【映画の感想】ワンダーウーマン1984
競技場で地鳴りのように鳴り響く歓声。
力の暴走が収まって平穏を取り戻した後の、穏やかなクリスマス。
染みたなあ。
以下、
『ワンダー・ウーマン1984』の感想です。
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なんでこんな顔に生まれたのか。見かけに生まれたのか。堪え性のないメンタルなのか。嫌なことがあるとすぐ殻に閉じこもって、どうでもいいフリをする。何を始めても程々で冷めて別の刺激に飛びつくので一つ一つに深みが出ない。
駄目な自分に愛想がつく。
けど、それをどうにかしようと何度も何度ももがく。
それを繰り返す。
それの、何が悪い
願いを叶えたい人が自己啓発にいそしんで皆々人格者になってたら、今頃新型コロナはとっくの昔話になってる。
頑張れる人はそのまま頑張ればいい。
バーバラがダイアナに憧れて、石に願った心情、凄く分かる。
マックス・ロードが息子(恐らく離婚して週一のみ面会)に情けない姿を見せられない一心で石にすがった気持ちも、分かる。
主人公のダイアナでさえ、倫理を超えたことを願ってしまった。
自分も100%、願ったはず。
映画の冒頭、幼少期のダイアナが、機転の利かせ方を”近道”とされ、そんなつもりでやったのではない、と落ち込んでいたシーンが有る。
過程をスキップして結果だけを得ても、その力を制御できない。いつの間にか力に振り回されて、周りを不幸にしてしまう。多分そんな意味の伏線だった。
金持ちになりたい、夢を叶えたい、商売を成功させたい、あの人を振り向かせたい、幸せにしたい、子供を健やかに育てたい、老後を穏やかに暮らしたい。
~したいという願いは人の数だけあって、皆それに向かってああでもないこうでもないと試行錯誤と喜怒哀楽を繰り返して他者と関わりながら生きている。
そんな沢山の過程が積み重なったバランスの上に社会や歴史は成り立っていて、どれか一つでも不自然に飛び出るとたちまち不安定になって、それはその一部分にとどまらずにあっという間に拡散して、保たれていたバランスは崩壊する。
物語のキーになっているドリーム・ストーンは、紀元前から度々歴史の記録に登場し、登場した時代の文明や国は必ず滅びているという。
ちなみに、”願いを取り消す”と願えば、その人の願いはすべてリセットされて願う直前の状況に戻るし、この石そのものを破壊してしまえば元に戻る。
だけど、そのどちらも出来ずに、滅亡したのだと。
戻れないんじゃない 戻りたくないだけ
斉藤和義の歌「ウサギとカメ」を思い出した。
強そうに見える人ほど、弱い過去を抱えながら生きていて、だからファミリーヒストリーやしくじり先生のような番組ができあがって、過程で四苦八苦している人ほど何かヒントを得ようと観ることで人気が出る。
結果を得る上で、経験した過程が極めて大事なことなんだと、改めて思い知らされた次第。
それと、ワンダーウーマンでありながらとっても人間臭い(というかこの作品の主要人物皆、無茶苦茶人間臭い)ダイアナは、バーバラに”元に戻って”と、何度も何度も繰り返します。
悪いのは石であって、あなたではない。
あなたはあなたで良い、そのまま歩こう、と。
最終盤、我に返ったマックス・ロードと息子が再会するまでの展開も理想的でした。
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