中ノ瀬きち
祖父の家は、石垣で少し高くなった敷地に建っている。前面道路を挟んで、向こう側は海だ。窓を開ければ海風が入り、波の音もして気持ちが良い。 一方で、海から続く坂道を登ると、田んぼや畑が広がり、その奥へ進めばすぐに山へ到達する。すごい地形だ。海の幸も山の幸も手に入れられて、畑や田んぼもできる。 畑に行けば、祖父の育てた野菜や、わたしが生まれた時に植えてくれた果樹園もあった。もう少し奥に山に入れば筍や松茸もある。 中学生のときの「将来の夢」 わたしは、地方の「県庁所在地
ここ2〜3ヶ月、少し忙しすぎた。 その前の2〜3ヶ月は新しい仕事を始めて必死だったし、手元のキャッシュが少ないことでの不安もあった。だから仕事を増やしすぎてしまったのかもしれない。 その前の2〜3ヶ月は開業したてで手探りの状態、取引先を増やさねばと必死だった。 振り返ると、実行と反省を繰り返しながら、一応前に進んではいるんだなあ、とは思う。 _ 忙しすぎた結果、少し仕事量の調整をしてもらうこととなった。 暇で仕事がないよりも、忙しいことは良いことではあるんだと思う
突然の掃除機の音も、寝室でまどろんでいるときに聞こえる一階の扉の閉まる音も苦手だ。 体調を崩してからというもの、大きな音に敏感になってしまった。 最初から音の出るとわかっている場所、例えばライブハウスや音楽フェス、なんかであれば大丈夫なのだが… 突然の大きな音には、びっくりしてしまう。 こんなことも言えない。 言えばいいのは分かっている。 なかなか言えないままここまで来てしまった。 症状がひどいとき、協力してほしいことを伝えたときに「俺のせい?」というようなことを
晴れた日は、朝、仕事を始める前に散歩に行くようにしている。 始業時間をなんとなく決めているので、その時間に間に合うように。 時間がなければコンビニに、時間があれば少し足を伸ばしてモーニングに。 今日は、思いっきり寝坊をした。 目は覚めたけれど、目が覚めてから起き上がるまでに時間がかかるので、正確には時間が過ぎても起き上がれなかった。 仕事を再開してからも、基本的には自分の体調を一番と常に相談するようにしている。しんどい時は無理せずゆっくりする。 今日は時間を思いっきり
「個人事業主になったのだから、すべての責任は自分で負う。」 その覚悟はできていたつもりだった。 取引先から、詳細のボリュームや金額の話がないままに、「お仕事たくさんあるから空けておいてほしい」という言葉をうのみにし、他のお仕事をあまり入れないようにしながら調整していた。 でも、その取引先からのやり取りが止まってしまい、「空き時間」ができてしまった。 ああ、この間に、他の仕事、入れられるのに…! 仕事をし始めたばかりでお互いに要領がつかめていないことも一因だと思うけ
せっかく開業をしたので、記録を残していきたいと思う。(続く限り…) 書類等をそろえて提出したのはつい最近のことだが、開業日はキリ良く「10/1」とした。 会社に勤めて雇われる身になるべきか、自分自身で個人事業主として立ち上げるべきか、最後まで悩んだ。 休職期間が1年と長かったこともあり、「会社に勤めて毎日同じ時間に出勤し、長い時間拘束される」ということがあまりにも現実的ではなかった。 正直いって、最大の理由はそんな消極的な理由。 前職では、起業したり新し
開業届を出した。 「無職」だった私は、「個人事業主」となった。 仕事を再開するにあたり、旧姓を使用して仕事を始めることにした。 今までずっと旧姓のまま仕事をしてきたこともあり、名前を覚えなおしてもらう手間や説明の手間を省きたかった。一番はやはり旧姓に誇りのようなものがあるからかもしれない。 今回は、旧姓で仕事をするにあたって、できること・できないことなどをまとめていく。 住民票への「旧姓併記」 今回進めていく中で、まず、そもそも本人確認書類に旧氏を併記
休職中のことをリアルタイムで書いていこうと思いながら、前回から間が空いてしまった。 幸い、今回分は当時書いた下書きが残っていた。当時の感情の生々しさを残すためにも、あまりいじらず、当時の言葉を生かして投稿しようと思う。 休職直後、復職に向けて 休職中は、1ヵ月くらい、要は有給休暇が終わる頃に復帰するんだろうなーと思っていた。 そのために、できる限り朝は一定の時間に起きたりと規則正しく生活をして、毎日お散歩に行ったりしていた。 その「1ヶ月」がどんどん終わり
