社長レスラー、師走を駆ける────ファイプロWオリジナル団体「NO NAMEプロレスリング」12.25公開スパーリングを直撃取材
「ファイヤープロレスリングワールド」ファンダム年末のお祭り企画「大炎會2019」。今年は総勢60名もの選手が参戦し、12月21日~12月30日まで全10試合を予定している。
大会のメインを飾るのは、男子or動物系レスラー4選手によるタッグマッチ。その中に募集期限当日に突如として参戦名乗りを上げたNO NAMEプロレスリング(以下NNPW)所属レスラー「七峰(ななみね)らいが」選手の名前があった。
公式プロフィールによれば、押しも押されぬメジャー団体「新日本プロレス」でオカダ・カズチカ選手から王座を奪った経験を持つも、その戦いぶりはプロレスファンからは「焼き鳥」「塩味レスラー」と揶揄されるほど荒々しく、半ば失踪するような形で故郷の鳥取県に戻り去る2017年8月9日、現在の団体を旗揚げしたという。
だが公式による旗揚げ戦から現在までの興行の映像および写真は一切残っていない。おそらく地元でも今回の報道でNNPWを知ったという人が多いだろう。
そのNNPWが公開スパーリングを行うという情報を耳にした我々承南高校放送部取材班は、さっそく同市内の中心市街地にある道場へと向かった。
食う、寝る、組む、繰り返し
「今日はクリスマスということで、聖なる夜に皆さんにプロレスの動画を見てもらって明るく楽しく過ごしてもらおうというのが今日の公開スパーリングの大きな目的です」
と、道場を案内する広報スタッフは熱く語った。その会場となる道場ではすでに選手たちが基礎トレーニングを開始していた。本番まであとわずかというタイミングのせいか、どこか熱気よりも息の詰まるような緊張感が充満している。
七峰選手の、またNNPWのイメージカラーであるアメジスト色のリング。その中央には「FIRE PRO WRESTLING LOVE」と書かれた「ファイヤープロレスリングワールド」総監督のともぞう監督のバストアップ写真が貼り付けられ、エプロンサイドにはまるで文字を表示するプログラムが無限ループしたかのように「EAT SLEEP EDIT(EDITは赤字) REPEAT」と書き込まれた垂れ幕がかかっている。
往年のSF映画「ゼイリブ」を彷彿とさせる異様な光景にざわつく報道陣に、リングから降りてきた七峰選手が釈明する。
「ぶっちゃけ、参戦を申し込んだ日(12月15日)から毎日休みなく……休みなくは違うな、ちゃんと休む時は休みながらですけど、リングの上で緊張感を持って特訓するためにここまで僕自身と周りのレスラーを追い込んでるってことです。大炎會は主催者のツイートが総監督や大日本プロレスのアブドーラ小林選手にリツイートされて、国内外に広く注目されている。そういう晴れの舞台に泥を塗るようなことがあっちゃいけないんで。だからこの総監督の顔っていうのは外からの目ってことですね。お前ら本当に今のままでいいのか、今よりもっと変わりたいならどう変わるべきかちゃんと考えろってことです」
電撃参戦の経緯について記者が問い掛けると、七峰選手の横からディーナ・カルツァ選手が割って入る。ディーナ選手は、団体の絶対エースとして戦う一方でNNPW社長の七峰選手に次いで団体運営の中核を担う存在だ。
「みんなに発破をかけるいい機会だったのよね。ある意味で『お呼びじゃない』ところで手を挙げるなら、ライガが適任だと思っていたわ。そこは他のスタッフや選手も同意見でしょうね。この人ほどアドリブで生きてる人間はそういないもの。だから、いちど背中を押してしまえば後は強引にでも自分の進みたい流れに乗っていくでしょうし、どこまで計算づくかは知らないけれど、亜理亜(ありあ)も他団体交流戦に挑むと言い出したことで結果としてNNPW全体の意識が上がってきている。今回公開スパーリングという形でみなさんに私たちの活動をお見せできるのも、結果的に言えばあそこでライガが手を挙げたからなのよね。でもまさか本当にメインを張るなんて、ねぇ?」
「まぁ、何事も言ってみるものよのぅ」
と、応えたのは大晦日に開催される「GOL的脱法集会」にてエンエン選手とのスペシャルシングルマッチが決まった亜理亜選手だ。
「こやつが向こうで大恥をかかぬように、今のうちに恥をかいておこうというのが今日の目的じゃ。のぅライガ」
「……あの、一応今日は亜理亜と二人でタッグマッチを想定した練習なんですけど。なんでかな、ぜんぜん協力してくれそうにないんですよね」
「儂はシングル専門じゃからぁー、そういうのわかんなーい、のじゃー」
大魔王流のクリスマスプレゼントなのか、下着姿のような格好で妙に腰をくねらせながら挑発する亜理亜選手をカメラマンがひとしきり撮り終わると、公開スパーリングの時間となった。
ディーナ・カルツァ、キレた!?
