
小ホラ 第9話
カラス
通勤に使用している県道沿いに白い壁の工場がある。
その辺りはのどかな山々に囲まれていて環境の良いところだが、いったい何の工場なのか。
門の前には点滅信号があり、今までそれに引っかかったことはなかったが、先日初めて赤信号にかかった。
中から冷凍車が二台出て来て走り去った。
信号待ちの間、門柱に埋め込まれた小さな表札に気づいた。門柱とほぼ同色だったので今まで目に留まらなかったのだろう。
『○○食肉加工場』
ああ、だからこんないい場所に建ってるんだな――
それを帰ってから、やはり同じ県道を使っている妻に話すと、自分も知らなかったと驚き、お互い観察眼のなさを笑い合った。
数日後、再び赤信号で止められた。
中から軽トラックが一台出て来た。
「一度見かけたらよく見るなぁ」
独り言ちて苦笑する。
信号が変わって前進すると、すぐ軽トラの後ろに追いついた。
荷台に板を張り巡らせ、あおりを高くしている。ところどころに赤黒い汚れがこびりついているのを見て、廃棄肉を運んでいるのかもと思った。
そういえばこの先のどこかにゴミの処分場があったな、って剥き出しのまま運ぶのかよっ。
車内ににおいは侵入してこなかったが、肉嫌いなのでつい舌打ちが出た。
十数メートル先の交差点の信号が青から黄に変わる。
うわっ、えらいとこで引っかかりそうだ。
ここは多叉路で異常に待ち時間が長い。
軽トラの前で赤に変わってしまった。
「勘弁してくれよ――」
再度舌打ちしながらブレーキを踏み、サイドギアを引いて、あきらめ気分で凝った首を回した。
空に目が向いた時、電線に止まっていた三羽のカラスに気づいた。すいっと軽トラの荷台に下り立つ。
あおり板が邪魔をして黒い頭頂部しか見えないが、何かをついばんでいるような仕草をしている。
「うわっ」
一羽が肉片を咥えて飛びたった。続いて二羽めも赤白い何かを咥え、嬉しそうに飛んでいく。
「うへえ」
辟易しながらも、新鮮なご馳走が、ここにいれば手に入ると知って待つカラスの賢さに感心し、これは妻に報告せねばと思った。
残りの一羽はまだ荷台に残っていた。
咥えたものをぽいっと放り投げるを繰り返している。納得のいくものを物色しているかのようだ。
「おいおい、グルメか? 贅沢だなぁ」
こんっ。
カラスの投げたものが飛んできてフロントガラスを叩いた。
ころころと転がりワイパーのアームで止まったそれは切断面がまだ新しい人間の指だった。
次いでびちゃっと音を立てて髪の束がついたままの皮膚片がガラスに張り付く。
信号が青に変わり、軽トラが発進した。
結局カラスは何も持たず、名残惜しそうに荷台を飛び去っていく。
後続車からの激しいクラクションが聞こえていたが、私は前進することができなかった。