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リアル競馬にハマった瞬間
やさしい一条さん
1997年。職場の競馬好きに一条さんという方がいた。顔も風格も年齢もジュラシック・パークに出てくるネドリーにそっくりで、性格は穏やかでやさしくとても親しみやすい方だ。(※トップ画像がそのネドリー)
当時自分は20歳。ダビスタ96を遊ぶ程度には競馬好きだったが、まだホンモノを経験したことがない。その話を一条さんにすると、東京競馬場へ連れて行ってくれるという。
「A指定席取りたいから早朝集合ね」
何のことだかさっぱりわからなかったが、後にエリモシックがエリ女を制するこの日、僕は東京競馬場のA指定席を案内された。
おいおい…競馬って…これほど快適に遊べるモノなのか?
初めての競馬場が府中のA指定席である。当時確か2500円だったと思うが、あまりのVIP感に脳がバグりそうになった。
いつも空いてる専用発券機、誰にも邪魔されないパドック、なによりゴール板が見下ろせる最高の観戦ポイントで、自分専用の椅子とテーブルまで確保されていやがる。
新幹線の自由席→指定席みたいな極小アップグレードを想定していたので、高低差があった分多幸感がハンパない。一条さんの競馬プレゼンは、この時点で9割成功だったと言っていい。
やさしい?一条さん
新聞は買った。赤ペンも準備した。
さあ、第一レースだ。
鳴り響く未勝利戦のファンファーレ。
ダビスタ民にとって、ゲーム内で聞いた曲にリアルで出会えたら、それはもう聖地巡礼であり鳥肌モンである。
ゲートが開いた!
ドット絵ではないガチの馬が目の前を走るこの迫力といったらない。朝から連続する想定外。本物の競馬ってこんな感じだろうなという予想が、いい意味で全部更新されていく。その極めつけが直線だった。
「差せぇー!!!差せぇー!!!○○ぁぁ(騎手の名前)!!」
オジサンどもの大合唱に僕は圧倒された。そこかしこで上がる魂の咆哮。止めどない「差せ!」の輪唱。逆に「そのまま!」なんて叫び声まである。
そして、その中でもひときわクソデカボイスで叫んでる男がいた。
一条さんだった。
真剣な彼には申し訳なかったが、思わず大爆笑してしまったよ。だって、あの優しかった一条さんが、真逆の別人格になってるんだもん。その熱量はどこから出てくるのだと。
ところがそのわずか数レース後。自分の買った馬が好位で直線を迎えた時、彼の心の内を一気に理解することになる。
俺も・・・叫びてぇ・・・!
いや、衝動を認知したと思ったらもう声が出ていた。
一条さんと一緒に
吠えた。
うっかり興奮をさらけ出した僕を見つめる彼の顔は、推し活大成功と言わんばかりに満足げだった。
ヤバい、これは楽しいわー。
一条さんが、おっさんたちが、心の底から感情をぶちまけるのを見て思わず笑ってしまったあの瞬間。もう自分の競馬スイッチも入っていたのだろう。
一条プレゼン
ここに完成である。
その日、どれだけ馬券が当たったかは覚えていない。いや、そんなこともうどうでも良かった。とにかく興奮しっぱなしだったのだ。ひたすら楽しかったのだ。この日を境に、僕は明確に競馬へハマった。
「帰りは混雑する。」
「だからそこの屋台で飲んでから帰るとちょうどいいんだ。」
一条さんのプレゼンは、"あとがき"まで完璧だった。