1月が終わる。 年末に引っ越しをして、そのまま年末年始を迎えた。 新居を整えたり、来客が色々あったり、足りないものを買い揃えたり、気づけばもう今日が最後の日だ。 今年は「やりたいことリスト」なんかを作ってみたりしている。 その中で「毎月最低一記事はnoteを書く」という目標があり、今、こうやってnoteを書いている。 人から相談を受けるということ これまで、私は人から「相談される」ということがあまりなかったように思う。 来るもの拒まず・去るもの追わず、
「占い」とは ”あたるもはっけ当たらぬものはっけ” みたいなイメージだったり、適当に書いているだけだろう、と思っていた。 今日のラッキーアイテムって、毎日よくそんなに思いつくな…なんて思ったり、あんまり鵜呑みにせずに生きてきた方だと思う。 友達に誘われて占いに行ったこともあるが、エンターテイメントととして、彼氏がどうのこうの、わーきゃー言いながら楽しむ程度のものだと思っていた。 それも大学生のときに一回行ったきりだった。 星座占いだって、人類を12パターン
「自分」ではあるものの、また違う自分になることでさらけ出せることがあったり。 インスタではかっこつけてしまっても、別の場所だと素直になれたり。 インターネットやSNSの普及のいいところって、「自分」をいくつも持てるところなのかなあ、という気がする。「匿名性」はもちろん悪い側面もあるけど、いい面だってたくさんある。 わたしは小学生のときから「チャット」や「掲示板」に入り浸っていたので、”普段の自分ではない、インターネット上の自分”という別人格があることの心地よさを
noteで初めて投稿をしたのが8月。 そのあと、諸事情で投稿ができていなかったものの、2ヵ月経つところ。 一つ前の記事を見てくださる方がたくさんいて、びっくりした。 しばらく間が空いてしまったので、久々に記事を書いてみる。 「noteって、すごい!!!」 本日は、ただただ、noteすごい、を言い続ける回とする。 「ビューティー記事まとめ」の効果 まず、2記事目で挑戦してみたのが「コスメ記事」 なんとなーく、「最近使ってるコスメでも記事にしてみよっかな〜
かくして、わたしは休職をさせてもらうこととなった。 「まずは、休めた自分を褒めてあげよう」というところか。 ジブン、ヤスム、イエタ、エライ… 素直に、呪文のように自己暗示をかけていく。 でも、どんなに呪文を唱えても、心の中は罪悪感と情けなさと焦りと不安と、その他あらゆる負の感情が渦巻く。「離脱してしまった」自分のことなんて褒められるわけがない。 ▼前回記事 休職にいたるまで 今回は、休職期間に入る前後の状況についてもう少し詳しく掘り下げてみたいと思う。
最近いたるところで聞く「自己肯定感」ということば。 わたしは、この「自己肯定感」が著しく低下して、ゼロどころかマイナスになってしまっていたように思う。 自分の殻にとじこもって周りが見えなくなっていたし、自分のことも客観的に見ることができていなかったと思う。 と、休職して少し落ち着いた今だからこそ、そう思える。 落ち着いて考える余裕すらなかった。とにかく、目の前の問題をどう解決するかに終始してしまっていた。そもそもの自分の気持ちが置き去りになっていた。 「
ヘアオイルを変えた。 気に入って使っていたヘアトリートメントを髪につけながら、ふと「これ一体何年使ってるんだろう…」と考える。 ざっと考えても5-6年は使っている。年を重ねるにつき、時間の感覚は短くなっていくということを習ってはいたが、実感してゾッとした。 同時に「いつもと同じ」の安心感に永らく浸かってしまっていた自分に、嫌悪感を感じた。 デザイン変更のショック。 ドライヤー時の指通りも良いし、欠かせない風呂上がりグッズのひとつになっていた。なぜ急に違和感を
ここ最近、話すこと・書くことにまつわる本を読んでいる。 "インプットしたらアウトプットを〜"という話しは、耳にタコができるほど聞いてきた。 せっかくなので素直にやってみようと思った。 その実践の場をnoteとしたい。 登録してから4年ほど、一度も投稿したことがなかったので、始めます、の意気込みを。まずは。 本来であればこの後に"どんな本を読んで、どんな感銘を受けて、どんなことを実践していきます"ということを書くのが良いのだろう。 今回は、小っ恥ずかしいので端折ること