死んで花実が咲くものか
どうも、のあです。約8ヶ月半ぶりの投稿です。(途中まで書き進めてるものは山ほどあるけど……)
今回はほんとに今朝唐突に書こうと思って描き始めたため、殴り書きのようになると思いますがご了承ください。
11月4日
11月4日は何の日かと問われたら、語呂合わせで、いい推しの日、いいおしりの日や、少し公民などを勉強してる人だと、ユネスコ憲章記念日と答える人もいるだろう。
だが、私からすると11月4日はwowakaさんの誕生日だ。これは私の推しである、南條夢路(なんじょうゆめじ)(以下「なんぜう」)の影響が大きい。
なんぜうは昨年の今日、彼女自身のPixivFANBOXにて、wowakaさんに対する想いを綴っていた。今日がwowakaさんの誕生日だということ、wowakaさんが亡くなったことに対する気持ちなど。(限定記事なので詳しくは言えない)
wowakaさんのことはその当時には既に知っていたが、なんぜうにも大きな影響力を与えていたことを知り、11月4日はwowakaさんの誕生日と認識するようになった。(実際はなんぜうのその記事の印象がでかい)
7月20日
私はなんぜうのその記事を見て、似たような経験をした事があると感じた。それは4年前の2017年7月20日のことだ。
その日、海外のバンド、LINKIN PARK(リンキンパーク)のボーカル、チェスター・ベニントンが自殺で亡くなった。
その当時、私はバンドにハマっていた。(今もモチベは続いたままだが)ライブとフェス合わせて20会場以上に参戦するほど、バンドに対する熱があった。
基本的には邦ロックを聴いていたが、唯一海外バンドで聴いていたのがリンキンパークだった。
その年に、リンキンパークは11月2,4,5日に来日公演を予定していた。そして、その公演のゲストは、私が1番大好きなバンドのONE OK ROCKだった。
私はその情報が出た瞬間、嬉しくて舞い上がっていた。なんていったって、自分の最推しバンドと唯一大好きな海外バンドが共演するからだ。そんなのテンション上がるに決まってる。
5月にあった先行チケットで奇跡的に4日のチケットを当てて、モチベはその公演に行くことでいっぱいだった。
そんな中で7月20日に突然チェスターの訃報が流れてきた。
それを知った瞬間、感情がぐちゃぐちゃになったのを覚えてる。チェスターが自殺したことへの驚きや怒り、公演が中止になったことへの悲しみなどだ。
どうして自殺したのか。チェスターが死んだなんて受け入れたくない。そんなことばかり考えていた。
今となってはバカなことしてるなと思うが、その当時はチェスターの自殺を受け入れたくないが為に、チケットの払い戻しをしなかった。
しかもホテルの予約もキャンセルせず、その日実際にお母さんと一緒に幕張メッセに行き、普段と変わりない会場を確認して初めて、チェスターの死を心の底から感じ取った。
急に泣き崩れる人が現れるんだから、周りの人はびっくりしたと思う。お母さん、わざわざ付き合わせてごめんね。(ここで言うことではない)
死んで花実が咲くものか
生きていればいつか良いことが巡ってくるが、死んでしまえば何も起こらない
死んで花実が咲くものか、とはこのような意味のことわざである。
死んでからそれまでにやってきた行いや作り上げた作品が評価される人もいるが、死んでから新たに何かを生み出せる人はいない。結局その人が生きていた頃の出来事や作品に縋ることしか出来ない。
V界隈では毎日誰かしらが引退をしていて、現実よりも死と隣り合わせだという気持ちが強い。
前日まで元気に活動していたのに、Twitterで突然引退ツイートをしたりするのだ。心臓に悪いからやめて欲しいと思う。
それでも私がVを見続ける理由は、心のどこかで死ぬのを見届けたいと思っているからかもしれないと考えている。
チェスターのような世界中にファンを持っている人物でも、最期は孤独の中死んでいってしまったのだ。
死んでからは何も生めないが、死ぬ直前までは何かしらを生み出すことが出来る。
私としては最期まで推しには輝いていてほしいのだ。
推しが死ぬまで私は死ねないとたまに明言してるのはそういった理由である。
推しよ、最期まで美しくあれ。
2021.11.4 のあ
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