遠くの方にある記憶
記憶の亡霊めいたものに出くわす。
たくさん、たくさん、記憶が突然現れてびっくりする。記憶の亡霊は脈絡なくやってくる。花を見ると花の記憶が降ってくる、ということもあるが、ベッドで黙っていたってご飯を食べていたって本を読んでいたって、来るときは来るのだ。記憶の亡霊は敵ではない。かといって、全く心が動かされないでもないのでちと困る。
思い出、と言うにはあまりに鮮烈であまりに…消化しきれていないようなもの。それが記憶の亡霊だ。
家の近所に公園がある。今時期は桜が咲いてとても綺麗だ。中学生の頃、私は男の子とその公園の背もたれのない大きなベンチに座っていた。ベンチというよりは正方形の台とでも言った方がいいようなその場所に桜の花弁が雨のように降り注いできて、身体中桜まみれになった。正方形の周りもピンク色の絨毯みたいで、このまま黙っていれば私達も桜に埋もれてしまうんじゃないかと思った。その男の子のことは、別に好きじゃなかった。同じ中学を卒業したんだったか、転校してしまったんだったか、それも覚えていない。けれど、私は毎年桜の季節になるとあの桜の正方形を思い出す。
もう会えない人、というのがいる。いろんな都合で、人は簡単に会えない存在になってしまう。会いたいときに会えればいいのに、そう簡単に時空は歪まず人の心は変わらない。
なんとなく、私はいつも会いたい側になってしまうような気がする。いつも置いていかれて、いつも間に合わなくて、記憶の亡霊と共に取り残される。そういう役回りなのかもしれない。
前住んでいた家の近所にあった美味しい夜パフェのお店を、私は知らない。多分ここだろうという見当はつけたが、合っているのか分からない。教えてくれた本人に、会えないのだ。
そういえば一緒に相手の実家でセッションをして遊ぶ約束をしていた。お泊まり会をする約束もしていた。結構、楽しみだった。
私の家に遊びに来た時、手土産に煙草を買ってきた。手土産に煙草を買う人を初めて見たのでそれが可笑しかった。私がカーテンを閉めただけでゲラゲラ笑われた。結構驚いた。昼間なのに突然カーテンを閉めだしたのがツボに入ったみたいだった。
声が、好きだった。雰囲気も。言ってることも。なんか大体いつもダルそうで、でもしょっちゅう馬鹿みたいなことでゲラゲラ笑っていた。だけど、滅茶苦茶真面目だった。私の一目惚れだったんだと思う。お友達になってくださいとか、私あのときしか言ったことないよ。
一緒にセッションするのが好きだった。わりと何の曲でもやった。少しマイナーな難しいのをやって爆死したりもした。それがなかなか楽しかった。
サークル内死にそうランキング1位と2位にされたことがある。1位が彼女。2位は私。それ聞いてまたゲラゲラ笑っていた。彼女、これ覚えてるんだろうか。
よく、不安がっていた。よく、死にたがっていた。
でも、それよりもなんとなく、可笑しかった出来事の方を思い出してしまう。思い出は美しく見えるとは言うが、そういうことじゃないと思うし、そうだとしても別に構わない。
ただ、あの人の目には何が映っていたんだろうと思うことは、ある。他の人が言ったら勝手に分かったようなこと言うなよって思う気もするんだけど、多分、物凄く純粋な女の子だったんじゃないかと思う。
とびきり素敵な本や映画に出会ったとき、よく困ってしまう。この素敵さを正確に伝えられる相手がいない。1時間も2時間もそれについて徹底的に議論できる相手がいない。私は言葉足らずで表現が乏しいから、「つまりこういうことでしょ」と咀嚼してくれた上で話し込んでくれる相手が、とても大切だったのだ。そういう相手がとてつもなく少ないことに、最近になって気が付いた。私は高尚ぶった文章とか商業映画とかによく怒る。それに対して「つまりこういう所が嫌いなんでしょ。でも見方によっては…」とか横槍が入らないことに、いまだに違和感を感じることさえある。
一緒に電車に乗って行ったラーメン屋さんの名前を忘れてしまった。まだ夕日があるうちに電車に乗ったのに、着く頃にはもう真っ暗だったと思う。一番好きなラーメンだったのに、忘れてしまった。私は、どうやったらあのラーメン屋さんに辿り着けるだろう。
誕生日に絵本とブローチをもらったことがある。幼い頃から密かに絵本をプレゼントされるのが夢だった。誰にも言ったことが無かった。いつも私の心をすっかり読んでしまう人だった。私は相手の心を、半分くらいしか読めなかったような気がする。