七峰選手と最初に組み合ったのはディーナ選手の腹心の部下である「戦うシスター侍(ざむらい)」ハイドレインジア・パートリッジ選手。
タッグの戦い方を確かめるためか、先んじて味方にタッチしたのは七峰選手。和洋折衷の軽妙な動きが見どころのハイドレインジア選手と、「オー」にジャンピングニーパッドと往年の名レスラーを彷彿とさせるディーナ選手のタッグは、赤コーナー付近で息の合った連携技を見せる。
息の合ったコンビネーションはプロレスデビュー以前から続く主従の関係によるもの
黒き鶴がリングを舞う
対する七峰・亜理亜タッグはタッチワークすらどこかよそよそしい。二人で戦う、というよりも一人で戦って休みたい時に手を出すといったところ。果たして本当にタッグバトルの練習となっているのか。リングに転がった七峰選手へ足四の字固めに入ろうとしたハイドレインジア選手に毒霧を仕掛けるなど、亜理亜選手はどちらかと言えば後衛に回っていた。
ディーナ選手に同時攻撃をかけるも、いまいちタッグでの攻め手に欠ける七峰・亜理亜組
亜理亜選手得意の毒霧は七峰選手のサポートに三度使用
ハイドレインジア「なんで私だけ二度も食らったのでしょう。納得がいきません」
模擬戦とは思えないフィクサーの猛攻に大魔王、悶絶。
この負傷が「GOL的脱法集会」本番に響かなければよいが
その亜理亜選手はディーナ選手のバックドロップをもろに受けて首を痛めてしまう。たまらず交代。七峰選手は起死回生の「馬の背(セカンド雪崩式ブレーンバスター)」をディーナ選手に仕掛けるが、あえなくコーナーから叩き落されてしまった。
「馬の背」登頂ならず
七峰「最近は失敗ムーブの方が多い。本番ではなんとか成功してみせたい」
そして「事件」は起こった。
試合時間が40分を迎える頃、七峰・亜理亜組のツープラトンブレーンバスターを受けたディーナ選手が場外に転落。試合権を持つ亜理亜選手はリング上でハイドレインジア選手の迎撃に向かい、七峰選手がディーナ選手を追い詰める。場外でバックを取り合う二人。そしてディーナ選手が場外バックドロップを七峰選手に敢行。
突然のことで我を忘れたのか、七峰選手はディーナ選手をエプロンに投げつける。起き上がったディーナ選手はなんともう一度場外バックドロップ。場外カウントが進む中、リング上に戻るディーナ選手はなんとリング下からパイプ椅子を取り出した……!!
それはあまりに突然のことだった
七峰「カウントが進んでいたので、ディーナをリングに戻そうとした」
ディーナ「見た通りよね。私はエプロンに放り投げられた」
結局誰もパイプ椅子の洗礼は受けなかったものの、あの瞬間、報道陣も団体関係者も全員の血の気が引いていた。
「今日はクリスマスということで、聖なる夜に皆さんにプロレスの動画を見てもらって明るく楽しく過ごしてもらおうというのが今日の公開スパーリングの大きな目的です」
おかしい、最初に聞いていたのとこの状況はあまりにも違いすぎる────。
「ディーナ選手は普段からフィクサー(黒幕)を名乗ってはいますが、あそこまで怒りを露わにすることはわずかに1%くらいしかありえません」
道場に案内を頂いたのと同じスタッフは後にそう証言した。その1%が、起こってしまった。
その後笑いが一切ないディーナ選手に依然として試合権を持つ亜理亜選手が攻め立てるも、もはや焼け石に水。最後は亜理亜選手の痛めた首にディーナ選手の拷問コブラツイストが極まり、レフェリーストップ。41分43秒、ディーナ・ハイドレインジア組が勝利した────。
「オー」の雄たけびが冷たく道場に響き渡った……。
スパーリングを終え、報道陣がおそるおそるカメラとマイクをディーナ選手に向けると、彼女はこう答えた。
「一度はメジャー団体で成り上がった現団体の旗手とそのヒール軍団の長といえども、この程度です。世界を相手取るにはまだ足りません。しかし今年を締めくくる戦いの中で、何かを掴み取って帰ってくれることを期待しています。私からは以上ですので、それでは」
