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【習作】アワシマさん:異境米子八百比丘尼伝説【800字パルプ】

 外気温40度の夏。屋根を剥ぎ取られたアーケード街に、陽炎が立つ。

 炎天下に華奢な娘がひとり佇んでいる。

 麦わら帽子に白いフリルのワンピース。両の肩と生白い素肌は、肉焦がす熱線にも焼けていない。

 その背中を覆うように生えたウロコと小さな背びれから、蒸気が薄く立ちのぼる。彼女は不老不死とされる人魚の血肉によって酷暑を克服していたのである。

 見てくれは齢十八であろうか、しかしそのかおは幾年の月日が育てたようにして不敵であった。

「ほんに近ごろようけ来てごしなるわ、あの世の使い走りが」

 何者か、複数の気配が近づく。彼女が伝承の人魚であるのなら、それらは魚の首と人の胴体を持つ魚人族を思わせた。

 しかも魚人たちはみな凶々しい拳銃を所持していた。侵略者インベーダー、PACE社製78年モデル。

 どっと湿度の高い熱風が吹きつけられ、彼女のスカートが大きくはためく。

 それを押さえるが如く、両脚の付け根に手をすべりこませ────一丁の拳銃を手に取った。それは光輝く銀色の銃シルバーガン。レイディアント社製98年モデル。

 人魚は腹から呼吸し、利き手を支える。

♪通りゃんせ 通りゃんせ

 無駄な力を削いだ構えで歌いながら一発二発と撃ち始める。

♪ここはどこの 細道じゃ

 ただちに撃ち返され、銃撃戦が始まった。

♪天神さまの 細道じゃ

 ぱすん──ぱすん、と麦わら帽子のつばが撃ち抜かれてもひるまない。

 前へ歩く。そして撃つ。

♪ちっと通して 下しゃんせ

 最後の一人。左肩と胴体を撃ち抜かれて仰向けにうめく魚人に一瞥くれて、頭を撃ち抜く。

「♪御用のないもの 通しゃせ────」

 シャッター街の一画が爆発する。横殴りに吹き飛ばされた麦わら帽子がタイルの上を転がっていった。

「こほ……っ」

 咳き込みながら銃を拾い、身構えると……

「帰りは怖いってか? アワシマぁ、そりゃアンタの方だ」

 瓦礫の中から低い声がする。

【続く】

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