【シリーズ連載】 監禁少年 #5-1
話し声ひとつ聞こえない静寂と几帳面に編まれたい草の香りに包まれて、花合羽から一輪の百合をつまむ。
清らかな花弁を慈しむ時間だけは、わたしは自由でいられる。
わたしは室町から代々続く生け花の家元に生まれた。
物心ついた頃から花があふれた生活で、伝統と格式に蝕まれた華のない日々を過ごす。
決まり通りに挿すことで大人たちには賞賛される。
そこには”らしさ”などは求められず、それが正しいことだと厳しく躾けられてきた。
稽古を終えて生けられた”作品”を見る。
剣山に突き立てられた花は血の一滴も垂らさずにしずしずと佇む。
自分を投影したかのような”作品”だと己ながらに感じた。
流儀に背くことも許されず、かといって破門も許されず、後継の嫡男としての重圧から身動きのできないわたし。
瑞々しさをたたえた菊を慈光に透かす。
浅紫が風にゆられる。
美しいものが好きだ。
物心つかない頃から花道を教わり、厳しい稽古や跡目たるしがらみにいくら辟易としても花を嫌いになったことは一度もない。
花の美しさに見とれながら幼少期の頃を思い出していた。
畳に敷かれた羽毛布団に包まり小さな咳がだだっ広い和室に反響する。昔からからだの弱かったわたしは床に臥して過ごすことが多く、熱を帯びる苦しみから頻繁に寝返りをうっていた。
朦朧とするさなか窓際に目をやると、磨りガラスの前に腰をかけて紅を引く姉の姿があった。
彼女はわたしの目線に気がつくと微笑みを浮かべて枕元に近づき、時々わたしの頭を撫でて寝かしつけてくれたのだった。
しっとりと紅に色づいた唇は庭先のどの花よりも美しく艶めいていて、その麗しいすがただけは今でも鮮烈によみがえる。
続く
写真:No,44
作家:えのもと ゆすら
モデル:うちな
ロゴデザイン:育