授乳カフェ怪文書
「君は”よい女”というものはどんなものだと思っている?」
この人はいつも急に変な話を振る。なれたつもりでもやはり戸惑う話題というのはある。しばし思案して適当な回答をひねり出した。
「わかりません、あいにく女性と付き合ったことがないので」
「退屈な答えだな。人を好きになったことくらいないのかい?」
これもしばし考える。
「…それくらいはありますが、いい女だから好きになったわけではない気がします」
くくく、と嫌な笑いをされた。
「君はおかしなやつにひっかかりはしないか、いささか心配だよ」
「ほっておいてください」
ひとしきり笑った後、彼女はこう続けた。
「覚えておきなさい、本当に良い女性というのはなんにでもなれる女性だ」
「どういうことでしょう?」
「男という存在はバカでおろかだからね、女に何でも要求する。付き合ったばかりのころは小娘であることを要求するし、その先になれば女であることを要求する、母親に甘えるようなことを求めることもあれば、厳しい老婆のような振る舞いも求める。そういうことが全部できるのがよい女だ」
「…よくわかりませんが、それをわたしのような男に話すのはあまりに酷では?」
「というと?」
「男はバカでおろかだといわれて喜ぶ男はいないでしょうし、そういう人を欺くような女性が良い女だ、なんて恋愛経験のない人に言うのもあんまりでしょう?」
先程までの人を馬鹿にしたような笑顔はもう消えていた。
「私は君がバカな男ではないと思ったからこの話をした。逆にいえばよい男というのは女性に何でもかんでも求めない男のことだよ」
「あと相手に合わせて自分を変えることを欺くなどと考えない方がいい。結局、誰かのために生きるということは柔軟に自分を変化させることだよ?」
この人からは無数のことを教わった。おそらくこの話にも何らかの意味はあるのだろう。今の自分にたとえなんの意味のない話であってもだ。
「…肝に銘じておきます」
「よろしい」
それからずいぶんな月日がたった。結局良い女も見つからなければおかしなものに引っ掛かりすらもしなかった。
私の頭の上には「赤ちゃんです」「ママです」のタグが2つ並んでいる。
「…なんにでもなれるのが良い女…か…」
「どうしました?」
咳ばらいをしてトークバックからボイチェンの設定を確認する。
「いやなんでも。今日の営業もがんばりましょうか…」
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