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【短編】また会いたい人に届けたい 1.海の見える街

お互いが住んでるところの真ん中で

まだ見ぬ土地にあこがれを持ち、そこに訪れたいという気持ちは、どの人の心にもあるものかもしれない。そんなことを考えながら古都から北へ向かう特急列車にゆられていた。

 自分の仕事も少しずつこなせるようになってきた社会人3年目の秋、大学時代の友人と会う機会ができた。
 学生時代、先人たちの膨大な史料分析の研究成果を読み漁り、穴をつくことを常としていた。同じ学科の学生は、他人と線を引き自分の視点を強く信じている者が多かった。しかし、そんな学生たちの中でもとりわけ、ひたむきに人の話に耳を傾け、熱心に研究に励む者もいた。私が気が合うと思っているのは後者のタイプで、今回会う予定の友人もその1人だと認識している。
 大学を卒業した後、就職したのは学生時代に研究したことと直接関係のない業界だった。しかし5年もすれば様々なことを学びその仕事にも慣れてくるころである。
 仕事を始めてから常に慌ただしく時が流れていき、なかなか人に合うことも少なくなっている世の中ではあるが、このような機会があるというのはとても恵まれているなと感じている。

「どこであうことにしましょうか。」
「2人の住んでる中間地点とかいかがです?」
「いいですね、そこではなにしましょう?」
「郷土博物館とか行くのはどうかな?」
「あまり行ったことがなくて、新鮮かも。楽しみですね。」

 学生のころと変わらぬ距離感で話せる友人とのメッセージのやりとりは、肩の力を抜けるのでありがたい。仕事にいくら慣れたとはいえ、上司や同僚と話すときに無意識に気を遣っているのだなと理解させられる。
 同じ学科を卒業していると、専門が違うとはいえ土台になる知識は似通っているため、興味関心のある話題を無理に探す必要もない。これほどまでに話す内容に困らない相手というのは、社会人にとってはとても貴重だと思う。

 電車を降りて、駅のホームに降り立つ。恐竜のモニュメントを横目に見ながら改札を抜ける。初めての土地に脚を踏み入れる瞬間はいつも胸が高鳴る。
 暮らしている場所から遠く離れているけれど、コンビニエンスストアはあるし、町並みもそこまで変わらない。少しの安心感を覚える。
そのような視線を街に送っていたら、まるで映画から飛び出してきたような赤いキャスケットを被った人が遠くからやってきた。

「お久し振り~。」
「お久し振りですね。」
「前会ったときからずいぶん日がたったかなぁ、一番最後にあったのっていつだろう?」
「学生の時に一緒に博物館の展示を見に行ったのが最後だったかもしれないね。」
「そんなこともありましたね~」
「それじゃいこっか。」

 旅行先では、何も決めずにぶらぶらと歩くようにしている。
 その土地が売りにしている、大事にしている景色を見るのもいいが、住宅街を歩きながら住民の息遣いを感じながら歩くことが意外と好きだったりする。
 大通りはその街の顔となるため、主要な建物が立ち並ぶイメージを感じる。街の本当の顔ーと言う雰囲気ーを掴みたいときは、一本中の道に入り見回すようにしている。

「この公園の遊具面白そうじゃない?」
「ちょっと入ってみる?」
「でっかいまつぼっくりだ〜」
「こんなのこどもたちが見たら大興奮だね!」

まるで背中に羽が生えているみたいに軽やかに公園をかけていく。
あどけなさが残る語り口からは、愛らしさを感じたりもする。
なにごとも心の底から楽しんでいるのだろう。
そんなあなたが羨ましく思える。

「じゃあ、そろそろ行こっか」

市電が通る街並みを抜けると郷土資料館に着いた。
郷土資料館は、地域の歴史を伝えてくれる建物だ。義務教育の歴史の教科書には載ることがないであろう、その地域の成り立ち、発展の様子が、さまざまに展示されている。
日曜日の昼間だったが、地域の老人たちが散歩がてらに来ているくらいで、館内はしんとしていたため、ゆっくり回ることができた。

「歴史には色々なスケールがあるけれども、こんなにも地域に根ざした資料館を見るのは初めてかも。」
「お兄さんとこんなところをめぐると、学びがあるなぁ」
「どの飾りが1番良いかな」
「これとか今つけてても流行りそうだね!」

それぞれが、自分の興味の赴くままそれぞれの言いたいことを伝える。
何を言っても相手が受け入れてくれるという安心感が心地よい。
受け入れられているという安心感は他の何にも代えがたい。

博物館を満遍なく見ると、意外と時間を取られ腹が空いた。
何を食べたいか話し合い、スバゲティが食べられるカフェへ行くことへ。
カフェへ到着し、2階に上がり、もの静かな街の景色が見渡せる窓際の席へ座り、注文を済ませる。
あれやこれやと学生の時の思い出話などをしていたら頼んでいたスパゲティとボロネーゼが運ばれてくる。
美味しそうに食べている人を見ている時間が好きだ。世のすべての幸せをいただいているような顔はこちらまで幸せな気持ちになるから写真に撮ってしまいたくなる。否、もう既に撮影している。

「お兄さん、いま写真撮ってた?」
「撮ってないよ、写真は」
「なんだ、撮ってないのかぁ」

本来は、本人に許可をとってから撮影をするのが道理だろうが、気心が知れた仲であるためそこに甘えてしまっている。
友人として、幸せな表情を残してあげたいという気持ちで写真を撮っている。自分の写真を端末に残すことはないだろうが、そんなことがあったなとあとから振り返れたらいいかなと思うから。

用事が終わった後は、それぞれの帰る場所へ向かうため、駅を訪れる。
今日の楽しかった思い出を振り返り、明日からの活動の糧にする。

「今日は楽しかった!またどこかいこうね〜!」
「うん!絶対約束!」

また次に会える時を想い、海が見える街を後にする。

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