れずに作業を進めていった。

 そうして作業が一通り終わった頃、そばでずっと眺めていた彼女が物珍しそうに口を開く。


「……これで終わり?」

「ん……?あぁ、そうだな。あとはギルドへ報告に行くだけだ。」

「ギルドに……ね。この部位はどうするの?」

「持っていけるものは持って行くけど、大きいものなんかはここに置いて後でギルドに回収してもらうんだ。」


 ギルドに報告する分と後で回収してもらう部位を綺麗に分けながらそう説明すると、彼女はなるほどと頷いた。
 あまりこういう事には慣れていないみたいなので、ちょっとした優越感に浸りながら俺は道具の片付けを進めていく。


「これでよしっと。じゃあ、俺はこのまま街に向かうから、君はそろそろ自分のうちに帰ったら?」

「え?言っている意味が理解できないわ。わたしの家はあなたの家なんだから、このまま街へ行ってそれから一緒に帰るわ。」

「あ……そう……」


 ちっ……さすがに無理があるとは思っていたが……
 しかしこの人、本当に俺の家に住む気なのかな。マジで勘弁してほしいんだけど……でも、せめて理由くらい聞き出せないと踏み込んだ説得ができないんだよなぁ。


「ねぇ……君はなんで俺の家に住みたいの?」

「"住みたい"ではなく"住む"のです。そこのところ、お間違いなく。」

「いやだから……そういう事じゃなくて、なんでなのか理由を聞いてんだって。」

「理由……ですか?」

「そう。理由だよ、理由。」


 そう尋ねられた彼女は顎に手を置くと、何やらぶつぶつと呟き始めた。だが、声は小さ過ぎるし、めちゃくちゃ早口だから何を言ってるのか全くわからない。

 なんとか聞き耳を立てようとしてみたが、彼女はすぐに結論に辿り着いたらしく、呟きの内容を把握する事は叶わなかった。


「理由……ですね。」

「う……うん。理由……。」


 真剣な眼差しでこちらを見据える瞳を見て、俺はなぜだかごくりと喉を鳴らしてしまう。
 だが……


「そうすると私が決めたのです。それが理由です。」


 完全に拍子が抜けた。
 その上で溜まっていた鬱憤が一気に吐き出される。


「だぁぁぁかぁぁぁらぁぁぁ!!!俺はそう決めた理由を聞いてんだって!あんたの脳みそが!その思考がそう結論づけるに至った原因!要因!それを俺は、き!い!て!ん!の!!!」


 そうついつい叫んでしまったが、対する彼女は全く意に介していない。ジィッと俺を見つめたまま何も喋らないので、逆に俺の方が空気を読めないバカみたいになっている。

 くそっ……こいつ、マジで何なんだ。
 自分勝手に何でもかんでも全部決めやがって。

 そう苛立って悩んでみても、彼女を追い返す為の良い案など全く浮かんでこなくて大きくため息をつく。

 結局、俺はこの女性とともに街を目指す事にした。


#創作大賞2023

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