そしてスタッフの制止も振り切り部屋を後にした。怒れる彼女のフォローに回ったものか、いつの間にかハイドレインジア選手もこつぜんと姿を消している。
道場に立ち込める怒気の根源が去ったことで、ふっと皆の緊張の糸がゆるむ。
「ううううう。痛いのじゃーいたいのじゃあー」
そして頭を抱えながらよろよろと亜理亜選手が報道陣の前に立った。七峰選手がその横に並ぶ。思わず我が取材班の一人が声を上げた。
────だ、大丈夫ですか?(汗)
亜理亜「うあーいたいのじゃあーいたいのじゃあー(首をさする)」
七峰「あ、まあすぐ治せるケガだと思うんで大丈夫です。本番にも影響はないと思うんで。……まあ一応、下がってもらいます」
亜理亜「いたいのじゃあー、あー(痛い痛いと言いながらチラチラとカメラを気にしつつスタッフを引き連れて退場)」
七峰「ええと……あ、最後に何か質問ありますか?」
────亜理亜選手とのタッグ、おそらく初の試みだったかと思いますがどうでしたか?
「あんまり本気を出してくれなかった……っていう印象ですね。むしろ遊んでる感じさえあった。今出さないで本番どうするんだ、って感じですけど、まああの人の行動は誰にも読めませんから」
────今日は本番に向けたトレーニングということでしたが、場外バックドロップを二度も受けるということで……。
「ぶっちゃけ、潰されかけた?(苦笑)いや、でももっと真面目にプロレスやれっていう彼女なりのエールだったと思いますよ、ええ。それに、今回のスパーリングは完全アウェーの環境で長時間戦うことを想定したものだったので、まあその点については達成できたのかなと。でも想像なんですけど(大炎會でタッグを組む)桜神さんはもっと話せる人だと思うんですよね。今日のは極端すぎるというか、まあ、皆忙しいんでしょうがないんですけど……僕に厳しかったなぁって思います。でもそれが僕に対する世間の印象なんだと思って、メインを戦いたいと思います。応援よろしくお願いします(お辞儀)」
────これからNO NAMEプロレスリングの興行に目を向ける方も増えると思いますが、改めて団体の紹介をお願いします。
「あ、はい。NNPWっていうのは、笑いあり、ガチありのストライクゾーン広めな団体です。基本的には僕とディーナ・ハイジアを中心にしたヘビー級の試合と、亜理亜率いる月夜の大魔王軍と魔法少女隊が戦うっていうお話仕立ての試合……ジュニアヘビー級の試合を両軸にした興行が中心ですね。今は試合に出る選手の調整を進めつつ、早ければ来年一月中にも興行は行う予定なので、詳細が決まったらまたお知らせします」
取材を終えて
こうして波乱に満ちた公開スパーリングは幕を閉じた。
名も無き地方都市から、名も無きプロレス団体の若き社長レスラーがネットの力を借りて大舞台の花道を歩く────そんな令和新時代を予感させてくれる七峰選手について、承南高校図書委員にしてNNPW公認解説者の鏑木麻耶(かぶらぎ・まや)さんは「彼は『プロレスラーになる』という理想を現実にしたが、それは彼自身の『ファイティングロード』を歩んだに過ぎない」とメタ的に分析する。
「新日本プロレスの1.4オカダ戦で勝利した、それ自体は『ファイヤープロレスリングワールド』というゲーム側に用意されたシナリオに過ぎません。それにCPUロジック戦を舞台に戦うのであれば、なおさらそのギミックは形骸化します。もしかしたら「新日入団のために故郷を飛び出した」という前提から虚構であるかもしれません。
それでもゲーム体験から得た感動や行動の記録はその人に固有の財産ですから、NNPWという団体のオーナーが七峰選手を団体の象徴にしたかったのはわかります。七峰選手がどんなレスラーであるか、どんな技が得意で何が弱点かという情報によってディーナ選手や亜理亜選手といった周りのレスラーの形成に影響を与え、それが引いては団体の持ち味(カラー)になっていくのです」
大炎會2019メインイベント「レェェェェヴェルの高い4人タッグ」は12月30日21:00開始。当日はTwitter「 #大炎會2019 」タグに目が離せない。
(文・橘 香椎)