【逆噴射プラクティス】BELLAは揺蕩(たゆた)う犬と踊る Act.1「PULP化するポストヒューマン」
本編
「もう撃てないよ」
まなじりに涙を薄くにじませて、ぼくは絶叫した。
強い酒で酔っ払ったみたいに頭全体がガンガンと痛い。廃ビルの長い廊下に充満した血と硝煙のにおいに吐き気がこみあげてくる。オートマチック拳銃を握る手が強ばり始めていた。
ぼくの大好きなパルプ小説の主人公、BELLA。こんな修羅場に似つかわしくない、ぐっと来る女体。
彼女そのものにぼくの姿は変わっていて、頭の中から声がして、ぼくは彼女に従わされている……。
『黙ってリロードしろ! 銃弾を絶やすな!』
ハスキーな彼女の声が頭痛に響く。
回想を中止したぼくは黒光りするボディスーツのジッパーを胸元まで下ろし、汗ばんだ谷の間からカートリッジを抜き取って給弾する。
遮蔽物の陰でうずくまりたい気持ちをこらえながら、引き金を引く。
銃口の先にいるのは一様に同じ顔で、量産品の拳銃を手にしたクローン少女たち。何十人もの死体の山を踏み踏みこちらへ駆けてくる増援の止む気配はない。
弾が切れる。遮蔽に隠れてリロードする。また撃つ。息が切れてきた。
『おまえわかっているのか? PULPの銃は心で撃つものだ。装弾数とリロード時間なんかいちいち考えるな』
そんなわけないだろう、と思った一瞬のうちに敵弾が耳をかすめて、ぼくは情けない悲鳴を上げた。
「こんな世界、狂ってるよ…………!」
がちり、と撃鉄が止まった。もう撃てない、と思ったぼくの心が銃のリズムを止めてしまった。
BELLAのため息がぼくの脳領域を撫ぜた。
クローン少女軍団のリロードするわずかな隙に、
『あの窓に向かって走れ!!』
「わぁぁぁぁぁっ!!」
ガラスの抜けた窓枠から向かいの立体駐車場に向けて全力で跳躍。
スローモーション再生のような、自由落下のふわふわした感覚。
向こう岸まであと5メートル……3メートル……手指の先が……壁の端に届かない!
落ちる寸前の手首を女性の手がつかみ上げ、ぼくは振り子のように揺れた。
【続く】
手短なライナーノーツ
今年もどうあってもTSFが書きたかった。
パルプスリンガーを志しながらも日常生活に忙殺される現状への憤りをストーリーに込め、BELLA(イタリア語で美女)という凄腕のガンスリンガーがいることにして、ある意味でゲームのプレイヤーとプレイヤーキャラクターが逆転したような話にしたが、
「そもそも作中作を書くぐらいなら、その『ぼくの大好きなパルプ小説』を(メインに)書けばいいのでは?」
と思い、没とした。
いつものように書き出しのイメージが天から降りてくるのを待ってから発された「もう撃てない」という叫び=過去2年間と同じ手は通用しないしそう幾つも800字パルプのアイデアは浮かばないので、ひとつひとつの銃弾により一層の全力を尽くさねばならないということは、今年のテーマとして重く受け止めている。
(了)