【シリーズ連載】 監禁少年 #3-2
「牛乳がのみたい」
唐突な要望にぽかんとする私をよそに、冷蔵庫の牛乳パックを直に煽ろうとしたので、慌ててその手を取り上げて注いであげる。
マグカップの底で、僅かに違う白色がまどろみあう。
はい、と渡してやれば彼はゆっくりとこちらを見つめて牛乳を口に含む。
ひんやりとした瞳に飲み込まれそう。
彼の虚ろなまなざしを覆っていた艶やかな睫毛がゆっくりまじろう。
「ああ、思い出した…昔はよく、夕方帰り際の売店でちっさい牛乳買ってふたりで飲んだよね…早く帰らないと怒られるってのに」
君の横顔はあの頃の面影を淡く残したままで、あまりにも精巧にほほえむ。
「公園で遊んだ後で喉が乾ききっているってのに、紙パックをちびちび吸ってさ…俺だって、ほんとうは帰りたくなかったんだよ」
……わたしも、離れたくなかった。もう会えないっておもってた。
「もうぼくらに門限はないし、ずっと一緒にいられるといいな。」
牛乳を啜る彼を眺めていると、ふと自身の空腹に気がついた。研究の傍にと買い溜めていた筈の惣菜パンを手に取ると、はらの底からキュウと切ない音が響く。
彼にも試しにと分け与えてやれば、素直にほおばりはじめた。
食事を必要としない身体に、不純物がとりこまれていく。
咀嚼を繰り返す彼のこめかみに、金糸にも見紛う前髪がはらりとおち、きらめく。
なめらかすぎるほどに白皙な頬には優しい血色が宿っているが、今の彼の肉体には、あの時と同じ血はもう巡っていない。
それでも、彼がそっくりそのままでここにいて、明日に耽って今を過ごせる、それだけがわたしの幸せだ。
続く
写真:No,44
作家:えのもと ゆすら
モデル:山谷 綱基
ロゴデザイン:育