忍者、事務職はじめました Vol.4
運命の瞬間がやってきました。
私としては、図書館の本で見た面接の成功例の1つですら達成していないとしても、何か期待を抱いていました。
社員の皆さんの声も、その気持ちを後押ししてくれたような気がします。
「えーと、どうやって伝えたらいいのかわかりませんが、結果的には不採用です」
「はい、ありがと・・・!?えっ!!!」
「申し訳ありません、今の我が社の利益では、とてもお給料を払える状態ではないのです」
「は、はぁ、そうですか」
「私がもう少し頑張っていれば、お給料の50万円をお支払いすることができたとは思うのですが、20万円しか余裕がないのです」
「え?20万円も余裕があるのですか?」
「え?あ、はい、たったの20万円しか余裕がなくて」
「あ、えーと、もし20万円でも私が大丈夫ですと言えば、入社は可能ですか?」
「え?だって、20万円ですよ?生活できますか?」
「あ、はい、10万円あれば、生活できます。というか、今すでにそういう生活です」
「あ、そうなんですか。20万円でも大丈夫なのであれば、明日からでも来てほしいです」
「え、あ、ありがとうございます!こちらこそ、明日からよろしくお願いします!」
何とこの社長さん、現場職員の皆さんに50万円もの給料を払うことが当たり前だという考えの持ち主でした。
社員としては、確かにそれだけもらえれば嬉しいでしょう。
でも私は、別に20万円もあれば余裕で生活ができるのです。
そこは、忍者として今まで生きてきましたので、いくらでも生きる術を知っているのです。
「皆さん、明日からこちらで働くことになりました。よろしくお願いします」
「おお!やった!一緒に仕事できるんだ!」
「明日からめっちゃ楽しくなりそう」
物凄い歓迎です。
非常に感激です。
準備は万全です。
「皆さん、明日から、事務職員として来ていただくことになりました、名前は・・・」
「・・・」
「あれ?そういえば、お名前は何と言いましたか?」
「いえ、ナンではありません」
「いえ、そうではなくて、私、あなたのお名前を伺っていましたか?」
「あ、そういえば、私、名乗っていないと思います」
ここでも、圧倒的なインパクトを残したことは、言うまでもありません。
というか、この社長さんに会わなければ、私は一般社会で社会人として生活できたのかどうか、怪しいところです。
「ちょっと、社長!名前も知らない人を採用したんですか?」
「あの人も凄いけど、うちの社長もやっぱりすげーな」
「ウケるわ、うちのカンパニー」
この私ですら、こんな会社でもやっていけるのが凄いと思いました。
それほど、この社長さんはどこか抜けているというか、変というか。
「あ、名前は、苗字がハヤクジで、名前がカゲオです」
「ハヤクジさんと仰るのですね、ではハヤクジさん、明日からよろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします!精一杯頑張ります」
亡き父であるハヤクジカゲノブが、影(カゲ)で活躍する雄(オス)であれとの願いを込めてつけたと、母から聞きました。
ちなみに母の名前はシノブコです。
ハヤクジ家では代々、子には必ず「カゲ」の文字を与えよと言い伝えられています。
余談ですが、私が父となった暁には、息子なら「イチカゲ」とし、娘なら「コカゲ」とすでに決めています。
その前にまずは、生活の基盤を安定させ、私にとってのくノ一を探すところからです。
スーツとは、社会人にとっての主たる戦闘服のようなもの。
そんな気持ちを抱きつつ私は、明日からしっかり働くために、ベランダの柵の上に片足で立ちながら、アイロンがけをしたのでした。
独暇の里では、修行の一環として行っていたことですが、エクストリームアイロニングというスポーツだと、後から知りました。
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