学校から駅まで30分の道のりを更に遠回りして遊んでいたらどしゃ降りに打たれたことがあった。走ってタクシーに逃げ込んだ。楽しかった。同じ道で、私の脱げたサンダルを履かせてもらったのを思い出す。これは時々、思い出す。
あまりに辛そうだったから、あまりに晴れていたから、学校を抜け出して近所の公園に散歩に行ったことがある。名前の知らない植物が生い茂っていた。ジリジリ日が照っていて、全てがどうでもよくなった。公園のことはしょっちゅう思い出す。1度冬に一人で行ってみようかと思ったけれど、わざわざ寂しがりに行くようなものなので、やめた。
せっかくたくさん調べて紹介したお魚屋さんで、私の魚の食べ方が下手だと馬鹿にされた。一度も泣いたことのなかった私が無言で表面張力と戦うはめになってしまい、慌てられた。今思うと魚の食べ方くらいで泣くなよとは思うが、当時は可愛かったのだ。
他にも、色々、色々。なんだか色々、出てくるのだ。一緒に行ったお店が思い出せなかったり、一緒に話した言葉を覚えすぎていて一言一句そのままふいに頭に流れ出てきてしまったり、する。あっ、夜遅くに観覧車、乗ったな。…こんな具合に、今だって。何をしていても突然記憶が落ちてくる。
とにかくいろんな話をした。何でも話した。婦人科の診察で体に入れられる金属の器具が怖い、とかいう話までした。
ノルウェイの森じゃあないけれど、人間自分のほとんど全てを話して少なくない時間を常に一緒に過ごして、相手のこともある程度分かっていると信じた人間と突然離れると、ちょっとは壊れるものらしい。
センシティブなことは言いたくないしダサいことも言いたくないが、ノルウェイの森現象は仕方ないんだと思う。
まして、ちょっと近付きすぎてしまったのだ。一瞬でも家族になることを考えた人間をそう簡単に見事に忘れるほど私の生きるスピードは速くない。これは未練とか恋愛とかとは全くの別次元の話で、ふとした瞬間に、あ、娘が生まれたらこうしようって話したことあったっけか、などの記憶が落ちてくる。
家事を、教わっていた。主に料理を教わっていた。一人暮らしの家で料理をしていて分からないことがあったらその場で電話したりもしていた。まだどっかにお手製レシピあったかな。捨ててないからあると思う。
カメムシが出て電話したこともあった。ギャーギャー騒ぎながら電話して、最終的には雪の中に葬った。
あったかい人だった。とても優しかった。優しいから、私が苦しむと自分まで辛くなってしまうようだった。私が悩みを相談したら、私は泣いていないのに号泣されてしまった。可愛らしい人だった。
お家に行く度に美味しいご飯をご馳走してくれた。ついでに作り方も教えてくれた。ざっくりしすぎてちょっと何がなんだかわからなかったけど。
最後に電話したとき、「息子とパパには反対されてるけどやりたいことがあるの、今度会ったら相談するね」と言われた。結局、今度は来なかった。何するつもりか分からないけど、私は反対はしないだろうと思った。なんとなく、心残りになっている。
養子にする、と言われていた。私はその人が大好きで、その人も私を大層可愛がってくれていた。私の娘だ、と言ってくれていた。その発言は今となっては時効だけれど、でも間違いなくあのときはあなたの娘でした、と思う。今は、違うけれど。
こんな記憶がふわふわと、瞬間瞬間に現れる。記した10倍くらい、いやもっとたくさんいろんな記憶が現れる。そして不思議なことに、嫌な記憶はほとんど無い。
記憶の亡霊は、忘れるべきなのか?仕舞い込むべき?そんなことはないと思う。私は記憶の亡霊を引き連れたまま、忘れないまま生きる人間なのだと思う。
辛い人は忘れればいい、忘れた方が今を充実させられる人は忘れればいいだけの話だ。私はきっと、ずっと忘れないんだと思う。何気ないある日に大切にしていた誰かが発した一言を、一言一句覚えた頭のままで生きるのだと思う。大切にしていた誰かと一緒に見た何気ない景色が目に焼き付いたまま、時々思い出しながら生活していくのだと思う。
友人の作った映像作品の中で、「人は人を忘れるとき声から先に忘れて最後に忘れるのは匂いだ」といった意味の話がされていた。不思議なことに、私はもう会えなくなってしまった人達の声を、まだはっきりと思い出すことができる。匂いも、まだ覚えている。
今いる大切な人たちの声も、過去大切にしていた人たちの声も、ずっと、忘れなければいいなと思う。