忍者、事務職はじめました Vol.2
今の会社との出会いは、本当に偶然でした。
当時はわからなかったことですが、未経験歓迎という言葉は、この世には存在しないと思っています。
面接をしてもらおうと、求人情報誌を見ながら電話をかけまくりましたが、面接にたどり着くことはありませんでした。
ちなみに、求人情報誌を見て電話をするということは、独暇の里で師匠から教えてもらっていました。
一般社会で仕事をしていた師匠の教えは、本当に素晴らしいものばかりです。
しかし、私の力が足りないばかりに、それを形にすることができなかったのです。
ましてや私は、一般社会で仕事をしたことはあっても、それはブラック企業での仕事です。
事務職に関しては全くの未経験です。
電話で未経験だと伝えると、必ず言われるセリフがありました。
「今欲しいのは即戦力の経験者だけなので、また機会があれば応募してください」
就職活動に失敗し続けること1ヶ月。
その間、スーツを着るチャンスすらありませんでした。
このままでは、一生スーツを着ることがないのではないか?
そう思った私は、気晴らしにスーツを着て外出してみました。
しかし、目指すべき場所はありません。
近所の公園のベンチに座り、暫くの間、空を眺めていました。
「いんですかい?」
???
何が起こったのか、私にはわかりませんでした。
知らない男性が、私に声をかけてきたのです。
「は、はい?」
「え?」
「え?え?」
「いや、私に何か話しかけませんでしたか?」
「え?あ、ごめんなさい、話しかけたわけじゃないんです」
「そうだったんですね。いいんですか?と聞かれたような気がしたもので」
「ごめんなさい、インザスカイとつぶやいただけなんです」
「ああ、もしかしたら、私が空を見上げていたからですか?」
「はい、何となく、インザスカイという言葉が頭に浮かんで、無意識につぶやいていたんだと思います」
「なるほど、私の勘違いだったのですね。こちらこそ、すみませんでした」
「いえいえ、悪いのは私の方です。つい、言葉が無意識に出てしまう癖があるんです」
「それは、恐ろしい癖ですね」
「はい、いつも職場で注意されるんです」
「怖い上司ですね」
「いえ、部下に注意されるんです。私、会社を経営してまして、一応社長です」
「え?社長さんなんですか?ごめんなさい、いろいろとびっくりし過ぎて、処理しきれません」
「人員不足で、事務作業を自分でやるのですが、ずっと何かをしゃべっていて、部下にうるさいと怒られるというのが日課なんです」
「それは大変ですね」
「だから今、ハローワークに行こうと思っていまして、事務職員を募集するために」
奇跡、ミラクル!
神様ありがとう!!
臨兵闘者皆陣列在前!!!
あ、結界を張る必要はなかった。
「実は私、事務職員で働ける会社を探していまして、もしよければ、面接をしてもらえないでしょうか?」
「え?そうなんですか?てっきり、営業中に少し休憩しているものとばかり思っていました」
「1ヶ月前に面接用のスーツを買ったのですが、着るチャンスがなくて、気晴らしに着てみたんです」
「それは、大変な状況ですね。うーん、どうしようかな」
「ぜひ、お願いします!」
「うーん、そうですね、わかりました、これも何かの縁かもしれません。では今ここで面接しましょう」
「ありがとうございます!では、履歴書を持ってきますので、少しお待ちいただけますか?家はすぐそこにありますので」
「あ、いいえ、履歴書は必要ありません。私、履歴書を見ないで面接するのがモットーなんです」
「なるほど!そういうのもあるんですね」
私は、それで変な人を採用したりしないのですか?
と聞きたいのをグッと我慢しました。
変なことを言って、相手の気持ちが変わらないように。
「では、面接をはじめましょう」
「はい、よろしくお願いします」
私は、思いがけずスーツを着て面接を受けることができたのです。
「人柄は、だいたいわかりました。何か、得意なことはありますか?」
「ししょ、あ、先生にパソコンを習いましたので、パソコンを使った作業は得意です」
「なるほど、事務職に向いているわけですね。ちなみにあなたは、今まで生きてきて運が良かったですか?運が悪かったですか?」
「え?運ですか?うーん、あ、シャレではなくて、えーとですね、運は、良かったと思います」
「それはなぜですか?」
「周りの人に恵まれていたと思います。いろいろと、大切なことを教えてもらいました。私も、そういう人になりたいと思っています」
「なるほど。それは良かったですね。私が一番好きな考えです」
「ありがとうございます」
「わかりました。では、明日合否の連絡をしたいので、電話番号を教えていただけますか?」
「え?電話番号?」
そうです、私は、電話番号を持っていなかったのです。
面接の連絡も、アパートの前にある公衆電話から掛けていたのです。
「すみません、私、電話を持っていないのです」
「え?そうなんですか?それは珍しいですね」
「すみません」
「わかりました。では、明日、うちの会社に来てもらっていいですか?住所はここです」
「はい、わかりました。伺います、伺わせていただきます」
不思議な出会いから始まった面接は終わり、社長さんは会社に戻っていきました。
私は、緊張のあまり大量の汗をかいていました。
まだまだ忍者の修業が必要なようです。
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