2024.11.7 3日坊主に失礼
気がついたら今年続けると宣言したnoteの最後の更新は4月で後2ヶ月で2024年も終わってしまう。
この約半年間ほどここに残すべき時間がたくさんあったように思う。
本当にもったいない、なんて言葉ではもったいないという言葉にも失礼なくらい。
この半年間は人生の縮図だった。幸せの絶頂から人生の谷間まで全てを見た。
そして11月上旬のいま、私はどのあたりにいるのだろう
多分谷間にいるのだろうけど、1番下よりかはマシなところかなと思う
結婚式の前撮りをして、結婚式をして、ひとつ歳を重ねて、大切な命を授かって、大切なまま手放さなくいけなくなり心も身体も痛い思いをした。
全てを共有してきた旦那さんとも共有できていなかったことが見つかったり。
2024年、私は何をしたというのだろう
よくいう幸せにあぐらをかいて、余裕ぶっていたのか
何か悪いことが起きた時に、例えばあの時車で道を譲らなかったからだ、とか、
あの時落とし物を見過ごしたからだとか、
思わないように押し付けがましく恩を生活に売っていたからだろうか。
この家には大切なものが多過ぎて見えなくなってしまったのかもしれない。
押し付けがましい恩と一緒に、そんなにたくさん持っていかないでよと本音がちらついて
見透かされていたのかもしれない。
そんな中にも幸せはちゃんと近くに待っていてくれているから
ちゃんと気がついて、拾って、自分でも作り出さないといけない気がする
幸せがわからないは贅沢なわがままだ
私は私のままでしかいられないのだけれど
それはみんなそうだから、鎧は必要なのかもしれないけれど
全てを脱いで存在できる場所はあるはずだから
だんだんまとまりがなくなってきてしまったなぁ
私の旦那さんもnoteを始めるらしい
私がやっていることは知らない
改めて、見つけても知らんふりしてね
でもいつか2人で見返す日がきてもおもしろいのかもね
忘れてしまいそうな何気ない1日を残したいと思って始めたこと
忘れてしまっていた
自信をすっかり無くしてしまった私にできることは毎日をただ消化される時間にしないこと
自分の存在理由はあくまで自分で探して位置づけること
価値なんて大それたものはいらない、生きているだけで価値なんて付属品のように当たり前にあるのだから
これは今自分に言い聞かせてあげたいことなのかな
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